映画には、ときどき「この監督は、きっと人間が好きなのだ」と思わされる瞬間がある。
完璧じゃない。むしろ不器用で、情けなくて、欲も見栄もある。
だけど、そんな人間たちが必死に生きている姿を見つめるまなざしに、どこか信頼できるぬくもりがある。
滝田洋二郎監督の作品に触れていると、その感覚が何度もよみがえる。
滝田洋二郎といえば、『おくりびと』を思い浮かべる人も多いだろう。
けれど、その一本だけでこの監督を語ってしまうのは、やはりもったいない。
1993年の『僕らはみんな生きている』、1994年の『熱帯楽園倶楽部』、1999年の『お受験』、2003年の『壬生義士伝』、そして2005年の『阿修羅城の瞳』。
並べてみると、サバイバル・コメディも、家族喜劇も、重厚な時代劇も、伝奇ロマンスも撮れてしまう振れ幅に、あらためて驚かされる。
しかも、どのジャンルにいても、最後に立ち上がってくるのはいつも“生きる人間”の顔だ。
極限状態でも、どこか滑稽だ――『僕らはみんな生きている』

『僕らはみんな生きている』は、アジアの架空国タルキスタンでクーデターに巻き込まれた日本人商社員たちを描くサバイバル・コメディ。
原作・脚本は一色伸幸、撮影は浜田毅、音楽は清水靖晃。
松竹公式によれば、政情不安のタイで75日間にわたる長期ロケを敢行して完成した一本だという。主演は真田広之、共演に山﨑努、岸部一徳、嶋田久作。顔ぶれを見ただけでも、ただごとではない。
この映画の面白さは、“命がけ”の状況に放り込まれても、彼らがやはり日本的なビジネスマンであり続けてしまうところにある。
逃げなければならない、助からなければならない――そんな切迫の中でも、損得や面子や立場がついて回る。
その情けなさは、確かに笑える。
だが同時に、そこには妙なリアリティがある。
滝田洋二郎はこの作品で、ヒーローではない普通の男たちが、極限状況でなお“社会人”であろうとしてしまう哀しさと可笑しみを見事にすくい取った。

そして、その可笑しみはただのギャグでは終わらない。
生き残ろうとすることの泥くささ、格好悪さ、でもその格好悪さの中にこそ滲む人間らしさ。
滝田作品を貫く大きな魅力が、すでにこの時点ではっきり見えている。
完璧な人間ではなく、むしろどうしようもなく俗っぽい人間にこそ、映画の熱を与える監督なのだ。
ほどける日常、ほどけきらない心――『熱帯楽園倶楽部』

翌1994年の『熱帯楽園倶楽部』もまた、一色伸幸とのコンビによる作品で、舞台は同じくタイ・バンコク。
会社勤めに嫌気がさした女性添乗員が、詐欺師たちと出会い、騒動に巻き込まれていくコメディである。
主演は清水美砂。
萩原聖人、風間杜夫、白竜、岸部一徳らが脇を固め、撮影も『僕らはみんな生きている』と同じ浜田毅が担当している。
本作を前作に続く“東南アジアを舞台にしたコンビ作”と位置づけている。
この映画には、前作よりも少しだけ風通しのよさがある。
もちろん騒動は起きるし、登場人物たちは相変わらず危うい。
けれど、『僕らはみんな生きている』が「組織の中の男たち」の右往左往だったとすれば、『熱帯楽園倶楽部』は、もっと個人的な“逃走”の匂いが濃い。
仕事に疲れ、きちんとした人生に息苦しさを感じている女性が、異国の熱気の中で、いっとき別の生き方に触れてしまう。
その揺らぎを、滝田は軽やかに、しかし雑には扱わない。

重要なのは、ここでも滝田洋二郎が異国情緒を飾りとして使っていないことだ。
タイという土地は、登場人物の人生を少しだけ緩め、少しだけ本音を露出させる場所として機能している。
日本にいたらこぼれ落ちないものが、海外ではふっと表に出る。
そのとき人は自由になるのか、それとも自分の輪郭を失うのか。
そんな危うさを、コメディの呼吸のなかに忍ばせているところがうまい。明るいのに、どこか切ない。
滝田洋二郎が人間の“逃げたい気持ち”に寄り添う監督であることがよくわかる一本だ。
笑っているのに、胸が痛い――『お受験』

1999年の『お受験』になると、舞台は日本の家庭へと戻ってくる。
娘の小学校受験と父親のリストラ。
平和に見えた家庭に、二つのプレッシャーが同時に押し寄せるファミリー・ドラマだ。
原案・脚本は一色伸幸、撮影は栢野直樹、音楽は佐橋俊彦。
主演は矢沢永吉と田中裕子。
題材だけを見ると、いかにも“90年代末”の不安が詰まっている。
子どもの進学競争、親の見栄、家族の体面、そしていつ自分の足元が崩れるかわからない雇用不安。
笑える場面はたくさんあるのに、この映画を観ていると、だんだん笑いが他人事ではなくなってくる。
なぜなら、ここで描かれているのは、特別な家族ではなく、どこにでもいそうな一家の切実なサバイバルだからだ。

滝田洋二郎は、この手の題材を必要以上に深刻にはしない。
だが、軽くも扱わない。
そのさじ加減が絶妙なのだ。
受験という、日本ではしばしば“家庭の総力戦”になってしまう出来事を、喜劇として転がしながら、その裏にある親の焦りや生活の不安をちゃんと見せる。
笑っていたはずなのに、ふと胸の奥が冷える瞬間がある。
社会の圧力が、いつのまにか家庭の中にまで入り込んでいることに気づかされるからだ。
滝田洋二郎は、時代の空気を人間ドラマに変えるのがうまい。
『お受験』は、その手腕が非常によく出た一本と言える。
人情時代劇として結実した代表作――『壬生義士伝』

そして2003年の『壬生義士伝』。
ここで滝田洋二郎は、監督としての評価をさらに大きく押し広げた。原作は浅田次郎、脚本は中島丈博、撮影は浜田毅、音楽は久石譲。
幕末の新選組を舞台にしながら、英雄譚ではなく、家族のために金を求める一人の男・吉村貫一郎を中心に据えた人情時代劇である。
主演は中井貴一、共演に佐藤浩市、三宅裕司、中谷美紀ら。
第27回日本アカデミー賞では最優秀作品賞を受賞し、中井貴一が最優秀主演男優賞、佐藤浩市が最優秀助演男優賞を受賞した。
滝田洋二郎自身も優秀監督賞に選ばれている。
本作の強さは、新選組という人気題材を扱いながら、結局のところ「何のために人は刀を取るのか」という一点に向かっていくことだ。名誉のためか、義のためか、時代のためか。そうした大きな言葉を押しのけるようにして、吉村貫一郎は“家族を食わせるため”に剣を振るう。その姿は、立派というより痛切だ。だが、その痛切さこそがこの映画を忘れがたいものにしている。

思えば、滝田洋二郎はずっと、制度や時代に追い詰められた人間を撮ってきた。
『僕らはみんな生きている』の商社員も、『お受験』の家族もそうだった。
『壬生義士伝』は、それを時代劇という大きな器の中で結晶させた作品だ。
歴史を描いているのに、そこにいる人々の息遣いは驚くほど身近で、生々しい。
だから泣ける。
しかも、その涙は安易な感動ではなく、「生きるとはきれいごとでは済まない」という厳しさを通った先にある。
滝田洋二郎の代表作として語られるべき理由が、ここにははっきりある。
絢爛たる“過剰”を映画にする――『阿修羅城の瞳』

『壬生義士伝』の次に『阿修羅城の瞳』を置くと、滝田洋二郎という監督の射程の広さにあらためて目を見張る。
2005年公開。劇団☆新感線の人気舞台を映画化した時代劇エンタテインメントで、主演は市川染五郎と宮沢りえ。
撮影は柳島克己、音楽は菅野よう子。
文化文政の江戸を舞台に、鬼の王・阿修羅になる宿命を負った女と、元腕利きの鬼祓いの男の恋を描く。
この作品の魅力は、何といっても“ケレン味”だ。
鬼、宿命、恋、芝居小屋、江戸の闇、豪奢なビジュアル。
要素だけ並べれば、過剰になっても不思議ではない。
だが滝田洋二郎は、その過剰さを恐れない。
むしろ真正面から引き受け、映画ならではの興奮に変えていく。
だから『阿修羅城の瞳』は、単なる舞台の映像化には終わらない。
スクリーンサイズの昂揚があり、ロマンスの湿度があり、伝奇ものとしての陶酔もある。

ここで見えてくるのは、滝田洋二郎が“リアルな人間ドラマ”だけの監督ではないということだ。
人の感情をきちんと捉えられるからこそ、様式の強い作品でも芯を失わない。
どれだけ絢爛で、どれだけ物語が大きくなっても、最後に観客の胸に残るのは、出門とつばきの切実な感情である。
大仰さの中に、ちゃんと人間がいる。
そこにこの監督のうまさがある。
滝田洋二郎は、ジャンルではなく“人間”を撮っている
こうして5本を見渡してみると、滝田洋二郎はジャンルを渡り歩く監督というより、むしろどんなジャンルにいても“人間の必死さ”を撮り続けてきた監督だとわかる。
会社員も、添乗員も、受験家庭の父母も、新選組隊士も、鬼に恋する男と女も、みな生きるためにあがいている。
その姿は格好よく決まりきらない。
時に滑稽で、時に哀しい。
けれど、だからこそ心に残る。
『おくりびと』によって、滝田洋二郎の名は世界に届いた。
だが、その前から彼はずっと、人間の弱さと可笑しみと切実さを、映画の中で丁寧にすくい上げてきた。
その積み重ねがあったからこそ、あの一本にも深い体温が宿ったのだろう。
笑えて、しみて、時に胸をえぐる。
しかも、しっかりエンターテインメントでもある。
滝田洋二郎監督の映画は、やはり豊かだ。
今あらためて振り返ると、その豊かさは一本ごとに違う色でこちらを照らしてくる。
だからこそ、代表作だけで満足するのは惜しい。
寄り道するようにこの5本に触れてみれば、滝田洋二郎という監督の輪郭は、きっともっと立体的に見えてくるはずだ。
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『僕らはみんな生きている』
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