『彼女』レビュー:同性異性を問わず、人間同士の愛の確執を繊細に描く廣木隆一監督ならではの傑作“映画”
■増當竜也連載「ニューシネマ・アナリティクス」SHORT
何不自由ない生活を送っていたお嬢様育ちのレイ(水原希子)が、高校時代から想いを寄せていた七恵(さとうほなみ)のDV夫を殺害し、共に逃走の旅に出るという、中村珍のコミック「羣青(ぐんじょう)」を原作とする廣木隆一監督によるエロティック・クライム・ロードムービーで、Netflixオリジナル作品として現在配信中。
LGBTQをモチーフにしつつ、いくつかのラブシーンや殺害シーンの激しさなどからスキャンダラスに騒がれ、賛否両論を巻き起こしている問題作でもあります。
もっともデビュー当初から男女問わず同性愛も異性愛も等しく描き続けて現在に至る廣木監督作品をずっと見続けてきている側としては、今回も勝手知ったる廣木ワールドであり、その意味では別段騒ぎたてるほどのものではありません。
ただし、そのキャリアの中で屈指の傑作として大いに讃えたいのも確か。
今回はこれまでの廣木ワールドのエッセンスがかなり盛り込まれており、特に広大で美しくもどこか息苦しい都市の切り取り方などは1990年代の彼の代表作『魔王街 サディスティックシティ』(93)『夢魔』(94)『君といつまでも』(95)のシティ派エロス3部作を彷彿させるものがあります。
ふたりのヒロインの逃走劇からは『ヴァイブレータ』(03)さながらのロードムービー感覚が見事に開花しており、高校時代の回想シーンも、2010年代に数多くのキラキラ映画を撮りつつ、一瞬ギラッとさせることを絶対に怠らない廣木演出の妙があちらこちらに散在。
長回し撮影の多用も廣木映画の常ではありますが、ここでは思い切り引いたロングの画の中に彼女たちのアップを巧みに差し込みながら独自のリズムを幽玄かつ快活に形成しているので、2時間20分の長尺をいささかも長く感じさせません。
こうした秀逸なキャメラアイに見守られながら、水原希子とさとうほなみ(=バンド「ゲスの極み乙女。」「マイクロコズム」のドラムス担当ほな・いこか)のふたりが、水を得た魚のように画面の中から弾け飛ぶ魅力を発散していきます。
特に水原希子は、ついに役者として真に代表作と呼べるものを世に放つことが出来たかのような、そんなカタルシスすら覚えてしまいました。
ドラマの流れの中、時折理屈に合わない言動をしでかすふたりが逆にリアルに映えわたり(別荘での喧嘩シーンなど)、それに感化されるかのようにレイの兄嫁役の鈴木杏も輝き出し、さらにはレイの恋人(真木よう子)とその母(烏丸せつこ)のエピソードも一見ドラマと無関係なようでいて、実はなくてはならないものへと屹立していきます。
大胆と騒がれているSEXシーンにしても、その最中に交わすふたりの台詞によって身体と心の叫びへと物悲しくも感動的に昇華されていくあたり、昨今の説明台詞まみれの映画&ドラマ脚本を疑問にも思っていなさげなクリエイターたちは見倣うべきでしょう。
細野晴臣の幽玄なテーマ曲など音楽効果もすこぶるよく、最初チャールズ・チャップリンの名作『モダン・タイムス』(36)テーマ曲《スマイル》が流れたときは、思わず廣木監督が秋葉原殺傷事件と3・11をミックスさせた問題作『RIVER』(12)で『ティファニーで朝食を』(61)テーマ曲《ムーン・リバー》を流したときとも相応した衝撃が走りましたが、クライマックスで再びこれが流れたときは、「ここはこの曲でなければならない!」とでもいった必然性すら感じられてならないほどに、ふたりの心情を雄弁に奏で上げてくれるのでした。
『ROMA/ローマ』(18)『アイリッシュマン』(19)『Mank/マンク』(20)など海外の優秀なNetflix作品と同じように、廣木監督ならではの傑作として、ぜひともこれも劇場公開していただきたいもの。
(少なくとも私は間違いなくベスト10に入れます!)
(文:増當竜也)
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