映画コラム
『劇場版 PSYCHO-PASS サイコパス PROVIDENCE』“常守朱”が教えてくれる、AI時代の気高い生き方
『劇場版 PSYCHO-PASS サイコパス PROVIDENCE』“常守朱”が教えてくれる、AI時代の気高い生き方
2023年は多くの業界で生成AIの話題で持ちきりです。ChatGPTの言語処理能力は多くの人に衝撃を与え、Stable Diffusionなどの画像生成サービスは、イラストや写真などのクリエイティブ業界に多大なインパクトを与えるだろうと考えられています。
2023年は、AIがいよいよ本格的に私たちの生活の中に浸透し当たり前のものとなっていく時代が来ることが確実になった年と言えるでしょう。これから私たちはどうAIと共生し、どうAIを使っていくのかを現実社会で議論していく必要があります。
5月12日(金)に公開された『劇場版 PSYCHO-PASS サイコパス PROVIDENCE』は、まさにそんな2023年に公開されるべきタイムリーな作品と言えます。2012年から続くこの人気アニメシリーズは、人間が巨大な人工知能的なシステムに監視されることが日常となった世界で、人はどう尊厳を持って生きることができるのかを問い続けてきた作品だからです。
本シリーズの主人公、“常守朱”の生き方はAI時代を生きる人のあるべき姿だと筆者は思います。この度公開される最新作は、そんな彼女の一貫した信念がブレずに表出しているのです。
システムを過信しない常守
本シリーズは、人間の思考や性格などを計測できる「シビュラシステム」というシステムによって管理される近未来の日本を舞台にしています。一般市民の精神状態を科学的に分析し、深層心理から適正な職業や相性のよいパートナーなど人生のあらゆることを選択してくれる、包括的な生涯福祉支援システムであるシビュラの助言に人々は従いながら生きています。
シビュラシステムが示す数値の中で、物語の中で特に重要視されるのは犯罪者になる危険性を表す「犯罪係数」です。数値が一定以上に達したものは「潜在犯」として取り締まりの対象となります。この社会においてシビュラの決定は絶対であり、人を超えた全知全能の存在としてシステムが君臨しているのです。
『劇場版 PSYCHO-PASS サイコパス PROVIDENCE』©サイコパス製作委員会
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TVアニメ一期で公安局に新人として配属された常守は、当初はシビュラシステムの判断に全幅の信頼を置いて活動していました。彼女は犯罪係数を測定できる「シビュラの目」と呼ばれる公安専門の武器ドミネーターがはじき出す数値に従い任務を遂行し続けていましたが、ドミネーターが作動しない連続殺人犯・槙島聖護と遭遇し、シビュラが万能ではないことを突き付けられます。
槙島のような犯罪係数を正しく測定できない存在は「免罪体質」と呼ばれ、一定の割合で出現する「バグ」のような存在です。そんな槙島に対し復讐心を燃やす執行官の狡噛慎也は、シビュラという法が裁けない相手に対し、自ら法を犯すことで対峙していきます。
『劇場版 PSYCHO-PASS サイコパス PROVIDENCE』©サイコパス製作委員会
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そんな狡噛に対し、常守はあくまで法の遵守を訴えます。しかし彼女は、シビュラが実は免罪体質だったものたちの脳を並列化してアップデートを繰り返している存在だと知り、愕然とします。
「悪人の脳をかき集めただけ」だと非難するも、免罪体質者の脳を取り込むことでバグをふさぐという行為そのものは、システムをより良くしていく合理的選択でもあり、常守はシビュラに対して感情的には反発しつつも、理論的には一定の評価を持ち続けることになるのです。
しかしその真実を知った後の常守は、システムを過信することなく「あくまでも人がシステムを運用するのだ」という意思を強く持ち、シビュラと対等に対峙するようになっていくのです。
『劇場版 PSYCHO-PASS サイコパス PROVIDENCE』©サイコパス製作委員会
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シビュラシステムは、人々が最も効率よく幸福を追求するための道を提示してくれ、犯罪の危険性も未然に防げて、合理的に社会の秩序を保てるよう設計されています。多くの人はそのシステムを信頼して生活しており、疑うことをしません。
シリーズを通して常守の成長から見えてくるのは、いかにシステムが人知を超える知性を獲得したものであっても、それに頼り切って生きてはいけないということです。
本作では、これから現実にも訪れるであろう、超高度な人工知能的システムを前提にした社会で、いかに人間の意思を貫いて生きるかを問うているのです。
「人が法を守る」という意味
『劇場版 PSYCHO-PASS サイコパス PROVIDENCE』©サイコパス製作委員会▶︎『劇場版 PSYCHO-PASS サイコパス PROVIDENCE』画像を全て見る
本作は刑事を主人公とする作品です。それゆえに「罪とは何か」、そして人を裁く「法とは何か」という問いかけを含みます。「法にどう向き合うか」こそが本作の根幹と言ってもいいかもしれません。
この作品世界では、法をつかさどるのは全知全能的なシビュラシステムです。裁きは古代なら神の行うものだと考えられてきました。人が複雑な社会を構成するようになってからは法体系によって裁きの基準を決めてきました。神から法へ、そしてこの未来ではAIが裁きをするようになったと言えるかもしれません。
そんな裁きの歴史に根差しているのか、「シビュラ」という名称は、ギリシャ神話のアポローンの神託を受け取る古代の地中海世界における巫女の名前から取られています。実際、シビュラの決定は人々の幸福につながる道のため、神のご宣託のように受け取られている面もあります。
『劇場版 PSYCHO-PASS サイコパス PROVIDENCE』©サイコパス製作委員会
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「裁き」の歴史的経緯を踏まえると、神の教義と法律には似た部分があるかもしれません。異なるのは神の教義を作るのは神様ですが、法律を作るのは人だということ。そして、聖書など宗教の教典は内容の書き換えはできませんが、法律は時代に応じて書き換え可能であることに違いがあります。
その点、シビュラのようなシステムは神のような名前を冠していますが、アップデートして書き換え可能な存在であるので、神の教義よりも法に似ていると言えます。実際、この作品ではシビュラシステムを法に喩えるセリフが数多く出てきます。
『劇場版 PSYCHO-PASS サイコパス PROVIDENCE』©サイコパス製作委員会
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テレビアニメ一期の最終話「完璧な世界」で、狡噛と常守がこんなやり取りをします。
狡噛「悪人を裁けず、人を守れない法律をなんでそうまでして守り通そうとするんだ?」
常守「法が人を守るんじゃない、人が法を守るんです。」
この後に続く台詞も含めて、常守のこの言葉は本当に名言だと思います。「人が法を守る」というのは「法律違反すると罰せられるのは嫌ですよね」みたいな次元の意味ではありません。盲目的に法律の条文を過信して生きるのではなく、今まで歴史の中で人々が積み上げてきた願いを形にしたのが法であり、それを無にしてはいけないと彼女は言います。
だからこそ、彼女は新たな法として振舞うシビュラを盲目的に過信しません。「何よりも尊くあるべき法を貶める行為は、守るに値しない法を作り、運用することだ」とシビュラに対して言い放つくらいです。社会をより良くしたいという人々の願いを守り通す意思は、たとえ相手がどれだけ高い知性を持っていようと明け渡してはいけないものだと彼女は考えているのだと思います。
『劇場版 PSYCHO-PASS サイコパス PROVIDENCE』では、シビュラの発達により、人間が作った法律はもはや不要なのではないかという議論がなされます。確かに条文による法の運用はシビュラに比べて非効率です。何年もかけて人が議論し、解釈を巡って紛糾し、裁判だって遅々として進みません。
それでも、常守はそんな人が作った法を守るために行動するのです。彼女でなければできない方法で、人々が積み重ねてきた「願い」を守るために。
『劇場版 PSYCHO-PASS サイコパス PROVIDENCE』©サイコパス製作委員会
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思えば、常守はいつだって自分の意思で行動してきました。初登場のTVアニメ一期第一話で、彼女は新人ながらに執行官の狡噛に対して、ドミネーターの引き金を引いて無用な殺人を止めました。彼女は、最初から自らの意思で引き金を引ける人物だったわけですが(槙島に親友を人質に取られた時以外は)、その矜持は今作でも全くブレることなく発揮されています。
AIが知性や判断スピードで人間を凌駕することは決定的で、社会のあらゆる場面で便利に活用されることになるでしょう。しかし、そのシステムに盲目的に従属するのではなく、人が自らの意思で運用していくことが大事なんだと、常守朱はいつだって私たちに教えてくれるのです。
(文:杉本穂高)
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