映画コラム
『ハンバーガー・ヒル』レビュー:ヴェトナム戦争映画の隠れた傑作がまさかのリバイバル!
『ハンバーガー・ヒル』レビュー:ヴェトナム戦争映画の隠れた傑作がまさかのリバイバル!
人間をミンチにしていく地獄
それでも「俺たちは丘を取る」
『ハンバーガー・ヒル』は1969年、南ヴェトナムのアシャウ渓谷にある丘“ドン・アプ・ビア”=937高地をめぐってアメリカ軍第101空挺師団と北ヴェトナム軍との間で繰り広げられた激戦“アパッチ・スノー作戦”を映画化したものです。この戦い、日露戦争の一大激戦を描いた『二百三高地』(80)同様、丘を奪取するために敵味方を問わず多くの兵士たちの血が流れていきます。
いや、血どころか「この丘は俺たちをミンチにしようとしているのか!」と戦場の兵士たちが叫んだとも言われるように、そこは生死を問わず人の肉片が飛び散る惨状を呈する地獄でもありました。
本作はそうした地獄の中に放り込まれ、丘を奪取する目的もよくわからず、ただただ突撃を繰り返しては同胞がひとり、またひとりと減っていく日常を淡々とドキュメンタリー・タッチで捉えていきます。
キャストも初公開当時は無名の俳優ばかり(後にディラン・マクダーモットやドン・チードルらがスターになっていきました)。
撮影監督は、それまで『遠すぎた橋』(77)など数多くの戦争映画でB班撮影を担当し、本作の後で『ランボー3怒りのアフガン』で監督デビューを果たすピーター・マクドナルド。技巧を凝らした画が一切ないのも美徳のひとつです。
音楽は現代音楽界の名匠フィリップ・グラスですが、彼の音楽そのものが使われているのはメインタイトルとエンドタイトル、そしてクライマックスのみというストイックな趣向。そして劇中挿入歌としてアニマルズの《朝日のない街》も効果的に用いられています。
監督は『戦争の犬たち』(80)『チャンピオンズ』(84)『アーノルド・シュワルツェネッガー/ゴリラ』(86)などで知られるイギリス人ジョン・アーヴィン。
彼は英BBCドキュメンタリストとして実際にヴェトナムの戦場へ取材に赴いたキャリアを持っています(つまりはアメリカ人とは異なる異邦人的な目線で戦争を見据えていた)。
そして本作の脚本ジェームズ・カラバトソスもヴェトナムの戦場を知る帰還兵で、『幸福の旅路』も彼の脚本によるもの。
劇中、ディラン・マクダーモット扮する兵士フランツが、現地を取材するマスコミの心ない質問の数々に対して、怒りを抑えながら応えます。
「面白いか? ニュースのネタを探してハゲタカみたいに誰かが死ぬのを待ってる。敵の奴らのほうがお前らよりマシだ。自分の命も懸けないウジ虫どもが、よく聞け。俺たちは必ず丘を取る。そのとき俺たちの写真を撮ったら、頭をぶち抜いてやる」
もしかしたらジェームズ・カラバトソスは、実際にこのような言葉をマスコミに発したのかもしれません。
そしてジョン・アーヴィンは、こういった言葉を聞いたのかもしれません。
本作は反戦的なメッセージが口にすることはほとんどありません。いや、むしろ反戦的な言葉を外野から浴びせられて苦悩する兵士たちの心情をこそ描いています。
そして、だからこそ「俺たちはこの丘を取る」といった台詞が実は好戦的なものでも何でもなく、そうしなければ生きていけない彼らの悲痛な意思表示として辛く胸に残り、ひいては戦争そのものの愚かさが巧みに描出されていくのです。
一方では、戦う意味を求める術もないまま、敵と殺し合うのみの兵士たちにも日常があり、仲間同士の絆が生じたり、逆にほんの些細なことで喧嘩や諍いが起きたりもします。
(歯磨きのシーンなど非常にユニーク。またモラルの問題はさておき、慰安所の娼婦たちがそんな兵士たちにとって数少ない心の拠り所になっていた現実も描かれます)。
やがて戦闘は終わりを迎えますが、兵士たちの胸には、虚無的な想いしか湧き上がっていきません。
そして生き残った者たちは次の戦場へ赴き、また同じような意味のない戦いを繰り返し、やがて母国へ帰還した者たちの中には『タクシー・ドライバー』のトラヴィスや『ディアハンター』の鹿狩り仲間や『ランボー』の主人公のような運命を辿っていくことを、この作品は悲しいまでに冷徹な目線で示唆していくのです。
先にも申しましたが、本作は『プラトーン』と『フルメタル・ジャケット』という二大話題作の狭間に公開されたこともあって知名度は前2作よりも弱かった感があります。
またその後も『地獄の黙示録』のフランシス・フォード・コッポラ監督が描いた戦場が出てこないヴェトナム戦争映画『友よ、風に抱かれて』(87)や、『7月4日に生まれて』(89)『天と地』(93)といったオリヴァー・ストーン監督のヴェトナムものの連打といった話題作が続々公開されていく中、次第に地味な存在と化していきました。
しかし、心ある映画ファンの胸の中にはいつまでも忘れることのない名作であったことが、およそ34年の時を経てのまさかのリバイバルではっきりし、どこか溜飲が下がった想いでもあります。
時あたかもヴェトナム戦場での“英雄”の復権を説く仲間たちの労苦を描いた映画『ラスト・フル・メジャー 知られざる英雄の真実』(19)が公開され、かたや『シカゴ7裁判』(20)ではヴェトナム戦争反対のデモ隊と警官隊が衝突したシカゴ暴動で起訴された7人のでたらめな裁判が明るみにされました。
ヴェトナム戦争終結からおよそ半世紀経とうとしていますが、ようやくアメリカはあの戦争を客観的に見据えられる時期に来ているのかもしれません。
またそれに同調するかのように、今振り返るとまだまだ冷静に成り切れていなかった1980年代ヴェトナム戦争映画の中で、もっとも冷静かつ兵士のひとりひとりに哀悼の意を込めた『ハンバーガー・ヒル』が再評価されるというのも、何かの宿縁なのでしょう。
ぜひともスクリーンでの鑑賞をお勧めいたします。
エンドクレジットに浮かび上がる兵士たちの顔、顔、顔! そして痛烈なメッセージも、ぜひ心に刻んでください。
“WELCOME TO HAMBURGER HILL”
(劇中、この言葉の下に記された文字にもご注目を!)
(文:増當竜也)
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