『スタートアップ!』長髪マ・ドンソクの張り手と笑顔だけじゃない「3つ」の魅力!



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第32回:『スタートアップ!』

今回ご紹介するのは、10月23日から劇場公開中の新作韓国映画『スタートアップ!』です。

以前この連載でもご紹介した『悪人伝』とは全く違う、長髪姿でニッコリ微笑むマ・ドンソクのビジュアルには期待しかないのですが、気になるその内容と出来は、果たしてどのようなものなのでしょうか?

ストーリー


学校も嫌いで家も嫌い、ましてや勉強なんか大っ嫌いだと反抗し、母親(ヨム・ジョンア)に1日1発強烈ビンタを食らう少年テギル(パク・ジョンミン)。祖母と二人暮しの親友サンピル(チョン・ヘイン)が、早くお金を稼ぎたい一心で社会に飛び込んだ時、母親と衝突してついに家を飛び出したテギルは、偶然入ったチャンプン飯店で、ただならぬオーラを放つ厨房長コソク(マ・ドンソク)に出会う。世間知らずなテギルの生意気な態度に対し、強烈な張り手で社会のルールを教え込むコソク。怖いもの知らずだったテギルはチャンプン飯店で奇想天外な人間たちと出会い、世の中を学んでいくのだが…。


予告編




魅力1:マ・ドンソクの二面性が楽しめる!



日本版ポスターのビジュアルからも分かる通り、今回マ・ドンソクが演じるコソクは、ピンクの部屋着に長髪、更に夜寝る時も目を開いたままだったり、袋のままスナック菓子を抱えて食べる姿など、その外見と行動のギャップが観客の笑いを誘う奇妙な人物として登場します。

加えて、もともとアメリカでミュージカル俳優としてデビューしたマ・ドンソクだけに、テレビに映るTWICEに合わせて嬉しそうに歌って踊るシーンでは、実に自然で見事なダンスを披露してくれるのです。



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このように書くと、単に極端なイメージチェンジによる笑いを狙った内容に思えてしまうのですが、終盤でコソクの意外な過去が明らかにされることで、彼の長髪と無邪気な行動の理由や、コック長としての姿が彼にとっての再スタートだったことが明らかになる展開は見事!

以前この連載でご紹介した『悪人伝』のように、その肉体を生かして暴れまわる"無敵の武闘派"のイメージが強いマ・ドンソクですが、実は『ブラザー』や『グッバイ・シングル』のようなコメディ作品でも見事な演技を見せてくれているのは、多くのファンがすでにご存知の通り。

そんなファンへのサービスとして、こうしたマ・ドンソクの二面性を存分に楽しめる展開が用意されている点も、本作の大きな魅力となっているのです。

鑑賞後に思い返すと、実はテギルの姿に過去の自分を重ね合わせていたから、彼に対して厳しい態度で接していたのでは? そんな解釈もできるコソクの真の姿とのギャップは、ぜひ劇場でご確認を!



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魅力2:演技派キャストによるコメディ演技に注目!



学校や勉強が嫌いで自由に生きたい年頃のテギルと親友のサンピル。母親と進路のことで衝突した末に家出したテギルは、見知らぬ土地のチャンプン飯店で住み込みのバイトとして働き始め、祖母と二人暮しで家計を支えなければならないサンピルも、知人の紹介で金融業者の取立て役として働き始めます。

世間知らずで生意気なテギルに対し、強烈な張り手で世の中の厳しさと礼儀を教え込むコック長のコソクと、テギルに対しても常に敬語で穏やかに接するオーナーに囲まれながら、次第にテギルは自分の居場所を見つけていくことになるのですが、家出の途中で出会った赤い髪の暴力的な女の子ギョンジュが巻き込まれたトラブルによって、一見平和で穏やかに見えたチャンプン飯店のオーナーとコソクに隠された秘密が明らかになっていくことに…。

社会や学校からドロップアウトした人々を描くコメディでありながら、同時に韓国の厳しい学歴社会や就職難といった現実問題が描かれる内容だけに、コメディと現実の厳しさを違和感なく演じられる演技派キャストの起用は、本作成功の大きな要因となっています。



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例えば主人公のテギルを演じる、『それだけが、僕の世界』や『狩りの時間』のパク・ジョンミンや、人気ドラマ『SKYキャッスル~上級階級の妻たち~』のヨム・ジョンア、更に『毒戦 BELIEVER』や『がんばれ!チョルス』のパク・ヘジュンが終盤に登場して重要な役どころを演じるなど、多くの演技派キャストの共演によって、後半部分の現実味がより増してくる点も実に上手いのです。

中でも、前半のコメディ演技と後半の展開で違った顔を見せてくれるマ・ドンソクの演技は素晴らしく、彼が本当に楽しんで演じていることが観客にも伝わってくるので、その外見に感じていた違和感が次第に消えてしまうのは見事!

加えて、テギルの母親が元バレーボール選手という設定が生かされる名シーンを始め、女手一つで息子を育て上げた母親の愛情と責任感を表現するヨム・ジョンアの演技も、本作の重要な見どころと言えるでしょう。

大いに笑わせながら、ラストに将来への希望を与えてくれるキャスト陣の見事な演技は必見です!

魅力3:この映画が描こうとしたものとは?



マ・ドンソク演じるコソクの個性的すぎるキャラクターや、殴られて派手に倒れるテギルのリアクションなど、基本的に大いに笑えるコメディ作品に仕上がっている本作。

しかし借金に苦しむ人々や、自分の希望とは違う生き方を強いられる人々の姿が描かれるなど、次第に現実的な社会問題が浮かび上がってくることになります。

進路のことで母親と対立し衝動的に家出したテギルは、見知らぬ土地で入ったチャンプン飯店で住み込みのバイトとして働くことに。一方、テギルの親友で祖母と二人暮しのサンピルも、祖母を養うために消費者金融の取立て屋として人生のスタートを切ることになるのです。

家出の途中で出会った女の子ギョンジュや、チャンプン飯店の個性的な人々との関わりの中で、次第に世の中の仕組みや自分で働いて生活する厳しさを学んでいくテギル。

家出したテギルがバス乗り場で軍人から声をかけられる描写にも明らかなように、そこには一度学歴社会からドロップアウトすると将来の選択肢が限られてしまったり、大学を卒業しても就職先がないという、現代の若者たちが直面する厳しい現実が描かれているのです。



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これとは対照的に、チャンプン飯店で同じ出前持ちとして働きながら、調理師になるための練習と勉強を欠かさないグマンのように、今の状況から更に上を目指して努力する者の姿が描かれることで、テギルたちのように10代の若さで将来の選択肢が絶たれてしまう世代の実情が、より浮き彫りになる点も実に上手いのです。

こうした点を踏まえると、学歴社会からドロップアウトした人々の苦労を知っているからこそ、あえて息子に厳しい言葉を投げかけたり、無理にでも進学させようとしたテギルの母親の真意が理解できるのですが、そんな母親の期待に応えられない情けなさと、自分のために苦労して欲しくないという想いから、母親に対して反抗的な態度を取ってしまうテギル。

この親子の和解や、テギルの初バイト代に対する母親の想いが描かれるラストの展開には、自分で働いて報酬を得ることの苦労と重要さ、そして一人前の男としてテギルを認めた母親の意識の変化が、見事に込められています。

しかし同時に、テギルの母親やサンピルに重傷を負わせた食堂の主人のように、将来への不安や厳しい生活から抜け出すため、自分で起業する道を選んだものの、そのための借金が逆に人生を不幸にさせてしまう、そんな暗い現実も描かれているのです。

実際にコロナ禍での厳しい経済状況を経験した現在の視点で観ると、韓国の置かれた厳しい社会状況に共感させられる点が多い、この『スタートアップ!』。

笑いの中で描かれる厳しい現実問題にも、ぜひご注目頂ければと思います。

最後に



『始動』という韓国語タイトルの通り、登場人物それぞれが新たな人生のスタートを切る姿が描かれていく、この『スタートアップ!』。

日本版ポスターの印象では、マ・ドンソク主演による痛快アクションコメディのように思えるのですが、実際はパク・ジョンミン演じるテギルを中心に、現代の若者たちが置かれた厳しい現状と彼らの成長を描く内容となっています。



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以前ご紹介した『82年生まれ、キム・ジヨン』が、母親や女性の生き方や社会問題を描いていたのに対し、この『スタートアップ!』は父親のいない家庭に育った男の子たちが大人になるまでの苦労や、家族や生活のために学歴社会で踏みとどまらなければならない男性の姿が描かれています。

特に映画の終盤、助けを求めるテギルに対してコソクが伝えた言葉には、自身の経験から人生の教訓を教える父親的存在の大きさが込められているのです。

ただ、こうした男性側のドラマに比べてテギルの母親やギョンジュなど女性側の描写が少なく、特にギョンジュの過去や家出の理由がほとんど語られないため、ラストに登場する彼女の姿が非常に唐突に見えてしまったのも事実。

とはいえ、さまざまな事情で挫折を味わったり、辛い過去を経験した人々の新たなスタートを描きながら、人生の再スタートは一度限りではなく、しかも遅すぎるということはない! そんな力強いメッセージを観客に届けてくれるのは見事!

加えて、チャンプン飯店のオーナーとコソクの過去や、サンピルと知人が迎えた希望に満ちた結末には、新たな人々との出会いや交流が人生の再スタートへの重要なカギとなるというテーマが込められているのです。

ちなみに、チャンプン飯店の看板メニューであるジャージャー麺が3000ウォン(日本円で280円くらい)というのは、日本の感覚だとかなり安く感じるのですが、テギルの初バイト代が255万ウォン程度(日本円で23万円くらい)ということから換算すれば、その良心的な価格が実感できるのではないでしょうか。

この他にも、テギルの母親がオープンさせたトースト店や、ラストで重要な役割を果たすチキンの専門店、更にテギルの母親が働いていた酔い覚ましスープ(へジャンクッ)の専門店など、韓国の食文化に触れられる点も本作の隠れた見どころとなっているのです。

鑑賞後、思わずマ・ドンソクの作るジャージャー麺が食べたくなってしまうことは確実な作品なので、全力でオススメします!

(文:滝口アキラ)

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