映画コラム

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2020年07月11日

『バルーン 奇蹟の脱出飛行』レビュー:国の分断を背景にした見事な冒険映画!

『バルーン 奇蹟の脱出飛行』レビュー:国の分断を背景にした見事な冒険映画!



自由を奪われた社会の恐怖を
巧みにエンタメ化!




 (C)2018 HERBX FILM GMBH, STUDIOCANAL FILM GMBH AND SEVENPICTURES FILM GMBH




本作は実話の映画化であることを最初から謳っているので、この決死の冒険が大成功を収める結末は当然ながらわかっているわけですが、にも関わらずそこに至るまでのサスペンスの持って行き方が実に秀逸で、いわゆる“手に汗握る”緊迫感が最初から最後まで持続し、いささかも見る側を飽きさせるところがありません。

実はこの事件、かつてアメリカのディズニーで1982年にいちはやく『気球の8人』として映画化されています(主演の『エレファントマン』で注目を集めていた頃のジョン・ハートをはじめ、ジェーン・アレクサンダーやグリニス・オコナーなど魅力的キャスティング。ジェリー・ゴールドスミスの音楽が秀逸でした)。

ただし、いわゆるハリウッド型ファミリー冒険エンタテインメントとしての作りであった『気球の8人』に比べて、こちらは東西冷戦の深刻な時代の空気を見事に再現し、当時を生きる人々の圧迫感なども巧みに描出されているあたり、やはり「ドイツ本国の事件はドイツ本国で映画化すべき」とでもいった自国の映画人たちの誇りと気概、そしてこだわりを大いに感じさせるものがあります。
(実はこの事件、映画化権が長らくディズニーにあり、『インディペンデンス・デイ』などで知られるドイツ出身の映画監督ローランド・エメリッヒの口添えで、ようやく自国での映画化が可能となったのでした)

現在ドイツ映画界はさまざまな俊英スタッフや実力派キャストを揃えながら、さりげなくも着実に隆盛を続けていますが、本作も『マニトの靴』(01/DVD邦題『荒野のマニト』)『小さなバイキング ビッケ』(09)などの秀作で知られるミヒャエル・ブリー・ヘルビヒ監督(この事件が起きたときは11歳だったとのこと)は、秘密警察の不気味な追求によって家族がじわじわと危険にさらされていくサスペンスを通して、自由を奪われた社会における恐怖を極上のエンタテインメントとして訴えていきます。

キャスト陣それぞれの上手さにも唸らされっぱなしですが、特に体制側のザイデル中佐を演じる国際派スターのトーマス・クレッチマンは、1983年に東ドイツから実際に脱出して亡命に成功した奇蹟のキャリアの持ち主で、その意味でも今回あえて体制側を演じることで当時のリアリティを色濃く体現してくれています。

一方では気球作りのノウハウを知ることができるお楽しみもあったり、また気球が夜空に上っていく際の昂揚感など、映画的なカタルシスも多々あり。

単に実話の映画化の域に留まらず、社会派映画として、家族の映画として、冒険映画として、サスペンス映画として、どの側面から斬っても、さりげなくも一級のエンタテインメント。

諸々の状況でストレスが溜まりがちな2020年夏の憂さを晴らすに大いに足る快作として、強く推しておきます。

(文:増當竜也)

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