『屋根裏のラジャー』アニメ映画に疎い大人にこそ観てほしい理由
あなたには、いただろうか。自分だけに見える、特別な空想の友達が。
幼少期に出現することがあるという、いわゆる「イマジナリーフレンド」を題材にした長編アニメーション映画『屋根裏のラジャー』が2023年12月15日(金)より公開されている。スタジオジブリの制作部門にいた西村義明プロデューサーが設立したスタジオポノックが打ち出す、2作目の長編だ。
冒険譚+勧善懲悪+ホラー要素が絶妙に織り重なったストーリーは、きっと、アニメーションや児童文学から離れて久しい大人こそハマる。
大人が観てもおもしろい“3つ”の理由
© 2023 Ponoc『屋根裏のラジャー』が、大人にこそハマる児童文学アニメーションとなっているポイントを3つ挙げる。
- 王道な冒険譚
- 勧善懲悪なストーリー
- ピリッと締まるホラー要素
1:王道な冒険譚
© 2023 Ponoc主人公・ラジャー(寺田心)には、実体がない。アマンダ(鈴木梨央)という少女が生み出した、想像の世界に住む架空の存在だ。母が営む本屋の屋根裏部屋が、彼らの遊び場。アマンダの想像力によって、二人はどんな世界にだって飛んでいける。
ある意味、空想の世界で完結していたラジャーとアマンダが、自らの夢と大切な友人を賭けた大冒険をすることになる。そのきっかけとなったのは、謎の男・バンティング(イッセー尾形)。大人でありながらイマジナリーフレンドを連れた風変わりな彼が、ある日、アマンダたちの本屋にやってきたのが“引き金”となった。
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そこから始まる冒険に、否応なくワクワクしてしまう。あくまでラジャーは架空のイマジナリーフレンドで、アマンダが忘れてしまったら消える存在だ。抗えないほどの強い力で引き裂かれそうになる二人が、自分たちの暮らしを守るため懸命に力を尽くす。
忘れられたくない、ずっと一緒にいたい。そんな想いを土台にしつつも、ラジャーとアマンダの心にあるのはいつだって、お互いに対する真摯さだ。ラジャーはアマンダを、アマンダはラジャーを信じているからこそ、現実と想像の狭間で離ればなれになりそうになっても、強くいられる。王道ではあるけれど、子どもの頃に胸を熱くした冒険を思い出すからこそ、大人に刺さるはず。
2:勧善懲悪なストーリー
© 2023 Ponocまた、勧善懲悪なストーリーも良い。ネタバレになってしまうため詳述は避けるが、悪い存在は紛うことなき悪として裁かれる。
謎の男・バンティングが抱える背景や苦しみは、そう簡単に夢を見られなくなった大人の立場からは、推しはかれる部分もあるだろう。しかし、子どもの視点からは見えにくい。大人と子ども、対立しがちな相反する存在が、物語の構造としても象徴的に浮き彫りにされている。
3:ピリッと締まるホラー要素
© 2023 Ponoc王道な冒険譚、勧善懲悪なストーリー。この二面に良いスパイスを与えているのが「ホラー要素」だ。
子どものころに読んでいた児童文学作品には、時折うすら寒くなるほど怖いエピソードがあった。『ヘンゼルとグレーテル』などのグリム童話も、原典はとても子ども向きとは思えないほど怖い話が多いという。児童文学とホラー要素は、なかなか切り離せない関係性にある気がしてならない。
『屋根裏のラジャー』にも、思わず身を固くしてしまうシーンがある。謎の男・バンティングが連れている、黒衣の少女(イマジナリーフレンド)の棒立ち感が、なんとも怖いのだ。彼女がなぜ一言も喋らないのか、感情も表情もない姿でバンティングに付き従う理由は、本編を観るとわかってくる。
「子ども」から「大人」になるとき
© 2023 Ponoc私たちは、いつから大人になるのだろうか。子どもだったころの記憶はあっても、大人になった瞬間を明確に覚えているだろうか。
20歳になった、お酒が飲めるようになった、タバコが吸えるようになった、添い遂げたいと思う恋人と出会った、やりたい仕事を見つけた……。人によって、大人になったと思える瞬間や、その基準はさまざまだろう。
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子どものころのように、何の制約もなく自由に、みたい夢をみられなくなった。悲しく、寂しいことかもしれないけれど、「夢をみられなくなった=現実を直視せざるを得なくなった」点も、子どもから大人への転換を象徴しているのではないだろうか。
本作『屋根裏のラジャー』では、子どもと大人の線引きがハッキリしている。それは夢をみられるかどうか、つまり「想像力があるか」「イマジナリーフレンドが見えるかどうか」だ。
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子どものころにイマジナリーフレンドが見えていても、大人になるにつれ必ず、その存在を忘れてしまう日がくる。イマジナリーフレンドのことを忘れる=大人になる、という構図が明確に敷かれている映画でもある。
この映画を観ていて、大人でも思わず胸を熱くしてしまう理由は、上記の「抗えない大きな波」に必死で抵抗しようとするアマンダとラジャーの姿が、鑑賞者それぞれの原風景と重なるからではないか。
作中、とあるアクシデントがアマンダを襲い、ラジャーと離ればなれになってしまうシーンがある。いわばそれは、アマンダが年齢や経験を重ね、少しずつ大人になっている事実をオマージュしている。子どものままでいたい、大人になりたくないと願っても、時間は平等に過ぎていく。人一倍、想像力が豊かなアマンダにとっても、時間の波には逆らえない。
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離ればなれになったアマンダとラジャーは、幾度も降りかかる困難や、バンティングの攻撃に耐えながら、自分ではなく相手のために動く。大人になることが悪いわけではない。
しかし、大人になったことを後悔しないために、二人は冒険をする必要があった。イマジナリーフレンドとともに過ごした時間を「なかったことにしない」ために、過去をいつでも取り出せるようにしておくために。
それは、未練ではない。子どものままでいたいという、甘えでもない。アマンダとラジャーの冒険は、お互いが然るべきステップを踏んで「大人」になるための、通過儀礼だったのだ。
『メアリと魔女の花』との比較
2017年に公開された、スタジオポノックの長編一作目『メアリと魔女の花』も、11歳の少女・メアリ(杉咲花)と12歳の少年・ピーター(神木隆之介)の冒険物語だ。
偶然に魔法の力を得たメアリは、とあるアクシデントから魔女の国に迷い込む。素晴らしい魔法の才能があると勘違いされた彼女は、あれよあれよと魔法の学校「エンドア大学」に入学する流れに持ち込まれてしまう。
しかし、彼女が持つ花「夜間飛行」をめぐってのトラブルが勃発。メアリのせいで巻き込まれる形となったピーターとともに、なんとか魔女の国から脱出しようと二人は力を合わせる。
『屋根裏のラジャー』ならびに『メアリと魔女の花』も原作がある作品のため、安易に並べて比較する意味合いは強くない。
しかし、どちらも年少の少年少女が主人公であること、現実から異世界を行き来し、大冒険することが彼らの成長につながっている点が共通している。この共通点から、スタジオポノックは「子どもと大人の架け橋となるような作品」を、アニメーションで実現させようとしている、と読み取れる。
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子どもは頼りない存在だ。身体も小さく、できることが少なく、制限も多い。しかし、アマンダには想像力があった。そして、メアリは(一時的にではあるが)魔法の力を手にした。
大人にも負けないほどの力を使って、またはその力のせいで、彼らは冒険をし、成長する。この過程があってこそ、子どもは大人になるための準備を整える。たとえそれが無意識であっても。
大人になるにつれ、大人でいる時間が長くなるにつれ、子どものころの冒険を忘れてしまうものだ。実際、アマンダの母・リジー(安藤サクラ)自身が子どもだったころにもイマジナリーフレンドがいたが、大人になって忘れてしまった。
子どものころに見聞きしたもの、経験したできごとを体内にためながら大人になるにもかかわらず、その事実を忘失する。『屋根裏のラジャー』ならびに『メアリと魔女の花』は、子ども向けにつくられているのはもちろんのこと、一枚めくれば「大人に向けたメッセージ」がパンパンに詰まった作品なのだ。
【関連コラム】『メアリと魔女の花』はなぜ賛否両論なのか?監督の歩みから、その面白さを読み解く
豪華制作会社が作画協力
© 2023 Ponoc胸沸き立つストーリーやキャラクターたちに、確かな存在感と説得力を与えているのが、流麗で伸びやかなアニメーションである。『屋根裏のラジャー』では、フランスのクリエイターたちが迎えられた。スタジオポノックが培ってきた実績と合わせ、技術のコラボレーションが実現している。
『メアリと魔女の花』に続いてプロデューサーを務める西村義明を筆頭に、監督は百瀬義行、作画監督は小西賢一と、間違いのない盤石な布陣が敷かれた。
百瀬監督は、まさに日本のテレビアニメ界を象徴するキャリアを持ち、スタジオジブリでは『火垂るの墓』(1988)から『かぐや姫の物語』(2013)まで関わっている。
小西作画監督も同じくスタジオジブリにて長らく作画監督として活躍していた経歴があり、かつ『屋根裏のラジャー』に欠かせない、イマジネーションを体現した背景美術についても、スタジオジブリの美術スタッフが多く参画している背景美術スタジオ「でほぎゃらりー」が担当している。
作画協力として「スタジオ地図」や「スタジオコロリド」も名を連ねている。ジャパンアニメーションとして一大文化を築く日本の、新たな代表作となる可能性を感じる。スクリーンで観るからこそ魅力が倍増する、光と影の陰影を効果的に生かしたアニメーション技術は、アマンダやラジャーの冒険をよりダイナミックに見せてくれる。
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記事末にはなるが、ラジャー役の寺田心、ならびにアマンダ役の鈴木梨央の名演にも触れたい。寺田は、アニメーション声優に挑戦するのは今作が初。そうとは思えないほど堂々たる声色で、安藤サクラや仲里依紗、イッセー尾形など名だたる俳優と並んでも見劣る点は一切ない。
鈴木に関しても同様で、子どもらしいフレッシュさは温存したまま、作品の水準を何段階も上げるプロの仕事を見せてくれている。彼らは2023年現在、10代だが、もはや子役や年齢といった概念さえ消し飛ばしてくれるようだ。
これだけ存在感のあるスタジオポノックが、長編作品としては未だ2作しか打ち出していない事実に、驚きと、今後への期待で胸中が満たされる。
『屋根裏のラジャー』は間違いなく、子どもはもちろん大人も満足感に包まれる作品だ。そして、早くも次作を渇望するきっかけとなる作品になるだろう。
(文:北村有)
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