『そして僕は途方に暮れる』は藤ヶ谷太輔が熱演するダメ人間版『すずめの戸締まり』だった!
巧みに構築された物語と、藤ヶ谷太輔の凄まじい名演技
本作の究極的な面白さは、ダメでクズな主人公に藤ヶ谷太輔というその人の魅力があってこそのチャーミングさや「放っておけなさ」が備わっていること、最終的には彼にも目いっぱい感情移入をさせてくれるように物語が巧みに構築されていることの2点に集約されると言っていい。冒頭にも掲げた通り、藤ヶ谷太輔はKis-My-Ft2というアイドルグループの一員であり、もちろん端正な顔立ちをしている好青年のはずなのに、劇中の些細な言動、はたまた「何もわかっていない」様、全身からみなぎる隠キャなオーラなどから「あっこいつダメだ」と思わせるのは相当なもの。本当にこういう人なのかもと思ってしまうほどだった(失礼)。
それでも、どうしても彼を心の底から憎めないのは、本質的には「悪人ではない」人柄が藤ヶ谷太輔から滲み出ていることと、物語が進むたびに、ほんの少しだけでも前の行いを反省する様子があったり、はたまた本気で怒られたりひどい目に遭ってヘコんだりする感情が伝わってくるからだ。
そして彼は坂道を転がり落ちるように、最終的には「人間をやめるか否か」の領域まで行き着く。その様がエクストリームなエンターテインメントとしてとてつもなく面白く観られるし、それでも主人公の表情からは「何かを諦めていない」意志も少なからず見える。
そして、詳しいシチュエーションはネタバレになるので控えるが、本編の終盤で、藤ヶ谷太輔は誰もが脳裏の裏の裏まで刻まれるであろう、凄まじい名演技を見せることになる。それは、演じている本人のメンタルを確実に削るほどのもので心配もしてしまうし、これまで情けないを通り越してどうしようもない主人公を観てきたからこその感動もあった。
事実、藤ヶ谷太輔は「現場では、時間もそうですが、精神的にも体力的にも、今までにないくらい追い込まれたので、そういうことも、僕が演じた(主人公の)裕一と重なって描かれていればいいなぁと思います」と語っており、三浦大輔監督から「本当に自分自身も追い込まれているところが、ちゃんと映像に出ているから安心して」と返されたという。本編で「あそこまで追い込まれた主人公」は、それを演じた俳優としての藤ヶ谷太輔に重なっているのだ。
それでいて、主人公を急激に成長させたり、急に良いヤツにしたりもしない。そこに至るまでに、彼が「こうなる」までの伏線は丹念に積み上げられている。その計算し尽くされた作劇に、藤ヶ谷太輔による最上級の演技が加わることで、他のどんな映画でも味わったことのない、言語化がそもそもできないような衝撃の映画体験をすることができるのだ。
脇を固める豪華キャストも完璧(推しはバカな後輩役の野村周平)
本作は脇を固める豪華キャストも完璧だ。主人公と5年間同棲していた彼女役の前田敦子は「甘い対応をしているようで実は不満を溜めに溜めている」心理を見事に表現しているし、親友役の中尾明慶はいつもは朗らかで親しみやすいがキレる時はキレるという役柄を完璧にこなしている(この2人は舞台版から続投しているキャストでもある)。さらには、わりとテキトーなバイト先の先輩役に毎熊克哉、キッツい(だが至極真っ当な)物言いがハマる姉役に香里奈、主人公と渡りあうクズぶりを見せる父役に豊川悦司、まともなようで闇が深い母役に原田美枝子というキャスティング。舞台版とは異なる配役ながら、それぞれの俳優が得意とする役柄にピタリと一致していた。
その豪華キャストの中でも、個人的な推しは後輩を演じる野村周平である。彼はクズでダメ人間の主人公の言葉に「マジっすか!」「すげぇっすね!」などと何でも驚き感心して肯定する、めちゃくちゃバカな子である。逆に言えば劇中ではもっとも純粋無垢な性格でもあり、基本的に良い意味でひどい出来事しか起きない本編の中では、最高の萌えキャラ&癒しの存在となっていた。
とんでもないクライマックスとラストの展開を見逃すな!
ここまで書いてきたが、やっと『そして僕は途方に暮れる』の最大の魅力に到達できた。それはクライマックスおよび、ラストの展開である。もちろん詳細はネタバレになるのでいっさい明かせないし、どういう気持ちになったかもここでは書かないでおく。だが、そこに至るまでにも伏線が巧みに積み上げられており、決して気をてらったものではない、それもまた「こうなる」ことに必然性がありすぎるということは告げておこう。
そして、本作はぜひ「映画館で」観ることを何よりもおすすめしたい。なぜなら、劇中には「映画」という娯楽であり芸術に対しての、とある共感がしやすく、また同時にやはり反感も買うかもしれない、挑戦的なメッセージが掲げられているからだ。映画を観慣れている人であれば、よりそのメッセージを「くらって」しまうだろうし、演出的にも映画館で観るとより臨場感のある「仕掛け」も施されている。
ともかく、とんでもない日本映画が現れた。三浦大輔監督は『愛の渦』『何者』『娼年』と人間の暗黒サイドを見せる映画が全部面白い!と思っていたらここにきてぶっちぎり最高傑作が誕生した。クズの生態を観察するブラックコメディかと思いきや、それから想像できる斜め上を突き抜けまくる衝撃を、ぜひスクリーンで見届けてほしい。
(文:ヒナタカ)
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