「虎に翼」小野さん(堺小春)の聴力のすごさに驚いた<第89回>
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2024年4月1日より放送スタートしたNHK連続テレビ小説「虎に翼」。
日本史上で初めて法曹の世界に飛び込んだ女性をモデルにオリジナルストーリーで描く本作。困難な時代に生まれながらも仲間たちと切磋琢磨し、日本初の女性弁護士となる“とらこ”こと猪爪寅子を伊藤沙莉が演じる。
ライター・木俣冬がおくる「続・朝ドライフ」。今回は、第89回を紐解いていく。
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平等とは何なのか
「私が気を揉ませてしまったせいで心配をかけた」
(金顕洙)
朝鮮語の翻訳間違いで「燃やした」ではなくて「気を揉ませた」であることが
香淑(ハ・ヨンス)によって判明しました。
気を揉ませてしまったせいで心配をかけたという文章が、頭痛が痛い的な印象もあり、これが「普通」かどうかは議論の必要を感じます(「私のしたことのせいで気を揉ませてしまった」では誤訳の展開が成立しなくなるのでしょうけれど)が、ともあれ、燃やすではなかったことがわかったのは一歩前進です。
それを寅子の家の外でたまたま聞いた小野(堺小春)が思い詰めたように訪ねてきて、朝鮮人である香淑と日本人の汐見(平埜生成)がどうやって結婚できたのか訊ねます。彼女は、朝鮮人との結婚を家族に反対され、普通の日常を壊すことをおそれ婚約解消したことを悔やんでいました。
香淑は香子と名を偽って、寅子以外には自分が日本にいることも明かさず隠れるように暮らしているはずですが、小野に知られてしまったことに動揺しているようには見えません。それはさておき、香淑が名前を変えてでも結婚を思いきったのは「好きになった相手が日本人だった。それだけ」の理由です。
苦労を買ってでも一緒にいたい相手だったということなのでしょう。その強い覚悟が小野には伝わったでしょうか。
香淑の覚悟は、新潟まで来たにもかかわらず、涼子(桜井ユキ)と玉(羽瀬川なぎ)にも会わずに帰ってしまったらしいことでもわかります。それだけ何かを捨てる覚悟が小野の恋にはあったかーー。
寅子は香淑にふたりがいる話はしたのかしないのか。いや、「虎に翼」はあとから続きが書かれることがあるので、いまはなんとも判断はできません。もしかして、あとから、寅子が香淑に涼子の話をしたこと、ライトハウスに立ち寄ったことなどが描かれる可能性もあります。
翻訳の誤りがわかったことをきっかけに、なんやかんやあり金顕洙(許秀哲)は無罪になりました。
月日が経過し、はじめて雪が積もった頃、控訴の申し立てもなく、無罪確定。
一件落着ですが、入倉(岡部ひろき)が何かにおびえているような顔をしていたため寅子は、溝を埋めようとライトハウスに誘い、おせっかいにも話を聞きます。そこには杉田兄弟(高橋克実、田口浩正)も来ていました。
入倉は、歴史を知らない自分は偏見もなく、朝鮮人に対して普通にふるまっているつもりだが、向こうから敵対視してくるものだから態度が硬化してしまうのだと語ります。それを聞いた寅子は
「いやな行動されて気分が悪くなるのは当たり前。でも入倉さんは踏みとどまれてるじゃない」
(寅子)
そう入倉を肯定します。
この回、重要なのは、この「踏みとどまる」ではないかと感じます。
即物的な、短絡的な言動を控え、最適解を考え続けることしか道はない。
寅子は、優未(竹澤咲子)が山に行く話から、自身がかつてかっとなって他者に怪我を負わせた(花岡を崖から落とした)ことを思い出していました。寅子は、若い頃、踏みとどまることができなかった。でも、様々な体験を経て、いまは「踏みとどまる」ことの重要性を学びはじめています。
汐見は、異国の人との結婚にまだ解決策は見つかっていないが、いつかそれが見つかるまで、「自分に正直に」生きていくしかないと語っています。
関係性をぶち壊すことなく、踏みとどまり、なおかつ、信じた道を粛々と進む。人間が皆、それができたら、きっと平和が訪れる、そんな気がします。
大好きな憲法第14条に書かれた平等について「あきらめずに向き合うしかない」のかと悩む寅子の話を聞いた太郎は、平等について考えられるのは、学があるか余裕のある者ばかりだとやや冷ややかに言います。
そんなことは考えていられない人もたくさんいる。ましてや、戦争で、それまで当たり前にあったものが何もかもなくなって塗り替えられたと思っている人だっている。それは空襲で娘や孫を失った自身のことでもあるようです。
ここでまた興味深いのは、杉田兄弟の立ち位置です。彼らは、地元の名士をはじめとして土地の人たちとあらゆる手を使ってうまくやっていこうとしているわけですが、今回、朝鮮人の弁護を引き受けていることです。兄弟はたぶん、平等という考えに基づいてやっているわけではないでしょう。もしかして、手紙の誤訳をそのままスルーしそうになったのは地元とつながっているからかもしれません。
寅子の指摘によって、翻訳をし直したものを証拠として提出し、無罪を勝ちとった杉田弁護士たち。彼らは真実とか正義とかを基準にしていないように感じます。ただ、いまを生きるために仕事をしているに過ぎないのでしょう。じつのところ、そっちのほうが平等という言葉にふさわしいかもしれないなんてことも思ったりするのです。そう思わせるのは、高橋克実さんと田口浩正さんの芝居が滋味深いからかなとも思います。いかに、平等、公平、真実、正義というような言葉はあやふやなものか。
(文:木俣冬)
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