ゴッホに全てを捧げた男の“驚きの選択”──『世界で一番ゴッホを描いた男』が映す人生の旅路

© Century Image Media (China)

フィンセント・ファン・ゴッホをテーマにした映画は、これまでにも数多く存在してきた。昨年は全編が油絵風のアニメーションで表現された『ゴッホ 最期の手紙』が公開され、さらにウィレム・デフォーがゴッホ役を演じ「第75回ベネチア国際映画祭」最優秀男優賞を獲得した『At Eternity’s Gate(原題)』の日本公開を待つファンも多いだろう。

そんな中、これまでとは違った角度でゴッホという天性の画家を見つめるドキュメンタリー映画『世界で一番ゴッホを描いた男』が、10月20日から順次公開される。とはいうものの、今回スポットが当てられたのはゴッホその人ではなく、彼の絵を20年にわたり“複製”し続け、人生そのものを捧げることになったチャオ・シャオヨンというひとりの中国人男性。本作は中国の複製画制作現場でのシャオヨンの姿を見せつつ、彼の苦悩と人生そのものを真正面から捉えたドキュメントになっている。

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中国で成立している“複製画”ビジネスの現実

本作の舞台となったのは、中国・深圳の大芬(ダーフェン)。同地は複製画が産業として成立しており、“世界最大の油画村”とも呼ばれている。シャオヨン自身も1996年に出稼ぎで訪れ、ゴッホの絵画と出合って以降、独学によって複製画を制作。彼もまたビジネスとして複製画の取り引き先を複数抱えており、生活のためにシャオヨンだけでなく妻らとともに次々と複製画を仕上げていく。

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最初に驚かされるのは、有名絵画の複製画制作が産業として成立していること、そしてその制作現場における過酷な現状だろう。シャオヨンたちが手掛けているのはあくまで“複製”ではあるものの、それは商品として中国国内だけでなく世界中へと搬出されていく。また毎年数百万点の油絵が制作されるというダーフェンの制作現場では常に時間との闘いが繰り広げられ、“いかに本物に近づけるか”も厳しい目でチェックされながら、次から次へと複製画が量産されている。油絵本来の技法で筆やナイフを使い、一見すると時間をかけて油絵の具を重ねているようにも見えるが、時間をかければかけるほどコストパフォーマンスは悪化するというのが現実。また少しでもオリジナルのタッチから逸れてしまえば当然のことながら細部にわたって修正を強いられ、実際に劇中でもまだ不慣れなのか叱責を受けて筆を投げ捨てる青年も。その姿から現場に走る特異な緊張感が伝わってくるはずで、また労力の割に儲けが少ないため人手も減少している現実も本作を通して知ることになる。

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複製といってしまえば一言で終わってしまうが、“されど複製”ともいうべき情熱がシャオヨンの絵筆からはほとばしる。それはやがてビジネスを超えた創作へのひたむきさへとつながり、彼の個性あるいは人間性すら浮き彫りにしていく。筆を走らせながらその眼差しはゴッホ本人へと向けられ、ゴッホの手によるオリジナル原画を実際に目にすることでゴッホに近づけるのではないかという目標へと変化する。一体シャオヨンを駆り立てるものはなんなのか? その原動力は、彼が故郷を訪ねた際に自ら口にすることになる。その苦境は我々日本人からすれば驚くべきものであり、涙ながらに語るシャオヨンの姿は思わず胸が苦しくなるほどだ。

──職人か、芸術家か

シャオヨンはかつて経験した苦しみをバネに、筆を握った。どれだけの感情が複製画に注がれてきたのかは彼しか知る由もないが、その緻密な描写の再現は独学で手に入れたとは思えない技法であり、素人目には複製なのかもはや判断しようのないレベルにも見える。だからこそ、シャオヨンは悩みもがき続ける。20年もの歳月をゴッホの複製画制作に捧げたシャオヨンは類まれな技術を獲得してしまったからこそ、果たして“職人”なのか、それとも“芸術家”なのかという根幹と向き合うことになる。

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言ってしまえば、複製画に“すぎない”のであるから、本来ならシャオヨンは“職人”なのだろう。しかしいつしか彼が手にしていた表現技法は職人のそれを遥かに超えており、だからこそ“芸術家”でもあるのではないかと、本作は誰にともなく問いかけてくる。それは彼自身が人生を賭して答えを見つけるべき命題であるものの、本作を通して彼の複製画を見続けてきた観客にも、シャオヨンとは「職人なのか、芸術家なのか」を問う。以降全編を通してその主題は否応なしに主張を続け、我々観客を出口の見えない袋小路へと誘っていく。

目の当たりにする現実

やがてシャオヨンの“夢”は叶うことになる。生活費を理由に妻から反対されていたものの、シャオヨンは抑えきれない想いを胸にゴッホ美術館のあるオランダ・アムステルダム行きを決めたのだ。本物のゴッホの絵を目にすることで、必ず何か得るものがあるはずとはシャオヨンの言葉。彼はビジネス関係にあった男性を頼って現地へと向かうが、しかしここでシャオヨンは自身の“作品”が置かれた環境を目の当たりにすることになる。中国を飛び出し、限りなく広い世界の中で作品の価値を目にするはずが、待ち構えていたのはあまりにも皮肉めいた現実。さらにシャオヨンの夢であったはずのゴッホの原画すら、それこそ“本物の芸術”といううねりは非情にも20年向き合い続けた彼を容易く飲み込んでいく。

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本作の冒頭には、「親愛なるテオ 僕は近くへと歩んでいるつもりだが、それは遠いのかもしれない ──フィンセント・ファン・ゴッホ」という一節が提示される。その意味はゴッホの芸術家としての苦悩を表すと同時に、目標を叶えながらそれが却ってゴッホという世界がするりと手から離れてしまったシャオヨンにも重ねることができる。“本物”を目にしたシャオヨンが突きつけられた現実。それは本物に近づいたつもりが実はその土台に立っていたことすら幻想だったという、シャオヨンにとってあまりにも酷な現実だった。つまり、この時点でそもそもの命題であった「職人か、芸術家か」という疑問にほぼ答えが出てしまっているのだ。

帰国した彼の横顔には己の立ち位置を改めて知らされてしまった苦悩が、ありありと浮かび上がる。いつしか観客はシャオヨンという男に魅かれ、同時に彼とともにその痛みを味わうことになる。しかしここからが本作において、ただのドキュメンタリーで終わらない迫真の視点が映し出されることになる。この先は作品の本質的な部分にあたると同じく、シャオヨンの人生における最も重要な岐路に該当するので言及は避けるが、彼が導き出した“答え”にぜひとも注目してほしい。それは「職人か、芸術家か」という命題と改めて向き合うものであり、シャオヨンの答えは“創作”に携わる人々にとっても大きな感動を与えるものだといえる。

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まとめ

本作では“複製画とは何か”という本質的な価値を問うだけでなく、シャオヨンというひとりの人間を通して、改めて“創作”という行為の意味を知るためのドキュメンタリーにもなっている。言うなればシャオヨンは、歩み続けてきた人生の旅路ともいえる足跡で、身をもってその答えを観客に示した。それは本作ありきで導き出されたものではなく、彼が常に歩みを止めなかったからこそたどり着いた必然ともいえるゴールであり、スタート地点でもあった。ゴッホという画家に人生を捧げたシャオヨンの答えをどう受け止めるのか、ぜひ劇場でその余韻に浸ってほしい。

(文:葦見川和哉)

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