こんな男に惚れてはいけない!!――日本映画に描かれた“どうしようもない男たち”の肖像――昭和クズ男列伝

金曜映画ナビ

映画という芸術は、時代を映す鏡であり、人間の本質をあぶり出す装置でもある。

特に昭和の日本映画には、愛すべきダメ男や、どうしようもないクズ男が数多く登場し、観る者の心を揺さぶってきた。

彼らの行動に憤り、呆れ、そしてどこかで共感すらしてしまうのは、人間の複雑さゆえだろう。

今回は、昭和の名作映画から、特に“クズ男”の生き様が強烈に描かれた3作品を取り上げる。

観る者に衝撃と余韻を与え続けるこれらの作品を通して、昭和という時代が孕んだ闇と情熱、そして人間の弱さと愛の在り方に迫っていく。


『女の一生』(1967年)——誠実そうな仮面の裏に潜む、最低な裏切り夫

(C)1967 松竹株式会社

野村芳太郎監督による文芸大作『女の一生』は、世界的文豪モーパッサンの原作をもとに、戦後日本の旧家を舞台に置き換えて描いた作品である。

脚本は、山田洋次と森﨑東との共同執筆。

日本アルプスを望む信濃路の美しい四季を背景に、一人の女性の波乱に満ちた人生が丁寧に描かれる。

あらすじ

昭和21年春、長い療養生活から信濃の旧家に戻ってきた弥生伸子(岩下志麻)は、戦死した兄の戦友・御木宗一(栗塚旭)と出会い、やがて結婚する。

(C)1967 松竹株式会社

伸子は幸せな生活を夢見ていたが、御木の本性は次第に明らかになっていく。

彼は財産目当てで優しさを装っただけの男であり、結婚後は粗暴で女にだらしない姿をさらけ出す。

伸子は夫の裏切りに苦しみ、唯一の拠り所だった息子・宣一(田村正和)にも見放され、孤独のなかで人生を見つめ直していくことになる。

クズ男ポイント

(C)1967 松竹株式会社

御木宗一は、最初から金目当てで伸子に近づく。

人間としての誠意もなく、伸子の体調や感情を思いやることもない。

結婚という契約で得た立場を利用し、伸子に精神的虐待を与えるだけでなく、他の女性に手を出し、浮気を繰り返す。

何よりの罪は、伸子の人生を支配し、心を摩耗させる存在でありながら、それに無自覚なことだ。

岩下志麻が気高くも哀しい女性を見事に演じており、その痛みを伴うリアリティは観る者の胸を打つ。


『秋津温泉』(1962年)——何度も裏切るくせに、最後は都合よく甘えるダメ男

(C)1962 松竹株式会社

吉田喜重監督が手がけた『秋津温泉』は、岡田茉莉子の映画出演100本目を記念して彼女自身が企画した、切なくも激しい青春ロマンスである。

原作は藤原審爾の同名小説。

あらすじ

(C)1962 松竹株式会社

舞台は昭和20年の岡山・秋津温泉。死を求めて彷徨っていた青年・河本周作(長門裕之)は、結核で倒れたところを温泉宿の娘・新子(岡田茉莉子)に介抱され、生きる力を取り戻す。

だが、周作は新子の純情を裏切り、何度も彼女の前に現れては甘え、去っていく。

数度の再会を経ても、周作のだらしなさは変わらず、女に溺れ、社会に流されるだけの堕落した男へと変貌していく。

それでも新子は彼を愛し、最後には命まで差し出すのだった。

クズ男ポイント

(C)1962 松竹株式会社

河本周作のクズさは一級品だ。

最初は哀れな青年として描かれるが、その後の再登場では酒と女に溺れた堕落の権化として帰ってくる。

人にすがり、利用し、責任は取らず、傷つけていく。

「一緒に死んでくれ」と懇願するくせに、いざとなれば逃げる。

最後は肉体だけを求め、新子の純愛を踏みにじる。

岡田茉莉子の演技が圧巻で、観客は新子の苦しみと美しさに心を奪われる。

全編を通して描かれる愛と裏切りの繰り返しは、まさに“愛すべきダメ男”の縮図といえる。


『復讐するは我にあり』(1979年)——もはやクズを超えた、冷血殺人犯の虚無

(C)1979 松竹株式会社/株式会社今村プロダクション

今村昌平監督が10年ぶりの新作として手がけた『復讐するは我にあり』は、実在の連続殺人犯・西口彰をモデルにした衝撃作。

佐木隆三による原作小説の映画化であり、緒形拳が主演を務める。

あらすじ

(C)1979 松竹株式会社/株式会社今村プロダクション

主人公・榎津巌(緒形拳)は詐欺と殺人を繰り返す連続犯罪者。

専売公社の集金係を殺害して逃走したのを皮切りに、弁護士、旅館の女将とその母など、計5人を殺めながら全国を逃げ回る。

一方、自宅には病身の母と敬虔な父、そして妻子がいるが、榎津は家族を顧みることもなく、逃亡中に女性と関係を持っては捨てる非情さを見せる。

最後は逮捕され、死刑執行ののち、遺骨は山頂から空へ撒かれる。

クズ男ポイント

(C)1979 松竹株式会社/株式会社今村プロダクション

榎津は“クズ”という言葉では到底収まりきらない存在だ。

目的のためなら人を殺すことに一切のためらいがなく、自分の行動を合理化する冷淡さが全編に漂う。

父や妻に対しても愛情は皆無で、感情を持っているのか疑わしくなるほどの虚無感を抱えている。

今村昌平の演出は容赦なく、観客に“人間とは何か”という問いを突きつける。

緒形拳の演技は鬼気迫るもので、ラストまで目が離せない。

(C)1979 松竹株式会社/株式会社今村プロダクション


クズ男を通して見える“人間の業”

三作品に共通して言えるのは、“女性の無償の愛”を、クズ男たちが無残に踏みにじる構図である。

だがそこには、単なる善悪の図式では語れない、人間の業と弱さが浮かび上がる。

御木宗一の計算された裏切り、河本周作の甘えと依存、そして榎津巌の冷酷な暴走。

どの男も、どこかに“人間のどうしようもなさ”が滲んでいる。

だからこそ、彼らの物語は時を超えて観る者の心に残り続けるのだ。

昭和という時代の影と光を映し出したこの3本。

現代に生きる私たちもまた、この“クズ男列伝”に潜む人間のリアルに、思わず見入ってしまうだろう。


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『女の一生』
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『秋津温泉』
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『復讐するは我にあり』
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