映画『ちひろさん』から得る“寂しさ”への対処法

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地面の砂を厭うことなく、周囲の視線も憚らず、真っ白なズボンで両膝をつき、まるで自分自身も猫かのように猫を愛でる。それは誰かにとって“自由”の象徴であり、いつしか憧憬の眼差しに変わっていき、誰しもがなりたいと望む。そんな彼女は果たして、人生に満足しているのだろうか。満たされているのだろうか。

“ちひろさん”という存在を知ってから、寂しさとの距離感について深く深く考える日々が続いている。

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今泉力哉が手掛けたからこその“ちひろさん”

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今泉力哉
——「好きな映画監督は?」と聞かれたら、迷わず一番目にそう答える。

原作ありきの作品にしろオリジナル脚本作品にしろ、彼が手掛ける作品は恐ろしいほどに人間味があり、まるでその人の人生の一部を覗き見しているかのような錯覚に陥る。

そのあたりに転がっていそうな誰かの日常を、ちょっと癖の強い登場人物たちが非日常にしていく。そんな彼らのことを、もっと知りたいと思う。

『ちひろさん』も例に洩れず、胸に沁み入る作品のひとつとなった。

映画『ちひろさん』を“最高”に導いた俳優陣

『ちひろさん』のなにがいいって、漫画が映画化されるわけだから、ストーリーはそりゃいいに決まってる。

映画化にあたって最も鍵となるのは、誰がその役を演じるのか。今泉監督は毎度裏切ることなくキャストの“最高”を更新していく。特に『ちひろさん』においては異常な振り幅を持って“最高”を更新してきた。

■有村架純しか考えられない“ちひろさん”

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なによりも、ヒロイン・ちひろを演じた有村架純。“ちひろさん”に憑依できるのは彼女以外ありえない——そうとまで思わせられるような空気感。壮絶な人生を歩んできたであろう、ちひろさんの生き様を見事全うした。

あどけなさが残る顔立ちに相反するような、見るものすべてを虜にするような意志の強い眼差し。元風俗嬢の立場も武器にして、ひとり淡々と飄々と生きていく。そんな彼女に吸い寄せられるように、時には彼女の方からすり寄るように、孤独を補完していく。

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本作を観て、やはり彼女は『何者』や『ナラタージュ』のようなどこか影のある、そしてその奥に色香を感じられる役柄がハマると確信した。そしてきっと今泉監督が彼女の鎧を違和感なく、すっと剥がしてくれたおかげでその魅力が昇華されたに違いないのである。

■見逃せない、脇を固める俳優陣

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もちろん、脇を固める俳優陣も抜かりない。

今泉組初参加となる豊嶋花、映画『LOVE LIFE』でも鮮烈な印象を残した嶋田鉄太、演技初挑戦とは思えない存在感を見せるvan、今泉組に欠かせない存在となっている若葉竜也、作品ごとにまったく異なる顔を持つ佐久間由衣、アンニュイな雰囲気に目が離せなくなる長澤樹。

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ほかにも、市川実和子・鈴木慶一・根岸季衣・平田満・リリー・フランキー・風吹ジュンなど、今泉監督ならでは且つ新鮮味のあるキャストをそっと包み込むベテラン俳優らにも注目だ。

今泉作品好きとしては、映画『街の上で』にバーの常連役として登場していた小説家なのか俳優なのか何者なのかよくわからない男がのこのこ弁当の常連の1人だったり、その片隅に“今泉作品の顔”ともなっている若葉竜也がちょこんと存在していたり、「あぁ、今泉さんだなぁ」と思える瞬間が好きでたまらない。

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また本作では今泉組初出演の俳優陣も多く、そのほとんどが坂元裕二脚本作品にも名を連ねる方なのは偶然なのか必然なのか。いつか、今泉力哉監督×坂元裕二脚本作品を拝みたいと思っている私にとってあまりにも私徳すぎるキャスティングであった。

ちひろさんの生き様から見る“孤独に対する予防線”

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本作で、最もぐっときたシーンのひとつとして、有村架純と若葉竜也の融合が挙げられる。

『ちひろさん』の中で、最上級に“有村架純の女”が全面に出たあのシーン。「したくなっちゃった」は反則でしょう。女の私でも惚れるわ、あんなの。

こういうことを恋愛感情抜きにやっちゃうちひろさんがまたいいし、それを察してちひろさんのことを直視できなくなる谷口が切ない。その後、谷口は劇中に登場しない。彼もまた、誰かと繋がりを持ったことでより一層の孤独を感じ、どこかに行ってしまったのだろうか。

そう、ちひろさんも谷口も、誰かとの距離が縮まりすぎることが怖いのだ。人は誰かのぬくもりを感じることで安心感を得る。それは麻薬みたいなもので、一度得るとどんどん欲しくなってしまう。



「気付いたんだよね、人の心を独り占めすることなんてできないってことに」

「私、恋愛で酔えないタチなんだよ。お酒が飲めない下戸の人と一緒でさ、飲み過ぎたら気持ちも悪くなるし、下手したら死んじゃう。だったら、無理して飲まなくてもよくない?」

人生を達観した一言とも見て取れるが、過去にそれだけ人を愛したことがあるからこその虚無感の表れでもあると察する。

そんな寂しさを知っているからこそ、寂しそうな人を見つけると放っておけなくなるのも彼女らしい一面のひとつだ。

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ホームレスのおじさんにお弁当を食べさせたり一緒にシャワーにまで入ったり、なんなら「ビールでいい?」「えっ何?もう帰るの?」には笑ってしまったし、隠れてちひろさんの写真を撮っていたオカジにも神対応、マコトにコンパスの針で傷を負わせられたにもかかわらずお弁当を与えたりと、まったく見返りを求めない。そんな彼女のことを周囲の人間はどんどん好きになるのに、ある日ふらっといなくなる。

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ちひろさんは“孤独を手放す”一歩手前で、そっとその場所を離れ、別のどこかで再スタートを切る。そうしておけば、なにがあっても傷つかずに済むから。

ここまで悟りを開くちひろさんに共感する声は少ないのかもしれない。だが、人生を少しでも肩の力を抜いて生きていくためのヒントになり得るのではないだろうか。

……そうとはわかっていても、ちひろさんのように孤独を愛せないーーなんてお悩みはなんのその。

「寂しい気配がスッてしなくなったんだもん」

ほら、同じ星の人が、きっとあなたのことを見つけてくれるから。

(文:桐本絵梨花)

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