『リチャード・ジュエル』男の誇りを賭けた闘いを描く「3つ」の見どころ!



ⓒ2019 VILLAGE ROADSHOW FILMS (BVI) LIMITED, WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. AND RATPAC-DUNE ENTERTAINMENT LLC



昨年公開された『運び屋』に続き、早くもクリント・イーストウッド監督最新作となる『リチャード・ジュエル』が、1月17日から劇場公開された。

1996年にアメリカで起きた実際の事件を基に、メディアの偏向報道や憶測によって無実の者が犯罪者扱いされる内容は、現代にも共通の問題であり、個人的にも非常に興味のある題材だっただけに、期待を持って鑑賞に臨んだ本作。

気になるその内容と出来は、果たしてどのようなものだったのか?

ストーリー


1996年のアトランタオリンピックで、爆破テロ事件が発生。リュックに詰められたパイプ爆弾を発見した警備員のリチャード・ジュエル(ポール・ウォルター・ハウザー)は、率先して市民を避難誘導し、多くの人々の命を救ったことで、メディアでも英雄として大きく取り上げられる。
だが、「FBIが彼に疑惑の目を向けている」と、ある新聞が実名と写真入りで報道したことで、英雄から一転して、第一容疑者にされてしまうことに。母親のボビ(キャシー・ベイツ)は息子の無実を信じ、彼の弁護士ワトソン・ブライアント(サム・ロックウェル)も、警察権力とメディアの横暴、そして世論の壁に立ち向かっていくのだが…。


予告編




見どころ1:主人公の複雑な内面が描かれる!



本作の主人公リチャード・ジュエルは、警察官に憧れる物静かな中年の男として登場する。

その外見やオドオドした話し方のため、周囲の人間から軽く見られがちなリチャードだが、実は彼が鋭い観察眼や洞察力を持つことが映画の序盤から描かれることで、彼が後に行う英雄的行動に説得力が加わるのが上手い!

映画の中では、リチャードが一度は警官として勤務したものの、現在は退職していることが語られるが、それだけに警備員という肩書きでは誰も彼に従おうとしない現在の状況が、彼の孤独さと焦りをより際立たせることになる。

事実、学内での規則を破った学生にリチャードが注意しても、警備員の立場では学生たちも従おうとはしないし、爆破事件の現場でも、言うことを聞かない飲酒中の若者たちを注意するのに、警官を呼ぶことになる始末。

違反者が自分に敬意を払わず、正論を言っても馬鹿にして相手にされない。

こうした"ジレンマ"と、"法の執行官"として違反や間違いを正そうとする彼の行動が、時には相手に"横暴"と感じさせることになり、次第に周囲との軋轢や衝突を生むことになる。

更には、FBIや新聞記者たちの名声欲が加わって、ついに第一発見者で事件の被害を最小限に防いだリチャードが、爆破事件の第一容疑者に祭り上げられてしまうのだ。



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この困難な状況の中、世間の悪意に晒されながらも次第に男として成長していくリチャードの姿には、きっと観客も感情移入せずにはいられないはず!

「男には決して譲れない誇りがある!」、そんな大切なことを教えてくれる作品なので、全力でオススメします!

見どころ2:男同士の友情が泣ける!



文字通り、アメリカ中を敵に回したような逆風の中、リチャードの無実を証明しようとする弁護士のワトソンとの友情や二人の強い絆も、本作成功の大きな要因と言えるだろう。

二人の出会いや友情が芽生えるきっかけは、映画の序盤から登場するのだが、オフィスの郵便係で周囲からは軽く見られているリチャードが、実は優れた観察力と気配りのできる男だとブライアントだけが見抜く! という部分は、後の事件で二人が協力し勝利する展開を暗示していて、実に見事!



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加えて、一人で射撃ゲームをやっているリチャードに、ワトソンが話しかけるという描写だけで、この二人がお互いに親近感を持ち、互いの能力を認め合っていることや、リチャードが常に孤独な日常にいることが観客に提示されるのも上手いのだ。

更に、法の執行官としての職に就く夢を持ち、警備員になるためにオフィスを去るリチャードに対して、ワトソンが友人として彼に忠告する「権力を握っても、モンスターにはなるな」の言葉は、その後のFBIやメディアの横暴をも暗示していて、実に意味深いものがある。

こうして、二人の友情や絆が序盤で描かれることで、そこから物語が一気に10年後に飛んで、疎遠になっていたワトソンにリチャードが電話で助けを求める展開も、観客側が自然と受け入れやすくなるというわけだ。

子供だらけのゲームセンターで、楽しそうに射撃ゲームをやっているリチャードとワトソンの姿には、他人の目を気にすることなく本心から分かり合える関係性の重要さと、他者からの好奇の目や偏見が、こうした幸せな日常を簡単に奪い去る危険性が見事に表現されているので、ぜひ劇場でご確認を!



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見どころ3:当時の警察やメディアの対応が杜撰過ぎる!



個人的な思い込みや偏見による根拠の無い通報と、当時の捜査で重要視されていたプロファイリング上の爆破犯の特徴に合致するというだけで、第一発見者で被害を最小限に防いだリチャードを捜査対象にしたFBIのやり方は、いま観ても実に杜撰で酷い! と言うしかない。

そもそもの原因は、以前リチャードが警備員をしていた学校の学長が、リチャードが怪しいとFBIに通報したため。

論理的で、相手の発言を記録して反論するリチャードに以前やり込められた恨みと、彼が爆弾を発見したヒーローとしてメディアに取り上げられたことに対する妬みもあっての通報だった。

事件の第一発見者が実は犯人である確率の高さや、前述したプロファイリングによる爆破犯の特徴との合致、更には事件現場にいながら事故を防げなかったFBIの面子の問題もあって、状況証拠だけで確たる物的証拠が無かったにも関わらず、FBIが目先の有力容疑者に飛びついてしまったことから、悲劇は更に深まることになる。

何とかリチャードを有罪に持ち込もうと、時に違法な手段で彼から有利な証言を導き出そうとするFBIの捜査法にも呆れるのだが、予想に反してリチャード自身は彼らに協力しようとする。

そのことで弁護士のワトソンも対策に苦労するのだが、これはリチャードが同じ法の執行官として警察を信用していて、警察が彼の無実を証明してくれると本気で考えているからであり、当然ながらリチャード自身は自分が爆破犯ではないと知っているので、警察に対して何ら隠すところは無い、そう思っているからに他ならない。



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ところがFBIの方は、彼の外見や温厚そうな喋り方だけで勝手に判断して、こいつは素直に言いくるめられる、そう舐めてかかっているのだ。

FBIの誘導尋問にも従ってしまうリチャードを問い詰めるワトソンに対して、彼が初めて自身の抑えていた感情や、FBIの捜査に対する怒りを露わにするシーンは、それまでの彼の態度とのギャップの大きさにより、同じ法の執行官として抱いていた敬意や信頼が破壊された悲しみや絶望を、見事に観客に伝えてくれるものとなっている。

同時に、リチャードの境遇に感情移入していた観客側も、実は彼に対してある種のイメージを抱いていたことに気付かされるのは見事!

特に、終盤のFBIとの口頭弁論の場に、彼がスーツ姿で向かうシーンは、厳しい闘いの日々の中で彼が男として成長した証であり、ここでリチャードが静かな口調で、だが毅然とした態度でFBIに反論・論破する描写には、少年の頃から抱いていた"法の執行官"への憧れや幻想との決別や、警察権力への静かな怒りが見事に込められている、そう感じずにはいられなかった。

ただ、同じ"法の執行官"と思っていた警察への決別とも取れるセリフが登場するだけに、ラストに登場するリチャードの姿に対して、その理由や心境の変化もぜひ描いて欲しかった、そう思えたのも事実。

今まで舐めてかかっていたリチャードの思いがけない逆襲に、反論できないFBI側の杜撰過ぎる捜査には怒りを通り越して呆れてしまうのだが、一歩間違えれば無実の者が簡単に有罪になってしまうという危険性への警鐘は、現代にも十分通じるものだと感じた、この『リチャード・ジュエル』。

観客の心に刺さるそのメッセージは、ぜひご自分の目でご確認頂ければと思う。

最後に



"メディアリンチ"というショッキングなコピーや、緊迫感あふれる日本版予告編の印象とは違い、メディアや警察権力との対決よりも、主人公の内面的な成長や精神的な強さを描く感動作に仕上がっていた、この『リチャード・ジュエル』。



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本作で描かれるのは、外見から受けるイメージで人を判断することの危険性であり、加えて、一度拡散されて固定化したイメージの払拭の難しさや、憶測や負の感情が個人の生活や人生を簡単に奪い去る危険性への警鐘に他ならない。

1996年というSNSが発達する以前の時代に起きた事件だが、現在ではメディアや警察だけに限らず、個人レベルで"メディアリンチ"が行える状況にあるだけに、報道の姿勢について改めて考えさせられた本作。

例えば、真っ先に実名報道に踏み切った女性記者キャシーが、最終的に自分の間違いに気付くものの、リチャードに対する謝罪や反省の言葉すら無かった点は、鑑賞後にかなりモヤモヤした気持ちがしたのも事実。

加えて、リチャードが終盤のFBIとの対決で一人前の男に成長する展開が見事なだけに、社会的にこれほど糾弾され汚名を着せられた彼の、その後の人生や苦労をもう少し描いてくれていれば、そう思わずにはいられなかった。

なぜなら、この88日間にわたる厳しい闘いで無罪を勝ち取り、最終的に真犯人による告白が成されたにも関わらず、リチャードの死後も未だに彼の名誉の回復が成されたとは言えないからだ。

クリック一つで他人の人生を簡単に破壊できる現代だからこそ、この映画が作られた意味がある!

多くの観客が共感できる内容に仕上がっているので、ぜひ劇場で!

(文:滝口アキラ)

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