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2022-02-26

映画『ライフ・ウィズ・ミュージック』の「自閉症役を、そうではない人が演じた」論争について思うこと

(C)2020 Pineapple Lasagne Productions, Inc. All Rights Reserved.

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2022年2月25日より『ライフ・ウィズ・ミュージック』が劇場公開されている。

本作は歌手のSia(シーア)の長編映画初監督作。しかも脚本・原案を手がけた上に、劇中の楽曲12曲をも書き下ろした、渾身の音楽ドラマ映画だ。だが、後述する理由で議論を呼んだ、というよりも大いにバッシングを浴びてしまった、不遇の作品でもあったのだ。

筆者個人は、本作にまつわるその論争を知ってこそ、観る意義がある作品と断言する。今後のエンターテインメントだけでなく、誰にとっても他人事ではない社会問題への提起が、作品の内外にあったからだ。その理由を解説していこう。


1:批判を浴びた理由と、名作映画の例

本作『ライフ・ウィズ・ミュージック』で何よりも問題視されたのは、劇中の自閉症の少女のミュージック役に、自閉症の症状を持たない俳優のマディ・ジーグラが起用されたこと。これが、非障害者を優先する差別​​を意味する「エイブルイズム」だとして批判を浴びたのだ。

シーアは当初、そのエイブルイズムであるという批判を否定した。しかし、今までの自身のミュージックビデオに出演してきたマディ・ジーグラーを起用したことについては、その後に「えこひいきのようなものだった」と答えている。また、初めは自閉症を持つ若い女性のキャスティングも考えていたものの、その方は撮影現場に馴染めずストレスを抱え、うまくいかなかったという経緯もシーアは語っていた。

まず、「自閉症ではない俳優が自閉症役を演じること」についてだが、これまでの名作とされる映画での、いくつかの例がある。例えば『レインマン』(88)ではダスティン・ホフマンがサヴァン症候群の中年男性を演じてアカデミー主演男優賞を受賞した。『500ページの夢の束』(17)でもダコタ・ファニングがステレオタイプではない自閉症のキャラクターを演じ賞賛を浴びていた。

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自閉症ではなく知的障害ではあるが、『ギルバート・グレイプ』(93)のレオナルド・ディカプリオ、『フォレスト・ガンプ/一期一会』(94)のトム・ハンクス、『アイ・アム・サム』(01)のショーン・ペンなどが記憶に強く残っている方もいるだろう。

一方で、『スペシャルズ! 政府が潰そうとした自閉症ケア施設を守った男たちの実話』(19)のように、本物の自閉症の若者や介護者、その家族が多くキャスティングされたフランス映画もある。こちらでは、監督の2人はパリのすべての団体を調査し、その中で自閉症を抱えた人たちのアートグループを見つけ、そこで役を依頼するというキャスティングの手順を踏んでおり、撮影時にスタッフたちは俳優たちが自閉症を持つがゆえのトラブルにも柔軟に対応していたのだそうだ。



「これまで多数の名作とされる映画でも、自閉症や障害を持つ役を、そうではない名優が演じてきていたのに、バッシングを受けたことはほとんどない。『ライフ・ウィズ・ミュージック』だけが、これほどまでの批判を浴びるのはおかしいではないか」というのも正当な意見だ。

だが、映画に限らず、障害を持つ方が適した仕事に就けないというのは社会的な問題である。そして、「障害を持たない人のほうがトラブルが少ないから」という理由で非障害者ばかりが優先されることも、確かにエイブルイズムにつながりかねない。また、障害を持つ方が働きやすい環境の整備こそが必要なのではないか、とも思える。『スペシャルズ! 』のように、実際に自閉症を持つ方が演じてこそのリアリティや意義を感じる作品も世に出てきているので、今はその方向性を目指していくべきなのかもしれない。

こうして、一概に黒か白か断言できない、また障害や自閉症者に対する考え方も人によって大きく異なるからこそ、『ライフ・ウィズ・ミュージック』の問題は論争を呼んでいたのだろう。

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