映画ビジネスコラム

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2020年12月02日

「鬼滅」と「千と千尋」、2つの時代の「メディアと映画館の変化」を探る

「鬼滅」と「千と千尋」、2つの時代の「メディアと映画館の変化」を探る


(C)吾峠呼世晴/集英社・アニプレックス・ufotable

破格の勢いで歴代興行収入ランキングを駆け上がる『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』。トップの『千と千尋の神隠し』を射程圏内に捉え、新型コロナ感染拡大もあり余談を許さない状況ですが、記録更新は時間の問題となってきました。『鬼滅』ファンの期待は日増しに高まっているでしょう。

『千と千尋』と『鬼滅』のどちらが偉大なのか、ツイッターではたくさんの意見が出ています。『千と千尋』の時代には、今とはちがい、SNSもない時代にあれだけヒットしたのはすごいという声や、原作なしのオリジナル映画であることや、逆に『鬼滅』は話の途中を映画化しているにもかかわらずこれだけの人が見ていることがすごいなど、多くの意見が飛び交っています。

どちらのヒットがよりすごいのか、単純な比較は不可能です。それぞれの時代に合ったヒットのあり方があるだけです。しかし、両作品の宣伝戦略や時代状況を比較することで見えてくるものがあるかもしれません。この記事では、両作品の公開当時に情報環境、宣伝戦略、映画館状況の違いを比較してみることにします。

(注)本記事では、両作品の良し悪しについては語りません。人それぞれに思い出があり、好みがあり、良し悪しは一概に決められないからです。


ジブリの宣伝は意外と泥臭い

日本のインターネットの普及期は、Windows 95が登場した1995年からですが、当時はダイアルアップという従量課金制の料金体系なうえに、ものすごい低速でした。ネットの本格的な普及期は、2000年代に高速で定額で利用できる「ブロードバンド」と呼ばれる接続サービスが開始されてから。その少し前からドコモの「iモード」が始まり、携帯で簡単なネットサービスが利用できるようになり始めました。


(C)2001 Studio Ghibli・NDDTM


『千と千尋』が公開されたのはそんな時代で、ネットが社会の情報流通の主役ではなかったのです。この時代の情報の王様はテレビです。『千と千尋』は、テレビをはじめとしたマスメディアの力をフルに活用して大ヒットを作り上げました。

スタジオジブリは公式サイトの「スタジオジブリの歴史」のページで宣伝戦略で重要な重要な3つのポイントを挙げています(※1)。

1:作品の質、内容面では、常に現代性を第一に考えたテーマ設定をしている

2:過去に積み上げてきた実績

3:確たる方針で展開される大規模な宣伝

この3つがそろっていたことがジブリの実績を作ったのだと公式サイトで言明しているのです。

『千と千尋』もこの例に漏れず、確たる方針で大規模な宣伝を打っています。シンプルに宣伝費が『もののけ姫』の倍近くあったそうですし(※2)、単に予算が多いだけでなく、製作委員会のメンバーである日本テレビ放送網、電通、三菱商事、徳間書店がそれぞれの得意な分野で効果的な宣伝を展開していました

『千と千尋』に限りませんが、ジブリ作品の宣伝はとにかく露出量が多いです。鈴木敏夫プロデューサーと宮崎駿監督は、新作の度に全国を回ってメディアの取材に対応していますし、映画館も訪れています。マスメディアを使った大規模宣伝だけでなく、どさ回りのような全国行脚も毎回行っているのです。

鈴木プロデューサーがインタビューで地方を回る意義について以下のように答えています。

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「現地に行ってキャンペーンって何をやるの、というと、一つはそれぞれの地方にメディアがあるでしょう。テレビや新聞、雑誌などの取材を受ける。テレビは、例えばスタジオジブリは日本テレビさんがだいたい製作委員会に入っていたから、日本テレビのネット系列局の人が頑張ってくれたわけです。

あと、その地方で試写会をやるとすると、タイアップしてくれる企業がいて、応援してくれたんです。さらに、僕らが行ったことによって、テレビで試写会をやりますよ、という告知が流れるんです。僕らも宣伝のお金はそんなに無かったんだけど、試写会の告知はお金がかからないんですよ(笑)。それはありがたかったです。」


ーテレビCMの代わりに無料で告知できる、というのは効果が強かったわけですね。

「そしてもう一つ大事だったのは、映画館も回ったということです。映画館に行って、みんなで一緒に写真撮ったりしたわけです」


―それはシネマコンプレックス(シネコン)が広まる前の時代でしょうか。


「そう。一つ一つ映画館には館主さんがいて、彼らが上映する作品を決めていた。それを回って、館主さんに挨拶するんです。そうするとそれぞれの映画館の人たちが、宣伝に前向きになってくれるわけですね」(※3)

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当時、国内最大のヒットメーカーとしてのブランド力を持ち、日本テレビや電通などなだたるメディア企業が製作委員会にいて、大宣伝を展開してもなお、鈴木さんはミクロな口コミの力の大切さがわかっていたのです。今は口コミは、ネットで急速に広がりますが、当時は口コミを作るためには足で全国を回る必要があったんです。『千と千尋』の大ヒットの陰にはこういう泥臭さがあったのです。

『千と千尋』の製作には、ローソンを傘下に持つ三菱商事が新たに加わったことも大きかったようです。鈴木さんは「コンビニは販売店にとどまらず、メディアなのだ」(※4)ということに気が付いたそうで、コンビニで限定フィギュア付きの前売り券を売り、32万枚の前売り券をローソンだけで売ったそうです(※5)。

マーケティング用語でAIDMAという言葉があります。これは、Attention(認知)、Interest(興味)、Desire(欲望)、Memory(記憶)、Action(購買)の頭文字を取ったもので、人はこの順番を経て商品を購入するという考え方です。ジブリの『千と千尋』はこの5つを大規模に抑えていたと言えるでしょう。

製作委員会のメンバーである日本テレビが大きなAttention(認知)を作り、日本テレビと資本関係のある読売新聞の広告や記事でInterest(興味)をさらに深め、地方のどさ周りで身近なメディアや生活圏のコンビニにも登場し、Desire(欲望)とMemory(記憶)も喚起し、小売店も抑えているのでAction(購買)にもつながる。大量のマス宣伝と足で地道に稼ぐキャンペーンでマーケティングの基本をかっちりと抑えています。

『千と千尋』の時代には確かにSNSはありませんでした。しかし、当時考えうる限りのメディアパワーをフル活用し、口コミの重要さも忘れず地道な宣伝活動をしかけたことが『千と千尋』を大ヒットに導いたのです。

『鬼滅の刃』のボトムアップ型の人気向上


(C)吾峠呼世晴/集英社・アニプレックス・ufotable
『鬼滅』が大ブームとなっている現代は、情報流通の主役はテレビからネットに移りました。今はインターネットを駆使せずに大ヒットが生まれることは考えにくい時代になりました。『鬼滅』はそんな時代を象徴するヒットの流れと言えるでしょう

人気に火をつけたのは、2019年のテレビアニメです。しかし、その功績が単純にテレビというマスの力ではないことは明白です。キー局のゴールデンタイムでの放送ではなく、地方20局での深夜放送でしたし(とはいえ深夜アニメとして20の放送局はかなり多いです)、放送前に大量のCMを流していたわけでもありません。

『鬼滅』の話題が沸騰し始めたのは放送後であり、作品のクオリティがSNSを中心に口コミで広まったことはよく知られています。ツイート数の推移に顕著に表れており、アニメ放送が始まった4月よりも放送終盤の9月(19話「ヒノカミ」が放送された)、から終了直後の10月に関連ツイートが大きく伸び、さらに原作18巻が発売された12月にさらに大きく伸びています(※6)。

年末の紅白歌合戦ではLISAさんが主題歌「紅蓮華」を歌い、2020年に入ってからも毎週月曜日にはツイッターのトレンドに「#鬼滅本誌」が入る状態で、最終話までSNSでのバズが止まることはありませんでした。そして、数多くの企業が『鬼滅の刃』の人気にあやかろうとコラボし、認知はさらに拡大していきました。ネット空間だけでなく、リアルな街でも『鬼滅の刃』関連グッズをいたるところでみかけるようになっています。

配信サイト経由でかなりの人が見ていることも特徴です。本作のプロデューサー、アニプレックスの高橋祐馬さんも「アニプレックスのアニメ作品の中でも、ここまで配信先を広げているのは珍しいかもしれません」と語っています(※7)。配信と地方局の組み合わせで接触可能な場所をとにかくたくさん作るという戦略ですね。

配信サイトの功績という点で、今年の新型コロナの感染拡大というファクターは見逃せません。ステイホームという言葉がたくさん使われましたが、この時期配信サイトの利用が大きく伸びていることが統計的にも顕著に表れており(※8)、中でも『鬼滅』は、動画配信作品人気ランキングで一位につけています(※9)。

『鬼滅』のヒットは、マスメディアのトップダウンの戦略ではなく。ボトムアップ型のアプローチで生まれたと言っていいでしょう。『鬼滅』の製作委員会には、テレビ局も広告代理店もおらず、集英社とアニプレックスとufotableの3社のみ。集英社は雑誌をいくつも出版していますが、アニプレックスはメディア運営はしていません。『千と千尋』のようにマスメディアパワーを駆使しやすい陣容とは言えないでしょう。人気が高まった結果、ダイドーなどのなだたる大企業がコラボに手を挙げ、数多くのコラボ自体が宣伝効果を発揮し、『無限列車編』の特大ヒットにつながったと考えられます。

『鬼滅』の宣伝戦略は、深夜アニメとして珍しいものではありません。放送前に映画館で先行上映するのも、ラジオ番組をやるのも前例がありますし、リアルイベントを開催してファンとのつながりを強化するのも定番となっています。(放送局が多めだったり、規模の違いはあると思います)

深夜アニメのマーケティングのスタイルは元々、コアなファンとの深いつながりを大事にするものと言えるでしょう。日本人全体から見ると少数だけど、その少数が熱心な購買行動で買い支えることで日本の深夜アニメビジネスは成立していました。『鬼滅』の宣伝戦略も大枠ではそういうスタイルであって、単純にそのファンのボリュームが、作品のクオリティもあって、とてつもない大きさに膨れ上がった結果のヒットです。深夜アニメのそのスタイルは、SNS全盛の時代、ファンの熱量による口コミが情報流通を支える現代に合った手法なのだということでしょう。20年前の『千と千尋」と比べると、如実にヒットの方程式が変わったことを実感させられます。

シネコン化で大幅にスクリーン数が増えた



メディア環境違いの他に、映画館の環境変化も比較してみましょう。

まず、2001年と2020年ではシンプルにスクリーンの数が大きく違います。

『千と千尋』が公開された2001年、全国のスクリーン総数は2585スクリーン。対して2019年は3583と約1000の差があります(※10)。スクリーン数が多ければ、それだけ人気作をたくさん上映できますから、この辺りは『鬼滅』の時代のほうが有利と言えるでしょう。

シネコンの半分近くのスクリーンを『鬼滅』が占めるような前代未聞の状況が生まれましたが、これが可能としたのは上映素材のデジタル化です。『千と千尋』の時は、上映素材がフィルムでしたから、無尽蔵に上映館を増やせなかったのです。コロナ禍で大作が延期になり、スクリーンのスケジュールに余裕があったことも要因ですが、フィルム時代にいきなりあんなに上映しまくることはそもそも難しかったと思います。

その代わり、2001年の映画館は今はほとんどみかけない「大箱」の劇場もありました。『千と千尋』のメイン上映館だった日比谷スカラ座の座席数は656席、隣のみゆき座は756席、直前になって急遽上映することになった日比谷映画は648席と、今の基準で考えると座席数が多いですね。さらにその上、当時は満員の場合立ち見客も入れていました。

『千と千尋』の上映初日の熱狂ぶりはすさまじく、日比谷の映画館には徹夜で並ぶ人が続出、朝には2000人が並んでいたそうで(※11)、すさまじい熱気だったようです。当時はネット予約は一般的じゃありませんので劇場前に並んだのです。

チケット代の平均単価もこの20年で変化しています。現在の映画館は、一般料金1900円のところが多いですが、2001年は1800円で、シニア料金なども今よりも安かった時代です。日本映画製作者連盟のデータによると、2001年の平均入場者料金は1226円、2019年は1340円と100円近く上がっています(※10)。これは、一般料金の値上がりだけでなく、IMAXなどの単価の高い特別上映が増えていることも要因です。『鬼滅』はIMAX上映も行っていますので、その分「千と千尋」よりも平均客単価は高いでしょう。

原作ものとオリジナルもの



最後に比較するのは、原作ものとオリジナル、どちらが売れやすいのかという点です。

原作ものが売りやすいというのは、シンプルに原作の名前がブランドとして機能するからです。AIDMAの最初、Attention(認知)が最初からある程度存在するわけですね。その意味では、『鬼滅』のほうが『千と千尋』より有利に思えます。

しかし、ここで思い出したいのはジブリが掲げるヒットにおける3つの重要要素の2つめ「過去に積み上げてきた実績」です。『千と千尋」以前からジブリは傑作を世に送り続けて、長い時間をかけてブランド力を築いていました。半端に有名な原作よりも宮崎駿の名前の方がブランド力は高いと言えるでしょう。

一方『鬼滅の刃』は確かに原作漫画が週刊少年ジャンプに連載されていて、一定のブランド力があったでしょうが、むしろ人気に火をつけたのはアニメの方です。しかも2019年の放送終了からまだ1年ちょっとしか経っていません。ジブリが長い時間をかけて築いたブランド力にわずか1年で追いついたのは驚くべきことですが、現代の情報流通のすさまじい速さを象徴しているように思います。今後はもっと速いペースでそれを達成する作品が生まれても不思議ではないかもしれないですね。

こうしてみると、この20年で映画館も時代も劇的に変化しているんだなと実感します。ほんの数年前まではネットの口コミで国民的ヒットが生まれるとは考えられていませんでした。今では、むしろSNSの口コミなしに国民的ヒットはありえないという時代になったと言えるのではないでしょうか。

(文:杉本穂高)

参照一覧

※1:スタジオジブリの歴史 - スタジオジブリ|STUDIO GHIBLI http://www.ghibli.jp/history/

※2:日本興収1位「千と千尋ー」分析者の一言で思わず火 - シネマ : 日刊スポーツ https://www.nikkansports.com/entertainment/news/201903250000385.html

※3:映画の地方宣伝から、これからの映画の話まで―スタジオジブリ鈴木敏夫さんインタビュー【キネプレ】
http://www.cinepre.biz/archives/24860

※4:「昔コンビニ、今LINE」メディアの勢いを見抜く――鈴木敏夫が語る「これからのプロデューサー論」
https://bunshun.jp/articles/-/7526

※5:ローソンの「千と千尋の神隠し」関連販売が好調 | 日経クロステック(xTECH)
https://xtech.nikkei.com/it/free/NC/NEWS/20010831/2/

※6:鬼滅ブーム、今は「第2波」 鬼滅ツイートは昨年12月の「18巻」発売が頂点
https://www.iza.ne.jp/kiji/entertainments/news/201115/ent20111514450017-n2.html

※7:映画「鬼滅」の熱狂に見たアニメの新しい稼ぎ方 東洋経済オンライン https://toyokeizai.net/articles/-/383711?page=2

※8:コロナ禍の影響で動画視聴が大幅に増加…有料動画配信サービス利用率は21.5% | Media Innovation
https://media-innovation.jp/2020/07/14/movie-watch-habit-during-covid-19/

※9:【注目の調査結果】『鬼滅の刃』が「動画配信作品 人気ランキング」と「観たい新作映画 ランキング」のどちらも1位を獲得 | GEM Partners株式会社
https://www.gempartners.com/news/20200626/

※10:過去データ一覧 一般社団法人日本映画製作者連盟
http://www.eiren.org/toukei/data.html

※11:「千と千尋」、大爆発! 日本記録更新なるか?  映画.com
https://eiga.com/news/20010724/1/

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