映画コラム

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2023年02月10日

『呪呪呪/死者をあやつるもの』チキチキ異能バトル“呪術廻戦”韓国版!とか言っていられない、原初のゾンビに近似した驚くべき快作

『呪呪呪/死者をあやつるもの』チキチキ異能バトル“呪術廻戦”韓国版!とか言っていられない、原初のゾンビに近似した驚くべき快作

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韓国映画とゾンビ映画には共通点がある。好きな人は観る。興味の無い人は全く観ない。そして、ちょっと気になっている人は大体観ない。

今や「梨泰院クラス」や「愛の不時着」「イカゲーム」などのドラマが世界的に視聴されたことによってヒビくらいは入ったかもしれないが、韓国(映画)の蛸壺が割れるには至っていない。

これが“韓国+ゾンビ”であれば、さらに的が絞られてしまう。「観に行く人だけ観に行っておしまい」「界隈だけで盛り上がる」のはどこの作品でも一緒だが、この組み合わせはかなりニッチだと言っていいだろう。

「ゾンビ映画は好きだけど、韓国映画はあまり観ないから配信待ち」とか「韓国映画は好きだけど、ゾンビ映画にあまり興味がないのでそもそも選択肢に入るか微妙」といった人々もそうだ。的が小さいのでスルーされてしまう可能性が高い。



だが『呪呪呪/死者をあやつるもの』はスルーするには余りにも惜しい1本だ。紛うことなき「韓国」映画だし、ゾンビの設定・作り込みは世界レベルである。

というわけで興行収入を1ウォンでも上げるべく、本作がいかに韓国映画的であり、またゾンビ映画的であるかについて書いていきたい。

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その前に原作・脚本はヨン・サンホ、制作はスタジオドラゴン

と公式サイトにも大きく表示されているが、監督と他制作会社の名前も出さないとアンフェアというものだろう。

監督は『ファイティン!』のキム・ヨンワン。制作はクライマックス・スタジオで、共同制作としてCJ ENMとスタジオドラゴンがクレジットされている。



キム・ヨンワン+ヨン・サンホのタッグではあるものの、設定と描写はヨン・サンホ節バリバリで、印象としては『新感染 ファイナル・エクスプレス』よりも「地獄が呼んでいる」に近い。全体を通してキム・ヨンワンらしさが出ているかどうかと言われれば判断に困るが、ヨン・サンホの世界を忠実に再現した職人技が光る。

スタジオドラゴンはCJ ENMの子会社で、クライマックススタジオは韓国の大手スタジオJTBCスタジオの傘下レーベルだ。「地獄が呼んでいる」もクライマックススタジオ制作である。

つまり、映画やVODオリジナルドラマなどで滅茶苦茶当たっている制作会社と原作者・脚本家がタッグを組み、ゾンビ映画を作りました。といった座組になっている。

ちなみにNetflixで公開されている「謗法~運命を変える方法~」もキム・ヨンワン、ヨン・サンホのタッグで、というか登場人物がそっくり同じの前日譚(もしくは、本作がスピンオフ)である。

「謗法~運命を変える方法~」は予習するべきか



結論から書いてしまうと、どちらでも構わない。ドラマを視聴済みの方は後日譚・スピンオフとして楽しめるだろうし、何も知らずに観てもゾンビが出てきたと思ったらチキチキ異能バトルに発展する韓国版“呪術廻戦”的展開に己の手首に聖痕が浮き出るほどの衝撃を受けるだろう。

少々話は逸れるが、本作の公式サイト内では「謗法~運命を変える方法~」について一文字も言及されていないし、公式Twitterでも殆ど触れられていない。続編だとか2だとか言うと視聴する障壁が上がるので言わないのはもちろんわかるし、宣伝手法に指摘を入れるつもりは1ミリもないが、素晴らしいドラマなのだから少しくらいは露出させてもいいのではないか。監督名も制作会社名も同様である。

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ただ「呪呪呪」のネーミングセンスは良いと思う(笑)。絶対「じぇじぇじぇ」と掛ける奴がいると思ったら、公式が真っ先にTweetしていた。これも良いと思う(笑)。サブタイトルを付けるのも日本らしく好感が持てる。もしかして、ここだけ前作を意識したのだろうか。

ときに英題は『The Cursed: Dead Man’s Prey』で、『呪われた者・死者の獲物』とか『呪いの対象・死人が求める獲物』みたいなニュアンスだろう。なんだか格好良すぎるような気もする。

その点「呪呪呪」はチャーミングだし、死ぬほど変換しづらくて思わず呪いたくなる。「やりたい邦題じゃねえか」と感じる人がいるかも知れないが、ここまで改変するならば逆にアリなのではないか。本編を観終えたなら尚更だろう。

ハイブリッドゾンビとは言うものの、厳密にはゾンビではない

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本作は一応ゾンビ映画と銘打ってはいるものの、死人描写的には「呪いによって死人を操る」ので、噛まれて増えたり感染して増殖したりするようなものではない。

「ゾンビ」という言葉は一度も登場せず、呪術によって復活した「在此矣(ジェチャウィ)」なる屍が人を襲う。ジェチャウィは身体能力が強化され、知能もあり会話すらできる。見た目はほぼ人間なので、普通に生活していれば見分けがつかないほどだ。

ジェチャウィは獲物に向かって激しく走る。それも正しいフォームで。速度的には『新感染 ファイナル・エクスプレス』のゾンビや「地獄が呼んでいる」でどこからともなくやって来るギリギリでゴリラのような生き物くらい速い。『ワールド・ウォーZ』や『28週後...』も引き合いに出せるだろう。

さらに人くらいであれば片手で振り回して投げ飛ばせるし、痛みにも強く拳銃弾くらいでは止められない。攻撃・防御・素早さ・知性どれも隙がなく、1体だけでも面倒くさいのに結構な人数で来るものだから、特殊部隊程度では歯が立たない。ステータスを総評するならば、ゾンビ映画の中でも屈指の個体だと断言していいだろう。

ところで韓国には実際にジェチャウィにまつわる資料が存在しているそうで、ヨン・サンホもこの資料を参考にして、さらに日本やインドネシア、キョンシーまで目配せしてみせている。

つまり、ゾンビ=ジェチャウィではない。しかし、意識的か無意識的かどうかは知らないが、ヨン・サンホは本作にて原初のゾンビに肉薄している。

ヨン・サンホが召喚した原初のゾンビ(走るけど)

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アフリカに「ヴォドン」という精霊信仰がある。ヴォドンには「Nzambi (ンザンビ / 不思議な力を持つもの)」なる言葉があった。

1600年代のカリブ海地域においては、労働力となる先住民族の数が少なかったため、多くのアフリカ人奴隷がプランテーションで使役されていた。

その中に居たヴォドンの民の信仰が、現地のカトリックや土着宗教と融合して、やがてヴードゥー教となる。その過程で「ンザンビ」も「ゾンビ」へ転じ、人智を超えたもの、物の怪の類としての意味合いを持つようになったといった説がある。

ヴードゥー教では死者蘇生の儀式が行われ、今では久保帯人先生でお馴染みの“ゾンビパウダー”も使われていた。

死者蘇生の儀式は、まずヴードゥーの司祭が墓から死体を掘り起こす。何度も名前を呼び続けると死体が起き上がる。起き上がった死体は両手を縛り農園に売り飛ばしたそうだ。この時、元生者の魂は既に封印されてしまっているので思考ができず、使役者の思うがままに永遠に働かされる。

昨今流行りのウィルスや感染などではなく、死者を蘇生(厳密には操って)いる時点で、本作は原初のゾンビに近い。ネタバレになるので記載は避けるが、死体を操る者のイメージはヴードゥーの司祭に近い。

ヨン・サンホは、原初のゾンビに近い死者蘇生の方法を韓国、あるいは東南アジア周辺の呪い文化(あるのかそんな言葉)もブリコラージュして作り上げている。死体を操るための方法も実に湿度高めのアジアのやり方で、その中に韓国特有の「恨(ハン)」も入れ込んでみせる。

メインコンテンツではないため詳細は省くが、韓国映画を韓国映画足らしめているのは「恨(ハン)」であると筆者は見積もる。ハンはドラマでは何故か若干薄められ、映画になるドギツく出てくるのが特徴だ。一方で最近は映画、特にVODオリジナルの作品ではやや薄めであった。

しかし本作は、まさに公式が謳う通りハイブリッドで、ハンを客観的にまるでスパイスのように巧みに添加している。またハンとセットで扱われがちな「泣かせ」が一切ないのもいい。

一方、ゾンビパウダーは「フグの毒」として有名なテトロドトキシンが含まれた薬剤で、生きている人間の傷口から浸透させて仮死状態に陥らせる。毒によって思考や感情をコントロールする前頭葉が破壊されると、感情のない人間が完成する。中二病ではなく正しい意味で感情をなくした人々は、従順な奴隷として農園で酷使されていたそうだ。

本作に登場するジェチャウィはPSPという麻痺性貝毒を持っている。作中ではフグ毒に近似していると言われており、ジェチャウィはターゲットを引っ掻いたり噛み付いたりして、その傷口に毒を注入してくるものだから、まんまゾンビパウダーである。

ちなみに麻痺性貝毒は渦鞭毛藻という有害プランクトンが生み出す神経毒であり、死者を操っている張本人とも強い繋がりがある。解説はされないものの、適切なバックグラウンド設定は物語に実質的な重みを与えている。

『呪呪呪/死者をあやつるもの』に登場するジェチャウィは、正確にはゾンビではないし滅茶苦茶走るので初期ゾンビの基本ルールからも逸脱している。しかしゾンビ映画が作られる前のゾンビ、つまり原初のゾンビに似ているのだ。しかもゾンビ映画の歴史が浅い韓国が、自国のテイストを取り入れつつ(ヨン・サンホの手クセ全開だとしても)余裕綽々でやってしまったという事実は、なかなかにフレッシュである。

さらに、原初のゾンビで言うならば

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ゾンビがいかなるものだったのかには諸説あり、社会やコミュニティーの約束事を破った人間に与えられる罰だったのではないかという説もある。決まり事を破ったり、社会からはみ出したりしてしまった者は村八分にされ、社会的に抹殺されるというものだ。

弱者や落伍者を村八分にしてゾンビ化するような行為は、2023年になった今でも頻繁に見かけるが、本作で操られる死者もまた詳述はしないが似たような背景を持っている。



ヨン・サンホはインタビューを読む限りエンタメ重視のスタンスだが、『我は神なり』のように韓国が抱える社会問題や現代感覚を取り入れて共感を誘う巧者だ。本作でもま、「社会によって見捨てられた者たち」を可視化し、物語を駆動させるガソリンとして使用していると書くと彼が残酷に見えそうだがそうではない。

説教臭くもないし、自身の脚本が上手くいくよう都合よく利用しているわけでもない。エンタメや社会問題など、様々な要素を盛り込んだ優れたバランスのポートフォリオは、ヨン・サンホを唯一無二の存在にしていると言っていいだろう。

当たっている会社が、誠実な作品を作る価値

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『呪呪呪/死者をあやつるもの』はスティグマータ全開テンション高めのイケイケ呪術バトル〜呪術廻戦韓国版〜であるとともに、原初のゾンビに近似しつつも、現代的な要素を取り入れたゾンビ映画の良作となっている。

シリアスというよりはエンタメ要素強めではあるが、誠実に作られているし、擬闘やカーチェイスなども間違いなく韓国クオリティだ。これを、当たりまくっている大手制作会社が手掛けているのもまた素晴らしい。

韓国映画やドラマは成熟を迎えているが、ジャンルムービーとしてのゾンビもこれほど短期間で熟すとは思わなかった。『呪呪呪/死者をあやつるもの』は、間違いなくゾンビ映画の歴史に聖痕を刻むだろう。

(文:加藤広大)

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