<スイスには「チーズマフィア」がいる>『マッド・ハイジ』監督対談インタビュー
そんな名作ハイジがマッドになって帰って(?)きた。その名も『マッド・ハイジ』。日本公開発表時から大きな注目を集め、「チーズの闇取引」「俺の下半身がヨーデルを奏でてる」といったパワーワードや児童文学とはほど遠い血飛沫舞い上がる過激な予告編がSNSを沸かせることになった。
舞台は自社チーズ以外の製造を禁止した大統領・マイリが支配する独裁国家スイス。違法チーズの闇売買に手を染めていたペーターが処刑され、仇を討つべくハイジの血で血を洗う復讐劇が始まる。CINEMAS+ではそんなマッドな作品を手がけたスイス出身のヨハネス・ハートマン、サンドロ・クロプシュタイン両監督にオンラインインタビューを敢行。製作秘話や舞台裏エピソードをお聞きした。
“スイスならでは”の題材に着目した結果……
──本作を鑑賞して真っ先にお聞きしたかったのですが…… 各方面からお叱りを受けませんでしたか?
サンドロ・クロプシュタイン(以下、サンドロ):そうだね。叱られたというか、まずこの映画を「男女差別的だ」と言う人がいれば「フェミニスト映画だ」と言った人もいるんだ。だからある意味では、『マッド・ハイジ』という作品がそれだけいろんな人に響いたんだなとわかったよ。
ヨハネス・ハートマン(以下、ヨハネス):この作品でのナイフの描き方について、スイスのアーミーナイフで有名な企業から「裁判で訴える!」と脅されたことがあったね。実際に訴えられるまでには至らなかったけど。
それと『マッド・ハイジ』はチューリッヒ空港で警察官として勤務していた人と共同で脚本を書いたんだ。彼は自由時間を使って執筆していたのに、「内容が警察官にそぐわない」という理由で解雇されてしまった。だけどこの映画のファンがみんなでお金を寄付して弁護士費用を集めてくれてね。最高裁まで持ち込んで勝訴することができたんだよ。
──それはすごいお話ですね……。ちなみに『アルプスの少女ハイジ』は日本でもアニメ化されて大人気の作品なのですがご存知でしょうか。
サンドロ:もちろん知ってるよ!
ヨハネス:たぶんスイスの多くの子どもは日本のアニメを見てハイジのことを知ったんじゃないかな。その後で実写化されたいろんなハイジ作品を見ていると思うよ。でもスイスのテレビでアニメ版のハイジが放送されたときはすべてドイツ語だったから、もしかすると日本のアニメだと知らない人が多いかも。じつを言うと僕も後で気づいたくらいだからね。
──今回ハイジを題材に選んだのは、やはりおふたりともスイス出身ということが影響しているのでしょうか。
ヨハネス:ホラージャンルを作ろうと考えたときに、何かスイスならではの題材にしようと思ったんだ。言い換えれば“ありふれたもの”、“陳腐なもの”なんだけど、ハイジが一番それに当てはまるキャラクターだった。それで「彼女をぜひ起用しよう!」となってハイジをアクションヒーローに仕立てたんだ。原作で彼女はドイツに半ば拉致されるような状況になったよね。だからこの映画の中でも刑務所のようなキャンプ施設に無理矢理連れて行かれて、そこでクララと出会うことになる。
多様なキャスティングになった意外な理由とは
──ハイジやペーター、クララなどスイス人俳優の枠に収まらない多様なキャスティングが魅力的でした。何か狙いがあったのでしょうか?
サンドロ:スイス人俳優が見当たらないのは、実際のところスイスという国はとても小さくそもそも俳優の数自体が少ないから。ハイジとクララはある程度戦えてスタントもこなせる俳優にしなくてはならないから、本当に限られてくるんだ。それにスイスの観客だけを対象に作るとどうしても市場が小さくなってしまう。だから国際レベルの作品を撮りたいという思いは最初から念頭にあったよ。
ヨハネス:確かにハイジやペーターたちをスイス人ではない見た目にしているけど、ダイバーシティを意識していたというわけではなくて。とくにペーターについては、僕たちはブラックスプロイテーション映画が好きでその要素を彼に反映させているんだ。
それとクララはもともとドイツ人だから、スイス人の目から見れば彼女は外国人。僕たちは日本の映画も好きだから、「じゃあクララ役は日本人にしよう!」という発想だったね。(※クララ役のアルマル・G・佐藤はスペイン人と日本人のハーフで9歳から16歳まで日本で過ごしている)
──ハイジ役のアリス・ルーシーはテコンドー有段者ですよね。やはり主演起用の決め手に?
ヨハネス:この作品は撮影に使える時間が限られていて、最初のキャスティング段階からマーシャルアーツやスタントの心得がある経験者に限定していたんだ。実際にオーディションは僕たちだけじゃなくて、スタントコーディネーターも呼んで参加者の動きを確認してもらったよ。
サンドロ:予算的にスタントダブルが用意できなくて、「スタントを自分でできる人」というのが条件だったね。
──マイリ役のキャスパー・ヴァン・ディーンとアルムおんじ役のデヴィッド・スコフィールドも意外性のあるキャスティングでした。最初から起用を考えていたのでしょうか?
サンドロ:キャスパーについては脚本の段階から彼が主演を務めた『スターシップ・トゥルーパーズ』を示唆する部分があるんだけど、それはやっぱり僕たちが『スターシップ・トゥルーパーズ』のことが大好きだからなんだ。
キャスパー演じるマイリ大統領に限らず、キャスティングはありがちな配役にしないように、観客の期待を裏切ってやろうという狙いが僕たちにはあってね。だから本来悪役に見えない、悪役っぽさのない人を起用したくて。それでキャスパーにスクリプトを送ったら、彼自身もジャンル映画が好きでマイリ役を引き受けてくれたんだよ。
ヨハネス:もともとマイリ役は有名な俳優に演じてほしかった。だから忙しい人でも数日間で撮影を終えられるように、ハイジたちと比べて登場シーンはあまり多くないんだ(笑)。
サンドロ:デヴィッドについてはキャスティングディレクターが彼と個人的に友人でね。ハイジ役のオーディションのときにデヴィッドに候補者の何人か相手をしてもらったんだけど、じつは僕自身デヴィッドを俳優として知らなくて。オーディションで彼を見ていて「この人いいね、最高だ」とキャスティングディレクターに伝えたら、「もう映画の話はしてあって気に入ってくれているよ」と教えてくれた。だからすんなりアルペヒ(アルムおんじ)役に決まったんだ。
──アルムおんじは銃も構えて只者ではない雰囲気を出していますが、どのような過去を秘めているのかバックボーンのアイデアはありますか?
ヨハネス:映画の冒頭、20年前に独裁政権が樹立してチーズ工場の前で抗議活動をしている人たちが映るよね。あのシーンはレジスタンス活動をしているのがハイジの両親で、アルペヒがレジスタンスのリーダーだと想定しているんだ。
抗議のさなかハイジの両親が殺され、アルペヒも片目に傷を負って眼帯をつけるようになった。それからみんなレジスタンス活動ができなくなってアルペヒも山に隠遁するけど、ハイジがトラブルを起こしてそれを持ってきてしまうんだ。
本場スイスのおススメチーズは「グリュイエールチーズ」
──マイリ大統領は自社チーズしか認めない独裁者という悪役です。独裁者がいることの怖さも感じましたが、どのようにキャラを作りあげたのでしょうか。
サンドロ:彼はナルシストだよね。それに人々から崇拝されたい人でもあって、実際に独裁者になりたいというよりは自分を愛しすぎてしまったんだ。インスピレーションをどこから得たのかというと、北朝鮮の独裁政権やリビアのカダフィ、イタリアのベルルスコーニといった人物だね。
それとマイリはチーズビジネスの経営者として「乳糖不耐症」の人々をターゲットにしているけど、実際の問題として国の中でなんらかの理由でマイノリティの人が迫害を受けている現実がある。『マッド・ハイジ』はチーズを使った馬鹿げた話にしているから一見わかりづらいかもしれないけど、世界で起きていることの比喩になっているんだ。
──ペーターの話になりますが、違法チーズの闇売買というアイデアに思わず笑ってしまいました。さすがに作り話というか、本国スイスではないですよね……?
ヨハネス:この作品は現実に基づいた話ではないけど、実際にチーズマフィアはいるよ。正式なルートを通さず税関にかかる費用を誤魔化そうっていう魂胆だけど、闇売買に手を染めるペーターはそのエピソードになぞらえたわけではないかな(笑)。
──名作をバイオレンスに描いたマッドぶりとオープニングからチーズへの情熱を感じる作品でした。最後におふたりのおススメのチーズを教えてください。
サンドロ、ヨハネス:(笑)
サンドロ:そうだなあ、僕はグリュイエールチーズかな。穴の開いていないタイプのチーズだね。
ヨハネス:スイスでは穴の開いたエメンタールチーズが有名だけど僕も好きじゃないな(笑)。グリュイエールチーズといえば、ぜひグリュイエール村を訪ねてみてほしい。ここには城が建っていて、『エイリアン』のデザインを手がけたH・R・ギーガーのミュージアムになってるんだ。以前彼のバーが東京にもあったよね。城にはギーガーが埋葬されているからお墓参りもできるよ。
(取材・文=葦見川和哉)
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