2020年12月21日

アニメ映画『ジョゼと虎と魚たち』レビュー|「新しいジョゼ」は背中を押してくれる

アニメ映画『ジョゼと虎と魚たち』レビュー|「新しいジョゼ」は背中を押してくれる



色褪せることなく愛されている作品が新たに映像化される際に、よく使われる謳い文句があります。

新しい○○(作品名)——。

筆者はこの言葉になんとなく、“逃げ”を感じていました。が、今回その価値観を揺さぶられた気がするのです。アニメ映画『ジョゼと虎と魚たち』で。(2020年12月25日公開)

アクションのボンズ“らしくない”アニメへの期待感

アニメーションと小説、気鋭のキャストとスタッフ、そして恒夫とジョゼ──かけがえのない出会いから新しい時間、止まっていた時間が回り始める。ここにあるのは、心に刺さる等身大の魅力と、心を躍らせるロマンに満ちた“新しいジョゼ”

これはアニメ版ジョゼの公式サイトに書いてあるイントロダクションです。これを読んだ筆者は、冒頭で書いた通り“逃げ”を感じました。



『ジョゼと虎と魚たち』といえば、芥川賞作家の田辺聖子氏による“青春恋愛小説の不朽の名作”。2003年に公開された妻夫木聡と池脇千鶴主演の実写映画も、色褪せることのない名画として愛され続けています。

本作に限らず言えることですが、すでに多くの人から支持されている作品を別の方法で世に出すとなると、そのファンから厳しい声が寄せられがちです。そのため「新しい」という謳い文句は、こんなファンからの声から逃れるための前置きなのだろうと思っていました。実際に筆者も現実的で儚い世界観を持つ原作や実写映画が好きだったので、アニメ版ジョゼに不安を感じていなかったといえば嘘になります。

ただ、このように書いておきながら「新しいジョゼ」にどうしても惹かれてしまったのには理由があります。それは、アニメーションの制作会社です。

本作の制作を担ったのは「ボンズ」。『鋼の錬金術師』『交響詩篇エウレカセブン』『血界戦線』『文豪ストレイドッグス』『モブサイコ100』『僕のヒーローアカデミア』などの作品を手掛けてきた、アニメファンの間では知名度が高い制作会社です。



ボンズの特徴といえば、アクションがあげられます。上記の作品ではもちろん、さまざまなアニメで数々の名バトルシーンが誕生しています。本作の監督・タムラコータロー氏もボンズで、『ノラガミ』(原作:あだちとか)という和風ファンタジーバトルアニメを制作していました。

力強い線。ギュインギュイン動く、迫力満点の作画やカメラワーク。自分の中の少年が目覚めてしまうような興奮を覚えるバトル。そんなボンズの圧倒されるアクションが、アニメ映画『ジョゼと虎と魚たち』の予告ではなりを潜めていたのです。



柔らかな線に、淡い色合い。ありふれた日常の風景。ボンズらしい緻密な作画はあるものの、“ボンズらしくない”雰囲気も漂っていました。筆者はこの意外性を確かめたい気持ちがあり、「新しいジョゼ」を観ることにしたのです。

純愛×夢。ジョゼと恒夫の恋が教えてくれること

公式サイトでも触れられている通りアニメ版『ジョゼと虎と魚たち』では、車いすの少女ジョゼと大学4年生の鈴川恒夫の純愛が描かれています。おそらく原作や実写映画のファンの皆さんは予告を観ただけで雰囲気の違いに驚き、さらに恒夫の設定に大きく違和感を覚えるでしょう。



アニメ版の恒夫には、「メキシコにしかいない魚の群れを見たい」という夢があります。大学では海洋生物学を学び、卒業後には留学をしようとスペイン語も独学。さらに留学資金を溜めるためにバイトにも精を出していました。原作や実写映画の「今を楽しく生きる等身大の青年」として描かれていた恒夫に対し、アニメ版恒夫は「夢が生きる糧となっている青年」として描かれています。つまりアニメ版では、ジョゼと恒夫の恋愛に“夢”の要素が加わっているのです。

原作や実写映画の“等身大の若者”である恒夫とジョゼの織りなす泡沫的で生々しい恋愛模様が好きだった筆者は、この作品に“夢”という要素の必要性をあまり感じていませんでした。

ただ観終わった今感じるのは、「新しいジョゼ」には“夢”が必要だったということ。誰もが孤独を感じやすい今の時代だからこそ、ジョゼと恒夫の物語に“夢”がかけ合わさる必要があったと思うのです。



本来“夢”とは、自分1人のもの。叶えるために努力するもしないも自分次第です。ただ叶えたいと思って頑張っても自分1人ではたどりつけず、壁にぶつかることもあるかもしれません。叶うかどうか分からないことへの挑戦が怖くなって諦めてしまいたくなる、なんてこともあるでしょう。

“夢を叶えること”は、輝かしくも儚い、そんな両極端な二面性を持っています。そんな夢を叶えるために努力する自分を信じ、背中を押してくれる人がそばにいること、誰かと夢を共有することの心強さをジョゼと恒夫は教えてくれるのです。

弱さごと前に進もうとする自分を包み込んでくれる「新しいジョゼ」



本作を観るまで筆者は、「ボンズの美しい絵と意外な一面さえ観られればいいや」と、新しいジョゼに対してあまり期待をしていませんでした。しかし「新しいジョゼ」はストーリーも決して“逃げ”ではありませんでしたし、今の時代に必要とされる作品となるだろう感じています。

夢は自分を奮い立たせてくれるものでもあり、時に臆病な自分を突きつけるものだとも思います。

「新しいジョゼ」は諦めずに進もうとする人の臆病な部分もひっくるめて肯定し、背中を押してくれる作品です。観終わったあとの心には爽やかな風が吹き、劇場から出る時にはちょっとスキップしてしまいそうなくらいの体の軽やかさが味わえます。ボンズが描く美しいふたりの日常もまた「新しいジョゼ」の優しい世界を見事に表現しているので、ぜひ注目を!

(文:クリス)

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