ハリウッド脚本家のストライキで米映画業界はどうなる?諸外国にとってはチャンスの面も
ハリウッドの脚本家組合であるWriters Guild of America(WGA)が、5月2日より大規模なストライキを決行しました。
WGAは、アメリカの映像産業で活動するほとんどの脚本家が所属する組合で、今回のストはメンバーのほとんどの賛成によって実行が可決されました。これほど大規模なストライキは15年前、2007年から2008年にかけて100日間続いたストライキ以来で、現在ハリウッドはこの話題で揺れに揺れています。
このストライキがなぜ起きたのか、脚本家たちは何を求めているのか、そして映画産業にどんな影響があるのか、解説したいと思います。
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配信全盛で脚本家の実質賃金が低下?
WGAが、映画・テレビ製作者同盟(AMPTP)という団体に対して、脚本家の最低額の引き上げなどを要求しています。昨今、配信サイトの隆盛によって大幅に制作本数が増加していて脚本家の仕事量も増大しています。その状況下で、充分な賃金が支払われていない、また今後AIが生成した作品に対して脚本家の過去の作品が学習データとなった場合、何らかの方針を定めるようにと要求しています。
昨今のインフレなどもあり、WGAによると脚本家たちの賃金はインフレ率などを計算に入れると23%も減少していると主張しています。
WGAの要求は、主に以下のようなもの(参照)。
- テレビ、新メディア、映画など全ての分野で最低報酬の大幅な増額
- 劇場公開されたものかストリーミングで公開されたものかにかかわらず、映画の報酬と再使用料の標準化
- ミニルームの濫用に対処することと雇用期間の拡大
- AIを用いて作成する作品への規制
- 年金制度と健康基金の増額
配信サービスが映像産業の主力になる前、テレビのドラマシリーズは1シリーズで20エピソード以上あることは珍しくありませんでした。そのため、一度ドラマのライターに雇用されればそれだけ仕事の保証があったわけです。
しかし配信では数話のミニシリーズも多く、そのぶんライターに入ってくる額は減少し、すぐに次のタイトルを探さないといけません。雇用期間の保証や最低報酬の引き上げ要求はそういう現実に対処するためです。
ミニルームというのは、配信時代になって出てきたもの。まずライターズルームと呼ばれるものがあります。ライターズルームとは、数名の脚本家グループでテレビドラマのアイディアを発展させていくコンセプトのことです。
従来では、パイロット版の映像作品を制作して気に入られると企画にゴーサインが出て、10人くらいのライターズルームを作り企画のデベロップメントに入ります。しかし、今はパイロットの制作を割愛し、ミニルームで企画開発することが多くなっています。
ミニルームは、従来のライターズルームよりも少ない人数で構成されることが多いのでミニと呼ばれています。しかし、少ない人数で回すため1人当たりの負担が大きくなっていることをWGAは問題視しています。(参照1、参照2)
WGAはAMPTPに対して3月くらいからずっとこれらを要求し続けてきましたが、ほとんど満足いく回答を得られなかったためスト決行となったわけです。
15年前のストで起きたこと
WGAが大規模なストを行うのは初めてではなく、15年前にも大きなストライキが実行されました。このストはテレビ放送に多大な影響を与えたため、ハリウッドの業界だけでなくアメリカ社会全体で大きく記憶されています。この時のストライキは100日間続きました。配信が本作的に台頭する前でしたが、この時脚本家たちはDVDからの再利用料の引上げなどを求めていました。そして、インターネットでの配信の利用料についても争点になっていました。
このスト以前にはオンライン配信に関する利用料のルールがなかったので、ここで取り決めがなされたのですが、この15年で劇的に状況が変化したために再度のストとなったわけです。
WGAと交渉しているAMPTPはテレビや映画会社、さらにNetflixなどの配信会社も加盟している団体で、基本的に脚本の発注はWGA所属のライターにせねばなりません。そのためWGAがストに入ると仕事を発注できなくなるので、ほとんどのプロジェクトがストップします。
15年前、筆者はLAに住んでおり、多くのテレビ番組が制作中止となりトークショー番組などが再放送対応になっていたことを記憶しています。また、街中で赤いピケを持ってシュプレヒコールをあげている様子もよく見かけました。
この脚本家のストが大きなインパクトを持つのは、脚本は全ての映像作品の基礎であり、脚本家が書かないと何も作業が進まないためです。それは、脚本家以外のスタッフの仕事もいったんストップせねばならないということです。
15年前のスト当時、筆者は編集のプロダクションでインターンをしていた際に、ボスなどはストの影響をやはり深刻に感じ取っていたようです。このストの影響で仕事を失った人もたくさんいました。3ヶ月仕事できなくても大丈夫なほどの売れっ子なら問題ありませんが、末端のスタッフはそうはいかないのです。
今回のストでは、テレビのトークショーなどがすでに再放送対応になったりしています。NBCは「トゥナイト・ショー」などのスタッフに対してストの最中も賃金は支払うという声明を出していますが、全ての番組が同じ対応をとれるわけではないので、今回も大きな打撃を被ることになるのでしょう。
そのため、今ハリウッドでは多くのスタッフが「頼むから早く妥結してくれ!」思っているでしょう。映像産業はロサンゼルスの主幹産業なので、町全体にも多大な損失となります。15年前も20億ドル近くの経済損失を出したと言われていますから、今回も同じレベルのダメージがあると予想されます。
映画会社も配信会社も苦境のタイミング
このタイミングでのスト突入は、映画会社にも配信会社にも痛手です。映画会社は、コロナからの回復期にやっと入ったと思った矢先にストが始まってしまいました。映画の製作スケジュールにも大きな影響が出ます。配信会社にとっては、賃上げの要求はとても承諾しにくいでしょう。今は配信市場の成長に翳りが見え、利益率向上のために経費削減を余儀なくされている最中だからです。2022年、配信市場を牽引してきたNetflixは加入者の減少という事態に見舞われ、時価総額が540億ドル下がることとなり、ディズニー・ユニバーサル・パラマウント・ワーナーHBOなどもコロナ禍で自社の配信サイトに注力してきましたが、赤字が膨らんでおり人員整理とプロジェクトの見直しを迫られています。
配信市場の成長で膨大となった作品数が脚本家の苦境にも繋がっているのですが、そもそも作品数が多くなりすぎているのかもしれません。
FX Networksのジョン・ランドグラフの調査によると、2022年には英語の脚本のある番組は599本リリースされたそうですが、これは2012年の倍の数だとのこと。それだけ数が増えればパイロット版なんて作ってる暇もないでしょうし、一本あたりの利益率も低くなるのも仕方ないですね。
諸外国にとってはチャンス?
このストがWGAと脚本家にとって良い結果となるのか、まだわかりません。15年前も満額回答とはまではいかなかったようですが、脚本家の報酬や待遇には改善が見られたようです。今回の場合、難しいのは主にターゲットとなっている配信会社です。配信サービスの大きな特徴は、色々な国の作品が視聴できる点です。アメリカの新作がなくても他国の作品はバンバン配信されます。テレビは放送に穴が空いて大変ですが、配信会社は果たしてどれほど痛手だと思っているのか正直不透明です。
ストでアメリカ作品の制作が遅延することは、実は諸外国にとってはチャンスでもあります。15年前のストの時、アメリカ作品の番組の穴埋めのためにカナダの番組が購入されるという動きがありました。CBSやNBCなどのメジャーな放送ネットワークでカナダのドラマがプライムタイムに放送され、カナダにとっては市場の拡大につながったのです。
実は今回も、ストの決行を想定に入れた売買がすでに行われているようです。「多くのアメリカのバイヤーがストに備えて番組の購入先をリストアップしている」という発言が、フランスのテレビフェスティバルのパネルディスカッションであったとハリウッドリポーターが報じています。
Netflixの各国視聴ランキングを見ると、アメリカでもアメリカ以外の作品がベスト10に入ることが珍しくない状況です。ストが長期に渡れば、それだけ他の国にとってはチャンスが増える面もあります。
映像産業のポテンシャルがグローバルに広がっている点は、15年前とは明らかに異なる要素です。コロナによって世界の映像産業のパワーバランスが変化していますが、このストはその動きを加速させるかもしれません。
クリエイターの権利を守る大切さ
クリエイターの権利を守るのは非常に重要です。既存のルールとは異なる事業モデルが現れた時、サービスとクリエイターの利益の適切なバランスを検討するのは大切なことであり、配信が当たり前になった時代の報酬モデルをここできちんと確立することは産業の発展に貢献するでしょう。日本の映画産業も、業界の労働問題を抱えていますから対岸の火事として見ているだけでなく、クリエイターの権利を守るために必要なことは何かをしっかり議論していく必要があるでしょう。
同時にアメリカ市場の作品供給に穴が空くなら、その市場を積極的に取りに行って欲しい。日本の作品の市場が拡大できれば、日本のクリエイターの環境改善にもつながるでしょうから。
(文:杉本穂高)
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