<解説>『ちょっと思い出しただけ』×「クリープハイプ」の魅力


『ちょっと思い出しただけ』での尾崎世界観



尾崎氏は、劇中ではミュージシャン役の男として登場する。

『ちょっと思い出しただけ』は現在(2021年7月26日)から、2人が出会った6年前(2015年7月26日)を振り返っていく作品である。尾崎氏はその中でも、現在(2021年7月26日)と2人が別れてから1年後(2019年7月26日)、2人が出会った6年前(2015年7月26日)に登場する。

尾崎氏が演じるミュージシャンの男の詳細は不明だが、2人と一緒に時を遡るにつれて、彼の人生も少しずつ見えてくる。彼の人生の歩みを予想できることもまた、本作の魅力だと思う。

ここからは、謎に包まれたミュージシャンの男の6年を追いかけながら、クリープハイプの挿入歌や、尾崎氏の演技を観ていて感じたことを紹介していきたい。

登場シーン1:タクシーの乗客(2021年7月26日)


尾崎氏は現在(2021年7月26日)のシーンで、葉が運転するタクシーの乗客として登場する。

開口一番、葉に「失業とかですか?」と聞いた。

女性のタクシードライバーは珍しいため、何か訳があってこの職に就いたのだと思ったのだろう(2021年は新型コロナウイルスの感染が拡大してから1年経った年であり、その影響で失業したのか、という意味もあるかもしれないが)。

初対面の相手に「珍しいから」という安直な理由で「失業してタクシードライバーになったのか」と聞くなんて、普通なら失礼だと考えて避けるだろう。だが、尾崎氏演じるミュージシャンの男は悪びれる様子もなく質問するのだ。

その場面を観て、彼のラジオ番組での様子を思い出した。ゲストにやや突っ込んだ質問をした際も、彼は世間話をするようなテンションだったのだ。

筆者は彼のスタンスを知っていたため、尾崎氏が葉に対して「失業したのか」と突然聞いても、あまり違和感はなかった。

その後ミュージシャンの男は「本来であれば今日はライブだった」と嘆き、「チケットの払い戻しにもお金がかかるし、事務所つぶれんじゃないかな」とひとりごとのように呟く。

このことから、ミュージシャンの男は現在(2021年)、チケットが売れ、事務所に所属しているような(そしてタクシーに乗れるほどの暮らしができるような)、ミュージシャンであることがわかった。

登場シーン2:ライブハウス(2019年7月26日)


尾崎氏が再び登場するのは、現在から2年前(2人が別れてから1年後の2019年7月26日)の、ライブハウスの場面である。

この頃、照生はライブの照明の仕事を請け負っていた。その日、照生が照明を担当するライブハウスでライブを行うのが、ミュージシャンの男だった。

ミュージシャンの男は、4人のメンバーとバンドを組んでいた。ここで4人が演奏していたのは、クリープハイプの「君の部屋」「さっきの話」である。

「君の部屋」はインディーズ時代の曲であり、シングル「百八円の恋」(14)に収録されている。彼女と別れたことを後悔する男の心情が込められている曲だ。

ライブで繰り返し歌っていることや、「僕の喜びの8割以上は僕の悲しみの8割以上は僕の苦しみの8割以上はやっぱりあなたで出来てた」という歌詞が10周年のツアーのタイトルのもとになっていることから、グループにとって大事な曲であることがわかる。



「さっきの話」はシングル「社会の窓」(13)に収録されている。

(恐らく)別れたカップルが久しぶりに再会し、片方にまだ未練があることを示唆している歌詞で「君の部屋」と同様にライブでよく歌われている曲だ。

映画ではバンドがこの2曲をリハで演奏している最中に、照生は照明をミスしてしまう。リハが終わると、急いでミュージシャンの男の元に謝りに行ったが「大丈夫ですよ」と、本当に気にしていないような反応を見せた。そのうえで彼は、「でも照明めっちゃよかったですよ」と照生をさりげなく励ました。

どちらも演技をしている、というより「尾崎世界観」そのものだった気がする。ミスを咎めない性格も、おそらく落ち込んでいる相手をさりげなく褒める態度も。

ここでの2人のやりとりを観ていて、あたたかい気持ちになった。

登場シーン3:アーケード商店街の路上(2015年7月26日)



葉と照生の2人が出会った6年前(2015年7月26日)、ミュージシャンの男はアーケード商店街の路上に座り込み、弾き語りをしていた。

この時に歌っていた曲は「ex.ダーリン」

「ex.ダーリン」は「死ぬまで一生愛されてると思ってたよ 初回限定盤」(12)に収録されている。失恋したが、まだ相手に未練がある彼女目線の曲だ。これまで度々ギターで弾き語りされているため、尾崎氏にとって特別な思い入れがある曲なのだと思う。

ミュージシャンの男の周りに観客は誰もいなかったが、それでも誰かに語りかけるように、大切に歌っている様子に胸を打たれた。

この場面を観たとき、ライブハウスのステージ上で歌っている姿やタクシーに乗って「事務所が」「チケットが」と話していた様子を思い出した。6年間で葉と照生の間にさまざまな変化があったように、ミュージシャンの男にも進歩があったのだ。

「ex.ダーリン」を聴きながら葉と照生は踊る。アーケード商店街という趣深い場所で「ex.ダーリン」をバックに踊る2人の光景は、幻想的で、2人だけの世界にいるようだった。

楽曲にも注目したい『ちょっと思い出しただけ』



『ちょっと思い出しただけ』は、映画が生まれた背景にドラマがある。「松居くんと作りたい」と曲を託した尾崎氏も、それに「意味があると感じた」松居監督も、お互いが信頼しあっていたからこの作品が完成したのだろう。

ミュージシャン役として登場していた尾崎世界観の様子は、演じているというより本人そのものだった。それが、観ていて心地よかった。

観る人によって視点が変わる『ちょっと思い出しただけ』。物語にも、楽曲にも注目して、大切だったあの時間を『ちょっと思い出し』ながら観たい。

(文:きどみ)

<参考>
編 株式会社キネマ旬報社(2022)『ちょっと思い出しただけ 劇場パンフレット』
原作・脚本 松居大悟 著 木俣冬 (2022)『ノベライズ ちょっと思い出しただけ』株式会社リトルモア
ボクらの時代:池松壮亮×尾崎世界観×松居大悟.フジテレビ.2022-2-13放送
東京テアトル公式チャンネル:『ちょっと思い出しただけ』ができるまで

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