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2021年07月21日

『竜とそばかすの姫』解説|細田守作品が賛否両論になる理由が改めてわかった

『竜とそばかすの姫』解説|細田守作品が賛否両論になる理由が改めてわかった


3:なぜ未成年の女の子を1人で行かせるのか?

誰もが気になるであろうことは、クライマックスで未成年の女の子である鈴を、2人の子どもを虐待している親のところまで、周りの誰もが止めることなく、1人で行かせてしまうということだ。

その虐待の光景を鈴と一緒に見ていたはずの、しのぶやカミシンは(子どもたちの居場所を突き止めてくれたが)ついていくこともなく、駅まで送ったおばちゃんたちも「1人でだいじょうぶかな」などと言っただけだけだった。鈴もまた暴行されてもおかしくないし(実際に鈴は虐待親から顔に傷をつけられる)、その後に虐待親と子ども2人が「たまたま家の外に出ていた」ことも含めて、あまりに展開が強引に感じてしまったのだ。

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これは、単純なツッコミどころというだけでなく、テーマに対しても齟齬がある、そう感じさせてしまう作劇になってしまっているように思う。なぜなら、鈴のすぐそばにいた善意の人々さえも、ここで「傍観者」に近い存在にさせてしまっているからだ。

鈴の母は、周りの大人たちが何もできずに立ち尽くしている中、幼い女の子を救うために川に飛び込み、そのために亡くなってしまっていた。その時にネットでは「他人の子どもを助けて死ぬなんて、自分の子どもに無責任だ」「人助けなんて善人ぶるから、こうなるんだ」などと勝手な匿名の書き込みがされていた。そして、鈴もまた虐待をされている2人の子どもを救うため、その行動の決断をする。細田守監督の意図は、誰かを救おうとする意思を肯定し、そして何もしないばかりか、匿名で悪意の言葉をぶつける者への批判である、ということは明白だ。

だが、その肝心のクライマックスで、鈴の友人たちも、彼女のことを心配していたおばちゃんたちも、彼女が(母と同じように)1人で向かうことを容認させてしまう。それ以前にも、(最終的には鈴自身が決断を下しているとはいえ)鈴のアンヴェイル(正体を明かすこと)を「それしかない」と提案するしのぶも、「安全圏」から勝手なことを言っているように思えてしまった。

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それでは、母が亡くなった時に川で突っ立っていた大人たち、ネットで無責任なことを言う者たちとあまり変わらないではないか……というのは言い過ぎだろうか。だが、せめて、しのぶも自分のアバターをアンヴェイルして鈴の気持ちに寄り添ったり、誰かが鈴を猛烈に引き止めたりするシーンはあってよかったはずだ。おそらく、数人で虐待親のところに行かなかったのは「(ネットの住人のように)集団から個への攻撃」になることを避けたかったことも理由なのだろうが、個人的には「ネットだけでなく現実でも、鈴は1人じゃない」とこの時点で訴えてほしかった。

また、この展開であると、鈴と母親それぞれの「自己犠牲」をも正当化しているようにさえ見えてしまう。もちろん細田守監督にそんな意図はなく、「誰かを救おうとする」決断そのものを肯定的に描いているのだとは思うのだが……その自己犠牲ははっきりと否定したほうが良かったのではないか。

もちろん、細田守監督のやりたいことは、わかりやすすぎるほどにわかりやすい。たとえ1人でも、助けたい人を助けに行く。その母の真意が心からわかったからこそ、鈴もまた母と同じ決断をする。そのためだったら、匿名であることが自分を守る手段となるネット上で、自分の正体を明かすこともためらわない。それを描きたい作品であることは大いに伝わってきたし、実際に感動もした。だが、その感動を素直に享受するには、あまりにノイズが大きすぎたのだ。

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4:虐待という問題にどう向き合ったか?

そのクライマックスは、そもそも一刻を争う事態だ。そうであるのに、鈴が高知から東京まで十何時間はかかるだろう高速バスで向かうというのがおかしい。また、児童相談所に保護のための電話をしていたものの、「え?すぐにはできない?ルール?48時間?」と返されることにも混乱してしまった。100歩譲ってそう返答されたとしても、警察に連絡すればいいだろう。

実は、その「48時間」という数字は現実の社会問題を参照しているようだ。児童相談所は過去の虐待死を防げなかったことから、「48時間までに安否確認をする」という時間ルールを設けていたものの、守れなかった事例が相次いでいたという(参考記事)。小説版にも「直接子どもの様子を、48時間以内に確認します、というのがルールのようだ」という記述があった。

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細田守監督作品では、前述したように『おおかみこどもの雨と雪』でも児童相談所の職員が自宅訪問をしていたし、そうした現実の問題をむしろ積極的に作品に落とし込もうとしているのだろう。だが、この『竜とそばかすの姫』では、「いやいや、どんな手段を使ってでも、今すぐ子どもを保護してあげようよ!高速バスで向かっている場合じゃないよ!」というツッコミどころのせいで、むしろ現実の虐待の問題を蔑ろにしているようにさえ思ってしまった。

それでいて、虐待を受けていた2人の子どもが今後どうしていくのかがわからないというのも気になってしまう。実際はシーンがカットされただけで、ちゃんと児童相談所なりに保護をしてもらったのかもしれないが(小説版にも記述はなかった)、鈴の立ち向かう姿を見た少年に「僕も闘うよ」と言わせてしまったままフェードアウトしてしまうのは無責任にも思えたのだ。また、正体が明かされた鈴はこの後にマスコミの取材なりで大変なことになると思うのだが、しのぶが最後に「これから普通に付き合える気がする」と言うことにも違和感があった。

総じて、この『竜とそばかすの姫』のクライマックスで、細田守監督作品が賛否両論になる理由が、改めてわかったように思う。それは、ファンタジーをもって「強い意思による決断」がエモーショナルに描かれるのだが、それが現実の深刻な問題とのハレーションを起こしがちなのだ。その決断に迎合できないからこそ批判的になってしまう方が多いのだろうし、今回は誰の目にも明らかなほどのツッコミどころとして表出してしまったのではないか。

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これは、細田守監督の今後の課題でもあると思う。例えば、新海誠監督の『天気の子』(19)も「ファンタジーをもって現実の問題を描く(思春期の少年少女の心に寄り添う)」内容であり、児童相談所の職員も登場する。何より、終盤には主人公が「助けたい人」のために全力で向かうというシーンがあり、それは社会的規範とははっきり相容れないものとして描かれていた。だからこその賛否両論も呼んでいたのだが、強い意思による決断(願い)を描く流れは、こちらのほうが上手くいっていたように思うのだ。もちろん細田守監督と新海誠監督は作家性が異なるし、マネをしろということではないが……。

5:どのようにネットを肯定的に描いていたか?

細田守監督は、種々のインタビューで本作を「ネットを肯定的に描いている作品」であると明言している。例えば、東洋経済オンラインの記事では以下のように、ネットが当たり前の世代になった子どもたちにエールを送っている

「インターネットが人間の自由や幸せに深く関与する時代になった今、僕らの子どもたちの世代が感じる自由や幸せというのは、20世紀生まれの人間とは変わってくるかもしれない。その中で、子どもたちには強く生きていってほしい。それが映画に僕が込めた思いです」
ー 細田守がネット世界を「肯定」し続ける端的な理由 | 東洋経済オンラインより

また、細田守監督は今のネットでは誹謗中傷がメインストリームになっているという危機感の他、『美女と野獣』における野獣の「荒々しい獣の裏側に、別の人間が隠れている」という人格描写が、ネットを使うわれわれの二重性に見事にリンクするからこそ、モチーフにしていたのだとも語っている。つまり、劇中では激しい誹謗中傷や行き過ぎた正義の執行も描かれるが、そのようなネットの世界でも、『美女と野獣』のような素敵な出会いや、誰かを救いたいという尊い願いはあるから、強く生きていってほしい。細田監督は、そう今の子どもたちに訴えたかったのだろう。

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その(『サマーウォーズ』からアップデートもされている)今のネット世代へのメッセージはとても大切なものであるし、改めて細田守の優しさに触れられることが嬉しかった。それをはっきりと提示した『竜とそばかすの姫』は現代に作られる/観られる意義がとてつもなく大きいし、この記事で挙げた批判的な要素だけで切り捨てるのはあまりにもったいない。改めて、細田守監督に「この映画を作ってくれてありがとう」と告げたい(ただ、次回からは脚本に第三者の意見を入れるなりして、誰の目にも明らかなほどのツッコミどころは解消しておいてほしい)。

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そして、今回の『竜とそばかすの姫』のラストでは、細田守監督作品では定番の「成長」を表す入道雲から「夕日」が見えていた。それは、これからも細田守監督は成長をしていくという、新たな決意だと(勝手に)受け取った。次回作も楽しみにしたい。そして、『竜とそばかすの姫』と似た題材を扱いながらも対照的な作風のアニメ映画『サイダーのように言葉が湧き上がる』も、ぜひ合わせて観てみてほしい。

(文:ヒナタカ)

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