<考察>『生きる LIVING』を読み解く“3つ”の視点
3.オリバー・ハーマナス過去作から読み解く
■オリバー・ハーマナス監督って何者?
最後に、本作を監督したオリバー・ハーマナスについて掘り下げていく。彼は報道写真家としてキャリアを始める。ケープタウン大学で学びやがてカリフォルニア大学から奨学金を受ける。2006年には、ローランド・エメリッヒ監督からの支援を受けてロンドン・フィルム・スクールの修士課程へと進む。2009年に『Shirley Adams』で監督デビューを果たす。
学校帰りに銃撃され障害を患ってしまった息子を、万引きと施しを受けながら育てる女性を扱った本作は、南アフリカ国内の映画賞South African Film and Television Awardsで監督賞を受賞した。
2作目の『Beauty(Skoonheid)』では、人種差別と同性愛嫌悪を公言している男の生き様を描いた作品を発表。同性愛嫌悪である一方で、自身も同性愛者であるフランソワは、友人の息子であるクリスティアンに恋をする。しかし、彼はフランソワの娘と付き合っていた。嫉妬に震えるフランソワは、娘に攻撃的になる。
ヒッチコックを意識したと語るオリバー・ハーマナスの描くショットは鋭利だ。白昼のビーチで遊ぶクリスティアンとアニカ。それを遠くからフランソワが見つめ、電話をかける。恐ろしい形相で彼女に脅迫を始める。この場面では『裏窓』を彷彿とさせる構図を用いて、一方的に眼差しを向ける者の抑えきれない衝動を表現しているのである。
この作品は前作同様、South African Film and Television Awardsで監督賞を受賞したほか、カンヌ国際映画祭でクィア・パルムも受賞。国際的に評価された彼は、次回作『The Endless River』でヴェネツィア国際映画祭コンペティション部門に選出されることとなる。
■『Moffie』との関係性
『生きる LIVING』では、新入社員が列車に乗って職場を目指すオリジナルパートから始まっている。この場面を読み解く上で、オリバー・ハーマナス監督の前作『Moffie』が重要となってくる。『Moffie』は『Beauty』同様、同性愛者を扱った作品である。『Beauty』は主人公の葛藤が加害へと向かう話であったことに対し、『Moffie』は抑圧へと向かう話となっている。抑圧されていく自己を象徴的に表現する場面として列車が使われている。兵役に就くこととなった青年は、列車に乗る。車内は、暴れたり、嘔吐をしたり、酒を飲む青年たちで混沌としている。しかし、駅に着くと青年たちは一体となって車窓から罵声を浴びせている。その先にいるのは黒人だ。アパルトヘイト下において、黒人は強烈な差別の対象とされてきた。青年は傍観者として、暗黙的にこの暴力へと加担してしまう。
そんな彼が兵舎に着けば、同性愛者であることを隠し通さなければならない。隠しきれなければ、駅にいた黒人のように暴行を受ける可能性があるからだ。当事者として無数に向けられる男性の眼差しを掻い潜りながら彼は生き残っていく。
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車窓を鏡像に見立てたギミックは『生きる LIVING』でも活かされている。ピーターは車窓からウィリアムズを目撃する。若々しいピーターとは対照的に朽ち果てたような彼は、社会によって摩耗してしまった彼の将来を映す鏡のように映し出される。しかし、実際にはウィリアムズは改心し、社会をよりよいものにしていこうとする。
一方で、ピーターと同じボックスに座っていた先輩たちは、希望の誓いを交わすもののシステムへと取り込まれてしまった。列車の内外で類似の世界を形成しながらも、双方の世界にいる人の行動は正反対だ。似ているようで異なる世界の中、行動を選択していく。映画は彼が変わらぬ人たちが集うボックス席から飛び出し、窓の外にいるウィリアムズの方へと向かっていくような印象を与えるように、ピーターをブランコへと導き終わるのである。
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カズオ・イシグロの小説では、よく鏡像となる人物が登場する。「わたしたちが孤児だったころ」では、上海で暮らすイギリス人クリストファーの葛藤を強調する存在として、日本から上海へと移り住んだアキラが登場する。アキラの行動を通じて、アイデンティティの拠り所を模索している。
「浮世の画家」でも小野と中原の関係性が鏡像を形成している。類似の性質を持ちながら、異なる行動、対立関係が生み出される。カズオ・イシグロ作品の特性がオリバー・ハーマナス監督『Moffie』で演出された技術と化学反応を起こし、物語を強固なものへと昇華させていった。
オリバー・ハーマナス監督は現在『The History of Sound』の撮影に入ろうとしている。主演は『ゴッズ・オウン・カントリー』のジョシュ・オコナーと『aftersun/アフターサン』で第95回アカデミー賞主演男優賞にノミネートされたポール・メスカル。第一次世界大戦中を舞台に、アメリカ人の声や音楽を集めていく二人の青年を描いた物語とのこと。
この演出力の高さを踏まえると、次回作も期待したいところである。
(文:CHE BUNBUN)
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参考資料
- 改訂新版 死ぬまでに観たい映画1001本(スティーヴン・ジェイ・シュナイダー、2011/8/31)
- カズオ・イシグロと理想主義(森川慎也、2018/12/25、北海学園学術情報リポジトリ)
- 『生きる LIVING』公式サイト
- これ1冊! 世界各国史(村山秀太郎、2019/10/25)
- 歴史総合パートナーズ 11 世界遺産で考える5つの現在(宮澤光、2020/2/12)
- An Interview with film director Oliver Hermanus(Dylan Valley,2011/5/8,Africa Is a Comunity)
- Oliver Hermanus(IFFR)
- Everything We Know About WWI Love Story The History of Sound(AIMÉE LUTKIN、ELLE、2021/11/1)
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