スポ根アニメ映画の大傑作『雄獅少年/ライオン少年』を「真面目に生きるすべての普通の人たち」が観るべき理由
泣きたくなるほどの地道な作業が実った獅子舞アクション
本作のメインで扱われるのは、日本人にはあまりなじみがないであろう獅子舞競技。マイナーな題材とも言えるが、それでも獅子舞競技の面白さと魅力がストレートに伝わる、圧倒的なアニメの作り込みがされていることこそが、本作の最大の魅力だ。身体能力を駆使して疾走しジャンプをして、組み立てられた足場を攻略する様は、「パルクール」にも近い。カラフルに彩られた獅子舞それぞれを見ているだけでも楽しいし、さらに高難度のアスレチックをチームで攻略していくような面白さが組み合わさっているのだ。しかも、アクロバティックなアクションそれぞれに躍動感がある一方、物理的にあり得ない場面はほとんどない。「重力」も多分に感じるリアルにこだわった動きに注目してほしい。
もちろん、その獅子舞アクションには尋常ではない作業の繰り返しが必要になる。ソン・ハイポン監督によると、プロジェクトが始まった時から、監督チーム、絵コンテチーム、アニメチームがそれぞれが獅子舞の訓練を受け、それから動作の基本的な法則をベースに絵コンテ作りを始め、そこに舞踊や武術の動作を組み合わせ、さらにカメラの動きを調整して視覚効果を生み出す……という過程が必要だったという。特に、獅子舞の頭に生えた毛の動きの演算には特に労力を使ったのだそうだ。
さらに大変だったのはクライマックス。画面には130頭以上の獅子と1000人以上の観客がいて、さらに水上のアクションを作り出すために毛と水面をレンダリングするのは泣きたくなるような作業だったという。事実、1フレーム(※1秒は24フレーム)のレンダリングに最長で13時間、中には10回もやり直してやっとOKになったシーンもあったという。
競技だけでなく、「屋上で両腕を拡げて街を見る」シーンも大変だったそうだ。集合住宅の外の廊下には洗濯物が干されていて、別の遠景のビルには霧が浮かんでいたりする、ディテールにこだわった光景は、10時間ほどかけてやっと1フレームが完成するペースだったのだとか。1秒1秒に気が遠くなるほどの作り手の努力が実っている、贅沢な映像だからこそ、劇場で見逃さないでほしいのだ。
中国の貧困の問題を描き、そして世界中の人に通ずる物語になっている
本作は王道のスポ根ものであると同時に、中国の急速な経済発展の陰で、祖父母たちと共に故郷に残されている、出稼ぎ労働者の子どもが直面する「留守児童」問題を取り上げている。主人公のチュンの両親は、息子を大学に行かせるために広州に出稼ぎに行っており、この正月も帰省しない。そして、中盤にはさらなる問題がチュンに降りかかるのだ。おそらく、師匠のチアンと妻のアジェンに子どもがいないこと、そのアジュンが弟子となる3人の若者たちをどう思っていたかがわかるセリフにも、やはり貧困の問題が反映されていたのではないだろうか。
ソン・ハイポン監督によると、初期の構想は「家族から獅子舞をやるように言われた少年が、家族が病気になり獅子舞で自分を証明しようとする」という典型的なハリウッド風の物語だったそうだ。しかし、「実際の中国の家族ならどうだろう?」などと考え、中国人の常識的な感覚に合うようにエピソードやキャラの行動や心の動きなどを何度も調整していったのだという。
その結果として、中国社会の貧困の問題が反映されていながら、世界中のすべての人が勇気をもらえるであろう、「不屈の精神」「希望となる奇跡」を讃える物語としても見事に見事に昇華されていることにも感動がある。その具体的な意味がわかる、ソン・ハイポン監督の言葉を引用しておこう。
この映画を、真面目に生きるすべての普通の人たちに捧ぐ1杯の酒にしたいという思いで、制作に2年を費やしました。皆さんの心を温められたらと思います。獅子舞はチュンという人間を変えました。小さくて弱かった彼を、迷うことのない、より力強い人間に変えました。チュンは元の生活に戻っても、これまでと違う自分として生きていくでしょう。それがこの映画で伝えたかった力です。平凡な人ほど、そのエネルギーを爆発させた時の衝撃が大きいのです。
この言葉通り、劇中の獅子舞競技は、確かにチュンというひとりの普通の少年を変えた。もちろん、貧困や人生の問題は簡単に解決できるものではないかもしれない。だが、スポーツに限らず「たとえ一時でも強い人間になった」経験は、心の中に残り続ける。その普遍的な価値観を、誰もが楽しめるエンターテインメントとして突き詰めた上で提示したことに、この映画の素晴らしさがある。それは、真面目に生きてきた、でも理不尽で辛いことも経験し続けた世界中の人への、これ以上のないエールにもなっているのだ。
もう一度言おう。注目作が大渋滞を起こしている今の映画館の中でも、最優先で観るべき映画だと断言するのは、『雄獅少年/ライオン少年』である。「真面目に生きるすべての普通の人たち」に届くことを、祈っている。
(文:ヒナタカ)
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