Netflix「ウェンズデー」結論から書く。可愛すぎて殺されそうになった。続編の制作を100%支持する
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見るからに高級な布地で誂えられた美しいドレープのスカートをゆらゆらとさせながら、糸に吊られた操り人形のような垂直姿勢で学園内を闊歩し、口を開けばまるでアンブローズ・ビアスのごとく切れ味鋭い皮肉が飛び出す生粋のフリークス。
水曜日生まれの悲哀を一身に背負い、毒蛇の鱗のように艷やかな黒髪を三編みにした少女は額こそ顕にしていないものの、紛れもなくアダムス一家の長女、ウェンズデー・アダムスである。
Netflixシリーズ「ウェンズデー」11月23日(水)より独占配信中
筆者は子供の頃にウェンズデー、正確には若きクリスティーナ・リッチのおかげで性癖をこじらせてしまった者として「ウェンズデー」の配信を心待ちにしながらも「だ、駄作だったらどうしよう……」と、ティースプーン一杯くらいの不安を抱えていた……のだが、もう、開始5秒で5億点です。ああ可愛い。このキュートさは一体どこから来るのだろうか。
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名探偵ウェンズデー爆誕
「ああ可愛いウェンズデー可愛い」とだけ書いて入稿したら開始数分で退学になるウェンズデーよろしく本メディアから追放されてしまいそうなので、未だご覧になっていない方のために一応話の筋をなぞる。ウェンズデーならこんなことしないだろうが、何かを書いてお金をもらうためには多少の社会性が必要なのである。必要なんじゃないかな。
本作は学園×探偵といった顔付きで、ウェンズデーは邪悪な素行からいくつもの学校を退学になっている。その結果、父ゴメズと母モーティシアが卒業した変人たちが集まるネヴァーモア学園に満を持して放り込まれる。
Netflixシリーズ「ウェンズデー」11月23日(水)より独占配信中
学園にはゲームではなく正しい意味での人狼に数十年留年している吸血鬼、歌声で対象を従わせるセイレーンに頭は弱いが能力的には強めのゴルゴンなどが集められ、地域の人々からは「のけもの」と呼ばれ忌み嫌われている。学園サイドが団結して能力を使えば街の人々なぞ一夜で全滅させられそうなのだが、表向きの交流などは行われ、平和は保たれているようだ。
平和ではあるが変人多めの街で、猟奇連続殺人が起こる。ウェンズデーは事件の真相を解き明かすために行動を起こす。捜査が進むに連れ自身の父母や先祖の過去が明らかになったり、学園や街の人々との触れ合いにより、少しずつ成長したりしていく過程も見どころだ。
え、ウェンズデーって成長するんすか?
Netflixシリーズ「ウェンズデー」11月23日(水)より独占配信中ウェンズデーの成長は、本作が持つ構造的な弱点でありつつも、画期的な点でもある。まず漫画およびTVシリーズではなく、映画版のウェンズデーというかクリスティーナ・リッチ至上主義者の方は「成長したウェンズデーではなく、あの頃のままのウェンズデーが活躍する姿が観たかった」と贅沢な煩悶を味わうだろう。
だが「あの頃のまま」のウェンズデーはかつて彼女に恋い焦がれた者の脳内にしか存在しない。片思いの相手の性格や心情や行動などを勝手に想像してしまい、後から衝撃的な事実を知らされ幻滅した。なんてのは恋愛ではよくあることで、本作はクリスティーナ・ウェンズデー・リッチを愛して止まない者に「少女は大人になるのだ」という事実を突きつけ絶望させてくれると書くと、これはもう、ウェンズデーからのご褒美ではないのか。
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要は「ウェンズデーが好きなのではなく、俺の好きなウェンズデーが好き」という「映画が好きなのではなく、俺の好きな映画が好き」みたいな面倒くさい人々をフルーレで串刺しにするような内容になっているので、彼女の成長を許せない人はストレスフルな視聴になるかもしれない。だが、「拷問かと思う」ほどの視聴経験は、これはもう、ウェンズデーからのご褒美でしょうよ。
Netflixシリーズ「ウェンズデー」11月23日(水)より独占配信中
彼女が成長していく様はかなりストレートな成長譚で、一般常識とはかけ離れすぎたアダムス家から離れ、それなりに社交性のある学園の面々や街の人々と触れ合ううちに、成長(というか、市井の常識をインストール)していく。
クセになってんだ 音殺して動くの
本作は学園ものなので、『ハリー・ポッター』シリーズがよく引き合いに出されている。確かにその通りだが、筆者はなぜかゾルディック家の三男を想起した。
正直自分でも「もうちょっと納得のいく類型はあるだろ」と思うが、ゾルディック家の中でもずば抜けた才能があり、子供の頃から家庭の事情で拷問を受け続けてきた三男の名パンチライン「クセになってんだ 音殺して動くの」が頭から離れなくて困っている。
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ゾルディック家の三男坊もウェンズデーと同じく、稼業が暗殺という特殊な環境で育っており、パドキア共和国デントラ地区ククルーマウンテンから外に出て、くじら島出身の二ツ星ハンターの倅と出会い厨二病の寛解もとい社会性を獲得していく……と書いたが、どちらかといえばくじら島の小倅のほうが社会性がないことに気付いてしまった。
よくよく考えれば三男は意外にも常識人なのだ。特殊な家庭環境と山っぽい場所が実家で、幼少期から拷問と縁があり、ときたま「動かないでねオレの指ナイフより切れるから」みたいに厨二病的な言動がある点ではウェンズデーに似ているといえなくもない。
クリスティーナ・リッチとジェナ・オルテガは似ている?
……それほど似ていない。本作に「俺の知ってるクリスティーナ・リッチじゃない」と陰性反応を起こす人もいるだろうし「めっちゃかわいーい」と陽性反応を起こす方もいるだろうし、最後まで本作にクリスティーナ・リッチが出演していることに気付かない人もいるかもしれない。
しかし、これは初代ゴジラファンが『シン・ゴジラ』を観て「こんなもんはゴジラじゃない」と言っているようなもんで、先述した「ゴジラが好きなのではなく、俺の好きなゴジラが好き」という一方的な偏愛である。
Netflixシリーズ「ウェンズデー」11月23日(水)より独占配信中
今回の視聴者で最も幸福な者は、おそらく「旧ウェンズデーもシン・ウェンズデーどちらも気に入った」人だろう。私的な見積もりだが、シン・ウェンズデーのジェナ・オルテガは幼い頃のクリスティーナ・リッチに匹敵する魅力と実力を十分過ぎるほど所持していると査定しても矢は飛んでこないはずだ。
上記は視聴後の心情だが、ウェンズデーのように独白すると視聴前は「クリスティーナ・ウェンズデー・リッチを超えることなどできない」と思っていた。
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だが別に、よくよく考えたら超える必要などどこにもない。旧ウェンズデーもシン・ウェンズデーもどちらも素晴らしく魅力的だ。クリスティーナ・リッチが深津絵里だとすれば、ジェナ・オルテガは大塚寧々みたいなもので、つまりどちらも最高である。
ひとりぼっちがいい。でも他人が介在する人生もそう悪くない
Netflixシリーズ「ウェンズデー」11月23日(水)より独占配信中繰り返すが「ウェンズデー」はストレートな成長譚で、友達作らない派のウェンズデーは周囲との触れ合いのなかで少しずつ社会性を獲得していく。
だが、彼女のマンドラゴラのような根っこの部分はなにひとつ変わらない。人間も人狼も吸血鬼もセイレーンもゴルゴンも魔女の末裔とて、社会に迎合したり意見を修正したりと抑圧を強制される。当然だが人は抑圧されるだけでなく、抑圧する側にもまわる。
我々視聴者とて意識的・無意識的にかかわらず「ウェンズデーは無口なのになんであんなに喋りまくるんだ」とか「ウェンズデーはぁぁあっぁあぁぁ!!!!!恋愛とか!!!!!!しないんです!!!!!ついでに屁もこきません!!!!!!」みたいについ抑圧してしまう。
人気作品のスピンオフならば毎度の出来事だ。一言言いたくなる気分もわかる。けれど、彼女が成長する権利を剥奪するのはフィクションだとしても許されるのか。そろそろ呪いをかけるのはやめたほうがよい。
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彼女は「のけもの」である「のけもの」から「のけもの」にされようが意に介さず状況を楽しむ。現代対応だからして多様性というテーマも含有されている中「みんな違ってみんな良い」みたいな駄菓子のようなメッセージではなく、人と違う生き方をするには、それなりの覚悟がいるし、覚悟して結果を出すからこそ周囲に認めさせることができる。
そして何ら行動を起こさずに「私のことを解ってください、知ってください」ではイタい奴のままであると比較的厳しい現実を提示してみせるのは、さてはウェンズデーからのご褒美ではなかろうか。
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自由を獲得するための変人の孤独な闘争は、ティム・バートンが描き続けているテーマのひとつで、本作にもウェンズデーを依り代として丁寧に表現されている。ところどころウェンズデーに優しい話になっているような気もするが、さては彼からのプレゼントではなかろうか。
「ウェンズデー」は小難しくなく、彼女と同じくらい、あるいはもう少し年下でもわかりやすく、楽しいドラマだ。自分は孤独で、人とはちょっと違うと感じている若い人にこそ観て欲しい。きっと勇気をもらえるか、あるいは厨二病が悪化すると思う。
Netflixシリーズ「ウェンズデー」11月23日(水)より独占配信中
ウェンズデー・アダムスは孤独が好きだけれども、他人が介在する人生もそう悪くないと気付く。彼女は成長して「変わる」が、変わった後に残ったものこそ本物で、そこにはウェンズデーが確かに直立している。
変わったほうがよいこと、変わらないほうがよいこと、残るべきもののジャッジを真摯に果たしたティム・バートンは大いに称賛されるべきだろう。続編の制作を100%支持する。
(文:加藤 広大)
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