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2022年07月19日

【解説】『映画 バクテン!!』語り継ぎたい青春作品の大傑作

【解説】『映画 バクテン!!』語り継ぎたい青春作品の大傑作



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私はこの夏、とっておきの青春をおくれた。
『映画 バクテン!!』で。

※本記事は映画『バクテン!!』の内容に深く触れているため、鑑賞後の閲覧をおすすめいたします。

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「居場所づくり」を通してキャラの成長を描く



『映画 バクテン!!』が描きたかった大きなテーマは、「居場所づくり」ではないかと思う。なかでも特に、主人公の双葉翔太郎と新キャプテンとなる2年生の亘理光太郎が、この「居場所づくり」の答えを出すために悩み、もがき、乗り越える姿がとても印象的だった。

そもそも彼らが所属するアオ高こと私立蒼秀館高等学校の男子新体操部は、七ヶ浜政宗、築館敬助、女川ながよしの現3年生が1年生の時に、監督の志田周作と一緒にイチから立ち上げた場所だ。1年後に亘理が加入し、ようやく団体競技の出場資格を獲得。そしてその1年後に、翔太郎とその同級生で圧倒的な新体操技術を持つ美里良夜が入部し、ようやく他の競合校と渡り合える6人での演技ができるようになった。



念願の6人での演技。TVアニメではインターハイ出場を目標にしつつも、6人で跳べることを全力で楽しむ彼らが描かれていた。そして映画では切符を手に入れたインターハイでの演技が観られる……はずだった。

倒立を失敗し、ホワイトアウトしていく亘理。そして入道雲と青空のコントラストがあんなにも眩しかった季節が、あっという間に稲刈りすら終わったセピアな風景へと変わる場面切り替え。勝負の世界の残酷さをこうも美しく描けるのかと、つらくも感嘆のため息が出るほど、アオ高のインターハイ出場はあっけなく幕を閉じた。



彼らはインターハイの魔物に飲まれたのだろう。いつのまにか「勝ち」に捉われすぎてしまい、本来の彼ららしい「6人で跳ぶ」演技ができないまま、3年生は引退を、1~2年生は新体制を迎えることとなった。そこに追い打ちをかけるように、ファンすらも想像していなかった“まさか”の出来事が起こる。男子新体操を広めるという新たな夢を叶えるために、志田監督もアオ高を去ることとなったのだ。



負け方に納得してないうえ、アオ高男子新体操オリジナルメンバーがいなくなる新体制。こんな状況で心から祝福を送ろう、不安を感じるなというのは難しい話だろう。ただそこをグッとこらえるメンバーがほとんどだった。

そんな中、翔太郎だけが本音を包み隠さず言葉にする。彼は3年生の引退後、美里とふたりで話すなかで「(アオ高は自分にとって)やっとできた居場所なのに」と言葉をもらしている。加えて志田監督の新たな夢を聞いたときも、自分たちを置いていくのかと涙を浮かべていた。

翔太郎がこう思うのには理由がある。彼は男子新体操に出会う前まで、熱中できることをなかなか見つけられずにいた。だからこそやりたい、楽しいと思えたアオ高での男子新体操が大きく形を変えることに心が追いつかなかったのだろう。



ただこれらのセリフから分かるのは、翔太郎はまだどこか「居場所を与えられる側」から抜け出せていないということ。3年生と志田監督がアオ高新体操部をイチから立ち上げたことを知っているにもかかわらずだ。

そんな彼が「居場所を作る側」へと変わっていくきっかけとなったのは、地域のスポーツイベントへの出演打診だった。たまたま自分たちの演技を観てバク転をしてみたいという子どもがいることを知った彼は、美里とともにこの依頼を引き受ける。そしてもう一度6人で完全燃焼したいと、引退した3人をも巻き込んでいく。



この動きにひとりだけ後れをとっていたのが亘理だ。実は翔太郎と美里が引き受けたイベントへの出演は、亘理が一度断っている。その理由は、3人ではアオ高として納得いく演技ができないというものだった。しかしその真の理由は、怖かったからではないかと思う。

亘理はインターハイでのミスを引きずったまま、キャプテンとしてスタートを切っている。自分が引っ張っていく立場になった自覚はあるものの、どうしても引け目を感じていたのではないだろうか。今の自分の力ではアオ高の評判を落としかねないと、自信を失っていたと考えられる。

そんな守りに入っていた自分を、翔太郎と美里の1年生コンビが軽々と越えていったのだ。さらに練習がはじまると、元キャプテンの七ヶ浜のリーダーシップに圧倒される。部での自分の存在価値がますます信じられなくなっていったのだろう。それを象徴するのが、体育館のラインのシーン。亘理は練習に励む5人を、線の外から眺めていた。

ただ実は、亘理ほど冷静にアオ高男子新体操部の今を分析できている人物はいないと思う。イベント出演は志田監督への感謝を伝えるサプライズ企画となったため、完全燃焼しようにも俯瞰的に演技を見てもらえないという課題を抱えていた。彼はきちんとアドバイスをもらう必要性に気づいていた。



ただその場では自信のなさから、意見を飲み込んでしまう。挙句の果てに美里からは、キャプテンを辞めてもらってもいいとまで言われてしまったのだ。しかしその翌日、亘理は行動を起こす。青森のライバル校・シロ高こと私立白鳴大学附属高等学校に単身乗り込み、演技のクオリティをあげるため協力してほしいと頭を下げたのだ。

今のアオ高に不足している部分を冷静に見ることができる。そしてその解決のために行動できる。こんなにもキャプテンにふさわしい人物がいるだろうかと思わされた。

アオ高の3年生が、新体制のチームはもっと高く跳べると語るシーンがある。ここに強く同意できたのはきっと、翔太郎や亘理が「この大切な居場所をどうしていきたいのか」を真剣に考え、行動に移す過程が丁寧に描かれたからだろう。

深く根付いていく「居場所」も



作り磨くものとしてだけでなく、深く根付いていくものとしての居場所が描かれたのも、『映画 バクテン!!』の特徴だったといえる。その象徴的存在が美里だ。彼は男子新体操が大好きであるにもかかわらず、叔母に迷惑をかけるからと大学に進学して競技を続けることは考えていない。

そんな美里の考えが変わるきっかけとなったのが、3年生の進路選択だ。物語の当初では七ヶ浜も築館も女川も、高校で競技を引退するつもりだった。しかしイベント出演に向けて練習を重ねるなかで、男子新体操への愛を再確認できたのだろう。3人とも男子新体操が続けられる大学への進学を決めたのだ。特に築館は、実家の神社を継ぐために必要な資格が取得できない大学への進学となったと思われる。「今しかできないことをやるべきだ」という父親の助言で、男子新体操を続ける道を選んでいた。

その時の自分の意志を尊重する進路選びがあることを知った美里は、目を輝かせながら先輩たちの報告を聞いていた。そんな美里を見た女川は、「(大学で)待ってるぞ」と彼に声をかける。その一言は、美里の「人に頼らず生きていかなければ」という強すぎる責任感を、どれだけ溶かしただろうか。



大切な人を慮る優しさに溢れた美里はアオ高で、自分も大切にする優しさがあることも知った。その影響を強く感じたのが、エンドロール後の真のラストシーン。映画のティザービジュアルで描かれた集合写真が、美里の「みんなで写真を撮りませんか」の一声で撮られたと判明する。男子新体操の演技以外で、あまり自分の感情を表に出してこなかった彼が、少し顔を赤らめながら自分のやりたいことを主張したこのシーンに、「今の自分の気持ちを尊重する」という美里の成長が感じられるのだ。

おそらく美里は、先輩たちから受け継いだ「自分の気持ちも大切に生きる」ことを、自分の中ではもちろん、新たにできるであろう後輩たちにもアオ高の伝統として深く根付かせていくに違いない。

「男子新体操」だからこそ描けた濃密な青春



「プロもない」
「オリンピックもない」

『映画 バクテン!!』を観た人はきっと、このセリフを記憶しているだろう。

男子新体操は、最初から期限が決まっているスポーツだ。劇中で出てきたセリフの通りプロリーグはないため、選手たちはどんなに競技を続けたくても半強制的に大学卒業とともに引退することとなる。しかも、そもそも競技人口が2,000人に満たないスポーツのため、身近にできるところがない、少ない、あっても設備が十分に整っていないなどの課題もある。

競技に出会えるのも貴重。しかもその競技人生はラストが決まっている。けっしてそんなことはないと理解しつつも、「人生における青春の一瞬」を描くためのスポーツではないかとすら思えてくる



その一方で、青春がずっと続いていく可能性を魅せてくれたのも『映画 バクテン!!』だった。男子新体操に魅入られた人たちが、居場所を作り育て、受け継いでいく。そして新たな世代がその場所をさらに磨きあげていく。そこで築きあげた絆は、未来の選択肢がないからといってそう簡単になくなるものではなく、競技を続けた先の道すら開拓していく力となる。

青春の瞬発力だけでなく、続き、つながっていく側面も描いた『映画 バクテン!!』。男子新体操という馴染みのないスポーツが題材ではあるが、過去の自分にも今の自分にも通ずる熱さが感じられるはずだ。

(文:クリス菜緒)

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