『借りぐらしのアリエッティ』徹底解説!わからなかったこと教えます。

(C)2010 Studio Ghibli GNDHDDTW

本日7月7日に、金曜ロードShow!で『借りぐらしのアリエッティ』が放送されます。小人の少女から見た美しい世界、病を抱えた少年との交流など、さまざまな要素が込められた優れたファンタジー作品ですが、登場人物のセリフや行動がやや極端なところがあるため、“ひっかかり”を覚えた方も多いのではないでしょうか。

ここでは、そのひっかかりを少しでも解消するために、“コミュニケーション”を主軸にして、作品を読み解いてみます。

※以下からは『借りぐらしのアリエッティ』のラストを含むネタバレに触れています。これから観ようと思っている方はご注意ください。

1:なぜ翔はアリエッティに「君たちは滅びゆく一族なんだよ」と言ったのか?

病弱な少年の翔が、アリエッティに向かって言った「君たちは滅びゆく種族なんだよ」という強烈なセリフに、ぎょっとした方は多いのではないでしょうか。実は、宮崎駿ともに本作の脚本を手がけていた丹羽圭子は、このセリフについて「ちょっと唐突な印象があるので流れを作るのが難しかった」と語っているのです。

原作となる小説「床下の小人たち」にも似た意味合いのセリフがあり、宮崎駿と鈴木敏夫プロデューサーからもそれは入れて欲しいという注文もあったので、何とかして入れ込まなければならない……と、丹羽さんはおそらく熟考したのでしょう。結果的に、心臓の病を抱えている翔は「自分ももうすぐ死んでしまう」という絶望を抱えており、その思いがふと出てしまったという意図で、丹羽さんは一連のセリフを書き上げたのだそうです。

つまり、翔が言った「君たちは滅びゆく種族なんだよ」は、たくさんの人間がいる中で、自分だけが心臓の病で死んでしまうかもしれないという、自分の運命に対しての怒りそのものであり、それがアリエッティへの“当てつけ”のように出てしまったセリフなのです。翔がこの後に我に返ったかのように「ごめん、死ぬのは僕のほうだ」と言ったことも、その暗い感情があったことを裏付けています。

また、翔は「そのうち仲間は君だけになってしまうんだろう」「どんどん少なくなっているんでしょう」などと、まるでアリエッティが“ひとりぼっち”になることを願っているような物言いもしていました。おそらく、翔は母親が自分を置いて海外へ仕事に行ってしまったという事実が悲しかったがために、家族がいる(さらに他にも仲間がいるという希望を持っている)アリエッティへの嫉妬から、そのような言葉も口にしてしまったのではないでしょうか。

一連のシーンを振り返ると、翔がアリエッティに対して健全なコミュニケーションができていないのは明白です。アリエッティに何の許可も得ずに、彼女の家の天井を剥ぎ取り、ドールハウスの一部を勝手にそこに入れ込んでしまう、という翔の行為はその最たるものでしょう。そして、このまったく噛み合わないやり取りがあってこそ、翔とアリエッティが協力してホミリー(アリエッティのお母さん)を救い出すシーンや、ラストの“別れ”に感動できるようになっているのです。

なお、米林宏昌監督は「君たちは滅びゆく種族なんだよ」というセリフについて、「アリエッティへの愛情の裏返しで、翔はこんなひどいことを言ってしまった。このセリフには翔のいろいろな気持ちが込められていると思います」とも語っています。ひょっとすると、“好きな子だからでこそイジメてしまう”ような、男の子らしい気持ちも表れているのかもしれませんね。

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2:なぜハルさんは執拗に小人を捕まえようとするのか?

「小人たちは本当にいるのよ!」などと主張し、ホミリーをビンの中に閉じ込め、あまつさえハウスクリーニングの業者に捕獲を頼むハルさん……彼女がなぜそこまで小人に執着するのかと言えば、「その昔に小人を見たことがあったのに、誰も信じてくれなかった」ことに起因するのだそうです。

米林宏昌監督によると、ハルさんは屋敷に庭師やお手伝いさんがたくさんいた時、みんなに「小人を見たのよ」と言って回ったのに、誰も信じてくれなかった。その悔しい思いがずっと残っていて、「いつか自分の手で証明してやるわ」と思うようになったのだとか。ハルさんは小人を見つけてお金儲けをしようなどとはまったく考えてはおらず、あくまで自分の信念のためにがんばっているのだそうです。

でも、自分の信念のためとはいえ、自分たちと同じ姿をした小人たちを勝手に捕らえるなんて、とんでもないことですよね。ハルさんは、映画の冒頭でも中途半端な位置にクルマを止めたために邪魔になっていたこともありましたし、周りや相手の気持ちを考えていないようなフシもありました。

興味深いのは、アリエッティの家族が引っ越しを決意する“最後のひと押し”になったのが、そのハルさんではなく、翔が“良かれと思って”ドールハウスの一部をその家に無理やり入れ込んだことであったことです。悪意がある、ないに関わらず、その者の生活を脅かしてしまう行動や発言をしてしまうかもしれない……そんなコミュニケーションの危険性を、本作は示していたのかもしれません。

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3:小人たちの名前は外国人風なのに、なぜ日本が舞台になっているのか?

原作となる小説「床下の小人たち」の舞台は1950年代のイギリスの田舎町ですが、本作では現代の日本(モデルは東京都小金井市)が舞台になっています。小人たちの名前が外国人風であるのに、人間たちは日本人名であることも含めて、違和感を覚えた方も多いのではないでしょうか。

なぜ日本が舞台になったのか……身も蓋もない言い方をすれば“制作上の都合”が理由です。というのも、米林宏昌が初めて長編作品の監督を務めるため、海外の生活習慣や風俗を正確に描くとなると、彼の大きな負担になってしまうという懸念があったのだとか。また、日本人が海外の作品に登場する日本にどこか違和感を覚えてしまうように、日本人が外国を描くとどうしてもおかしなものになってしまうため、きちんと日本を描いたほうが良い、という方針も立てられたのだそうです。

個人的には、“小人たちは洋風で、人間たちは和風”という世界観は、むしろ作品の魅力になっていると感じます。アリエッティたち自身や部屋の壁がカラフルであっても、漢字が描かれた袋や、“魚の形の醤油差し”が映り込むといった画には“ギャップ”のある面白さが満載でした。

そういえば、貞子さんがドールハウスについて「父がイギリスに注文して、小人たちのために作らせたの」と語るシーンがありましたね。なぜアリエッティたちが日本にいるのかはわからずじまいでしたが、彼女たちの発祥の地が原作と同じくイギリスである(かもしれない)ことは、示唆されているのです。

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4:花に添えてあった紙には何が書かれていたのか?

翔がアリエッティにあげた角砂糖には、「わすれもの」と書かれた紙が添えられていました。その後、翔の部屋にカラスが侵入した日の翌日に、翔は同じ排水路の場所に花と紙を置いていたのですが……そこに書かれた内容もわからずじまいになっています。

ごく個人的な意見になってしまいますが、この紙には「姿を見せて欲しい」と書かれていたのではないでしょうか。カラスが侵入した時にも翔とアリエッティは会話をしていますが、アリエッティの姿は“シルエット”でしか翔には見えていませんでしたから(翔はこの前に、庭でも一度アリエッティの姿を見かけていましたが、おそらく彼女の顔まではよく見えていなかったのでしょう)。

ただ、実際に花を返しに来たアリエッティの姿を見た翔は、彼女の“美しさ”に言及した上で、前述したように「これまでも美しい種族たちが地球の環の変化に対応できなくて滅んでいった。君たちもそうなる運命なんだ」などと、ひどいことを言ってしまいます。

結局この場では、アリエッティはただただ「もう私たちに関わらないで」「あなたのせいで家はめちゃくちゃよ」などと翔を責め、翔もまたアリエッティを傷つけるばかり。実際のコミュニケーションでも、メッセージを送って、実際に出会って、姿を確認しただけでは、上手くいくとは限りませんよね。

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5:ラストの別れで“与え合った”ものとは

最後の別れの時、翔は角砂糖を、アリエッティは自身の髪を留めていた小さな洗濯バサミを、お互いに渡します(これは米林監督もお気に入りのシーンだそうで、「翔は消えるものを渡し、アリエッティは残るものを渡しているんですよね」と語っていました)。

今までコミュニケーションにおいてギスギスしっぱなしだった2人が、ホミリーを救うために協力したうえで、夜明けの風景を前に“与え合う”ラストは感動的です。そして、翔は「君は僕の心臓の一部だ。忘れないよ、ずっと」と翔はつぶやきます。

この“心臓の一部”という翔の言葉も、「君たちは滅びゆく種族なんだよ」と同様に、やや仰々しさを感じてしまった方もいるしょう。しかし、この言葉がそのまま、“残るもの”である洗濯バサミとシンクロしていることで、十分な説得力が生まれている、とも思うのです。

アリエッティは、これまでその行動を責めてばかりだった翔に「守ってくれてうれしかった」と感謝を告げました。翔が「君のおかげで生きる希望が湧いてきた」と言ったのも、自身の孤独と絶望のせいで傷つけてばかりだったアリエッティを、“守る”立場になれたことも理由なのでしょう。

これは、今まで一方通行的なコミュニケーションしかできなかった、翔とアリエッティ、それぞれの成長物語とも言えるかもしれませんね。

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おまけその1:“音”をよく聞きながら観てみよう!

本作を再び鑑賞して何よりも感動したのは、“音”の演出でした。たとえば、初めて“借り”をしたアリエッティが翔に見つかってしまうシーンでは、振り子時計の音が、次第にアリエッティの“心臓の音”に変わっていく、という演出になっています。翔の部屋にカラスが侵入し、アリエッティが葉っぱに包まれた時の“周りの音がくぐもって聞こえる”表現も見事というほかありません。

また、ジブリ作品の多くでは、“1回きり”のために収録した“生音”を使うことが多くあります。過去には、全国で数台しかない蒸気自動車の音を録りに茨城県まで出張したり、電気がない時代の環境音を録るためにヨーロッパの地方都市にまで、スタッフが出かけたこともあったのだとか。

その努力の甲斐あって、『借りぐらしのアリエッティ』の劇中の音は(ファンタジー作品であるのにも関わらず)リアルかつ繊細なものになっています。葉っぱの擦れ合う音や、そよ風の音まで、存分に堪能してほしいです。

おまけその2:アリエッティに似たキャラがゲームに登場していた!?

本作のキャラクターデザインを手がけていたのは米林宏昌監督自身。アリエッティのトレードマークとも言える髪留め代わりの洗濯バサミは、「何か人間から借りたものを身につけさせたかった」、「シルエットで彼女とわからせるシーンで必要だった」、「『魔女の宅急便』のキキのリボンのようなある種の自己主張のようなもの」ということで取り入れられたアイデアだったのだそうですが……その昔、アリエッティと同じように、髪に洗濯バサミを付けた女の子が主人公のゲームがあったことをご存知でしょうか。

そのゲームとは、1996年に発売されたニンテンドー64用ソフト『ワンダープロジェクトJ2 コルロの森のジョゼット』。実は、このゲームでキャラクターデザインを務めていた山下明彦は、後にスタジオジブリに所属し、『借りぐらしのアリエッティ』にも作画監督として参加していたりするのです。

『ワンダープロジェクトJ2』の絵柄や世界観には、どこかジブリ作品を思わせるところがあります。ひょっとすると、米林監督もこのゲームも意識していたところもあるのかもしれませんね。このように、有名な作品に関わったスタッフの経歴を遡ると、意外な作品に出会えることも、面白いですよ。

※参考文献

「床下の小人たち—小人の冒険シリーズ〈1〉 (岩波少年文庫)」
「ジブリの教科書16 借りぐらしのアリエッティ (文春ジブリ文庫) 」

(文:ヒナタカ)

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