映画コラム
『モリコーネ 映画が恋した音楽家』公開! 天才マエストロが遺した名作“5選”
『モリコーネ 映画が恋した音楽家』公開! 天才マエストロが遺した名作“5選”
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映画を支える縁の下の力持ちでありながら、これまであまりスポットライトを浴びることのなかった“映画音楽”。しかし近年は徐々にその存在が注目されるようになり、2017年に劇伴に特化したドキュメンタリー『すばらしき映画音楽たち』が公開されたことも記憶に新しい。
現代の映画音楽界を牽引し続ける作曲家といえば、ジョン・ウィリアムズやその下の世代のハンス・ジマー、ダニー・エルフマン、トーマス・ニューマンといった大御所の名前が挙げられる。そして忘れてはならないのが、数々の名作を手掛け2020年に惜しまれつつ逝去した巨匠エンニオ・モリコーネの存在だろう。
そんなモリコーネの生前の姿をたっぷりと収めた貴重なドキュメンタリー映画が『モリコーネ 映画が恋した音楽家』(1月13日より全国順次ロードショー)。今回は本作の魅力を解説するとともに、筆者がおススメするモリコーネの代表作5タイトルを紹介したい。
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上映時間157分でも足りないリッチな構成
上映時間157分にもおよぶ本作の監督を務めたのは、『ニュー・シネマ・パラダイス』から『ある天文学者の恋文』までモリコーネとコンビを組み続けたジュゼッペ・トルナトーレ。天才マエストロのありのままの姿を捉えることができたのは、モリコーネの弟子であり親友でもあるトルナトーレ監督だからこそといえるだろう。(「ジュゼッペ以外はダメだ」とモリコーネ直々の指名だったそう)
本作ではモリコーネへの密着取材や、親交のあった著名人70名以上にインタビューを敢行。期せずしてモリコーネの晩年を収めたドキュメンタリーとなってしまったが、本人の言葉や数々の証言、傑作の名場面、さらにはワールドコンサートツアーの演奏シーンまでたっぷり収められている。
ドキュメンタリー映画として構成が突出しているわけではない。しかし——あらかじめ断言しておこう。たとえ上映時間157分でも、誰もが「足りない」と鑑賞後に感じるはずだと。それくらい本作はドキュメントとして贅沢すぎる作品なのだ。
ジュゼッペ・トルナトーレが捉えたありのままの姿
本作は時系列にモリコーネの人生と作品群を振り返っており、映画史に残る名作やターニングポイントとなった作品にフォーカスしている。もちろん名シーンとともに流れる音楽こそ主役であり、次々と耳に飛び込んでくる楽曲はどれも聴き覚えのあるものばかりだ。
157分もあってまったく飽きさせない理由のひとつに、劇中で流れる1曲1曲それぞれの表情が異なっている点が挙げられる。モリコーネが手掛けた映画・テレビ作品の音楽は500作品以上。本作では代表作に絞られているとはいえ、同じ曲に聴こえるものがないのは驚異としか言いようがない。
一方でモリコーネ本人の口から飛び出す言葉は驚きに満ちており、その一端が“映画音楽との決別”をめぐるエピソードだ。これまで明かされることのなかったプライベートにも踏み込むことで垣間見えてくる、モリコーネの偽らざる本音。映画音楽に対するスタンスや自身に向ける厳しい眼差しがあってこそ、葛藤を繰り返しながらも常に“答え”にたどり着くことができたのだろう。
そんな楽曲の数々や作品に対するモリコーネのアプローチに触れて、自然と頭に浮かび上がるのは「天才」の2文字。間違いなく後世に語り継がれるであろう芸術家の姿を本作は記録しており、モリコーネという天才マエストロの人生そのものを捉えたマスターピースとも呼べる。
総勢70名以上もの「証言」
モリコーネを客観的に知る上で、本作に登場する著名人の言葉はいずれも興味深いものばかり。その内容もさることながら、モリコーネとその音楽について語る人物たちの豪華な顔ぶれも大きな魅力だ。その一例をざっと挙げたい。
- クエンティン・タランティーノ
- セルジオ・レオーネ
- ダリオ・アルジェント
- クリント・イーストウッド
- ウォン・カーウァイ
- オリバー・ストーン
- ジョン・ウィリアムズ
- ハンス・ジマー
- ブルース・スプリングスティーン
- クインシー・ジョーンズ
- アレッサンドロ・アレッサンドローニ
これほどのメンツが揃ったドキュメント作品がこれまであっただろうか。モリコーネとともに作品をつくり上げた名監督たちはもちろん、モリコーネと同世代でもあるジョン・ウィリアムズのインタビューショットも貴重。次代を担うハンス・ジマーがモリコーネから受けた影響も計り知れない。
惜しみなく贈られる賛辞から浮き上がるモリコーネの才能と人柄。また長い間評価されることのなかったアカデミー賞のステージに立った際、会場中から敬意の眼差しを一身に浴びる姿に思わず涙腺を刺激されてしまう。
これまであまり知られていなかったモリコーネの素顔を知るためにも、モリコーネ本人の言葉や数々の証言にじっくり耳を傾けてほしい。
巨匠が生み出した名曲:『荒野の用心棒』
ここからは、エンニオ・モリコーネのディスコグラフィを語る上で欠かせない名曲をピックアップ。
まずはモリコーネの知名度を押し上げた1964年の『荒野の用心棒』から。監督はモリコーネの小学校の同級生であり、のちに映画界を代表するコンビとなったセルジオ・レオーネ。黒澤明監督の『用心棒』をイメージしたイタリア製の西部劇であり、若きクリント・イーストウッドが主演を務めた。
本作は「マカロニ・ウエスタン」ブームを巻き起こした作品であり、その一翼を担ったのがモリコーネの音楽であることは疑いようがない。もちろん『モリコーネ 映画が恋した音楽家』でもたっぷり言及されており、イーストウッドはモリコーネの音楽について「独創的」「当時あれほどオペラ的な西部劇の曲はなかった」と印象を語っている。
とりわけ有名なのが「さすらいの口笛」と題されたテーマ曲。その名のとおり映画音楽ではほとんど使われることのなかった口笛をフィーチャーし、ギターや金鐘の音などを重ねることで荒涼とした大地をゆくガンマンの姿をイメージさせた。
たとえ作品を観たことはなくても、一度聴けば誰もが「マカロニ・ウエスタンの曲だ」と判別できるわかりやすさ。何十年経ってもそのメロディは色褪せず、現代にすんなり馴染むほど鮮烈だ。
巨匠が生み出した名曲:『遊星からの物体X』
ドキュメント内で触れられていない作品としては、SFホラー映画の金字塔『遊星からの物体X』を推したい。鬼才ジョン・カーペンター監督が手掛けた本作は、南極基地に侵入した未知の脅威がグロテスクなSFX技術を駆使して描かれている。
正体を露わにした“それ”は生理的嫌悪感すら催させる造形だが、人間に擬態している間は誰が“それ“に乗っ取られているのか表面上はまったく判別できない。カート・ラッセルをはじめとした調査隊員たちが抱える疑心暗鬼を観客も共有することになるという、ショック描写も含めて精神衛生になんともよろしくない作品だ。
そんな本作の得体の知れない不気味さを、モリコーネの音楽はこれでもかと助長する。天才マエストロのディスコグラフィを見渡してみても明らかに異色作ではあるが、名匠ジェリー・ゴールドスミスが『オーメン』や『エイリアン』を手掛けたことを考えれば「意外」という人選ではないのかもしれない。
特におススメしたい曲が、オープニングでノルウェー調査隊がハスキーを追うシーンで流れる劇伴(サウンドトラックの「Humanity - Pt.2」に当たる)。低く太い弦による一定のリズムとシンプルなメロディが反復する構成ながら、想像を絶する災厄を予感させる効果としては十分すぎるほど。モリコーネという才能の深淵を覗き見た気分にもなる。
巨匠が生み出した名曲:『アンタッチャブル』
『キャリー』や『スカーフェイス』などで既に名声を手にしていたブライアン・デ・パルマ監督の『アンタッチャブル』は、禁酒法が施行されたシカゴを舞台にしたクライム・サスペンス。ケビン・コスナーを主演に起用した本作にはショーン・コネリー、アンディ・ガルシア、そしてアル・カポネ役のロバート・デ・ニーロらが名を連ねた。
警察チームと犯罪組織の対立がスリリングに描かれ、報復に次ぐ報復によって多くの血が流れる展開はまさにデ・パルマの腕の見せどころ。老刑事役のコネリーがアカデミー助演男優賞を獲得するなど、役者陣の熱演にも惹きつけられる。
モリコーネの音楽としては、スネアドラムや打弦によるリズムが印象的な「正義の力(メインタイトル)」が有名。弾むようなリズムで緊張感と高揚感を同時に煽る、まさにサスペンス映画の手本ともいうべき音楽だろう。
他にも某メインキャラが命を落とす場面の哀愁感漂う楽曲「死のテーマ」、乳母車の“階段落ち”シーンでオルゴールの音色と不穏なメロディが融合を見せる「マシーン・ガン・ララバイ」など本作は見どころ・聴きどころが多い。
巨匠が生み出した名曲:『ニュー・シネマ・パラダイス』
これほど優しい映画音楽が他にあるだろうか。モリコーネが音楽を手掛けた代表作のひとつ『ニュー・シネマ・パラダイス』は公開から35年の時を経てもなお色褪せることはなく、多くの人々の胸に残る名作中の名作だ。
ドキュメントを監督したジュゼッペ・トルナトーレとモリコーネの記念すべき初タッグ作品だが、室内楽に戻っていたモリコーネが一度は作曲を断っていたというのだから驚かされる。とはいえ脚本を読んで心を動かされたモリコーネが翻意。トルナトーレはモリコーネの人柄について、ドキュメントの中で「新人の私を対等に扱ってくれた」と語っている。
本作については「この曲がおススメ!」と素直に書けない。なぜなら本編に流れる音楽すべてが名曲だから。なんなら筆者は映像を見なくても、ピアノとクラリネットの主旋律が美しい「Cinema Paradiso(Main Theme)」を聴いただけで泣けてくる。
映画音楽史に残る「Love Theme」も、アルフレードが遺したフィルムを大人になったトトが目にするクライマックスに使用されて感情が大爆発。ここぞという場面でオーケストラの魅力を最大限に引き出す采配は、モリコーネのキャリアにおけるひとつの到達点ではないだろうか。
巨匠が生み出した名曲:『ヘイトフル・エイト』
長年サントラ好きをしていると、映画鑑賞中に「アカデミー作曲賞を獲れるのでは」と感じる瞬間が稀にある。実際に獲得まで至ったのが本作だ。名誉賞を授けられてはいたものの、本戦でことごとくノミネート止まりで終わっていた天才マエストロ。とうとうオスカー像をもたらしたクエンティン・タランティーノ監督には、イチ映画音楽ファンとして感謝しかない。
そもそもタランティーノは熱心なモリコーネファンとして有名だった。自身の監督作にモリコーネの既存曲を使用し、実現には至らなかったものの『イングロリアス・バスターズ』では作曲をオファーしている。
一方モリコーネは既存曲を使用するタランティーノのスタイルに懐疑的で、学生とのディスカッション中に批判したことも。そんな経緯があっただけに、タランティーノの念願が叶った初コラボレーションは「ついに」と同時に「意外」とも感じられた。
モリコーネの独創性は「L’Ultima Diligenza di Red Rock」から存分に発揮されている。西部劇音楽のようで、はっきりとそうは感じさせない重低音重視の不気味な曲調。雪に閉ざされた舞台
、招かれざる客、疑心暗鬼、そしてカート・ラッセル……。それだけの駒が揃い、ふと「これは西部劇版『遊星からの物体X』だ!」と気づかされるのだ。
まとめ
天才マエストロが生み出した名曲を数え上げようとすればキリがない。それだけ映画に対する貢献度が極めて高く、モリコーネを失った映画・映画音楽界の損失はあまりにも大きい。
それでもモリコーネが遺した楽曲の数々は、この先いつまでも残り続ける。『モリコーネ 映画が恋した音楽家』と彼の音楽を通して、天才の偉業にぜひ触れてみてほしい。
(文:葦見川和哉)
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