新海誠監督が『メッセージ』を見て語ったこと

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メッセージ ポスター



5月19日よりSF映画『メッセージ』が公開されます。本作の物語は端的に表せば、“宇宙船が突如として地球にやってきたが、その理由がわからないので、言語学者に意思疎通の手段を探してもらう”というもの。これだけだと単純な内容に思えるところですが、実は人生とは何か、生きる目的とは何か、という深いテーマまでもを掘り下げている、必見の人間ドラマでもあるのです。

さて、本作の予告編の冒頭では、『君の名は。』の新海誠監督のコメントが大きく表示されています。このコメントの意味がさっぱりわからなかった、という方も多いのではないでしょうか。



「ヘプタポッドのあの表義文字がスクリーンに現れた時の感動…!良かった。好きです。」

このコメントの元となっているのは、以下のTwitterでの発言です。



ここでは、“ヘプタポッド”や“表義文字”とはいったい何か?新海監督がなぜ『メッセージ』に感動したのか?について、以下に推測を交えつつ、解説をしてみます。大きなネタバレはありません。

1:“ヘプタポッド”とは何か?


本作『メッセージ』は、中国系アメリカ人のSF作家テッド・チャン著の「あなたの人生の物語」という小説を原作としています。新海監督の発言を顧みるに、この原作小説を読まれていることはほぼ間違いないでしょう。

聞きなれない“ヘプタポッド”とは、劇中の宇宙人の総称です。その見た目は原作において「一個の樽が七本の肢に接合されて宙に持ち上げられているように見えた」などと書かれています。heptaはギリシャ語で“7”を、podは“さや状のもの”を示しており、名前がそのまま宇宙人の見た目を示しているというわけです。

原作ではヘプタポッドの見た目がさらに事細かに書かれていて、この映画ではその特徴をほぼ忠実に再現しています。映像化がしにくいであろうその造形がスクリーンで観られたというだけでも、新海監督は感動を覚えたのかもしれません。

なお、ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督はこのヘプタポッドのデザインについて「クジラのように大きくて力強い存在感をもたせたかった」「夢や悪夢からやってきたような非現実な生き物にしたかった」「死を象徴していて、いわゆる死神のように見せたいカットがいくつもあった」などと語っています。クジラだけでなく、タコ、クモ、ゾウからもインスピレーションを得たという、その不気味ながら、どこか神秘性も帯びた宇宙人の姿に“圧倒される”ことも、本作の大きな魅力になっているのです。




2:“表義文字”とは何か?


“表義文字”の前に、まずは“表音文字”と“表意文字”と“表語文字”の意味を簡単に紹介します。これらの言語学の用語は『メッセージ』の劇中に何度か登場しているので、知っているとより話されている内容が理解しやすいでしょう。



表音文字……“音”を表している文字。例えば表音文字であるアルファベットの“b”や“c”、ひらがなの“あ”や“う”はそれ自体では意味を持たない。表音文字は発音の仕方を表しているので、言葉の意味がわからなくても声に出すことはできる。






表意文字……“意味”を表している文字。例えば表意文字の漢字は文字1つ1つに意味があるため、日本人は中国語を勉強していなくてもある程度書かれていることの意味がわかる。






表語文字……一字ずつが一語を表している文字。表意文字である漢字も表語文字に分類され、別の文字と組み合わせることでより複雑な意味を表すことができる。




原作の「あなたの人生の物語」では、ヘプタポッドは表音文字とも表語文字とも断定できない文字を使うので、主人公の言語学者はそれを表義文字と定義しています。表義文字は「それ自体で意味を有し、他の表義文字との組み合わせによって無限の叙述をかたちづくることができる」と一応の説明はなされていますが、本質的にどのようなものであるかを理解するのはとても困難です。

なぜなら、原作の表義文字は主語と述語の組み合わせがどこにも見当たらなかったり、文字そのものが複雑なグラフィックデザインの寄せ集めに見えるなど、従来の言語の法則が成り立たないものなのですから。しかも、ヘプタポッドの話し言葉は、書き言葉とまったく違う体系になっていたりもするのです。少し言語学を学んだ、という方にとっても、この原作を読むといい意味で頭がこんがらがってしまうかもしれません。

この表義文字が具体的にどのような“形”をしているかは、小説だけでは想像がしにくいものですし、そもそも映像化が不可能とも言えるくらいに抽象的な書かれ方をしていました。

新海監督が「あの表義文字がスクリーンに現れた時の感動……!」と発言した理由は、原作小説では完全に想像できなかった表義文字が、“輪っか”のような明確なビジュアルとして目の前に現れたから、に他ならないでしょう。




3:映画ならではの工夫も存分にあった!


新海監督は、「思索的な原作そのままとは(どうしたって)いきませんが、それでもとても素敵な映画でした」と、原作の要素が削ぎ落とされたことを示唆しする発言もしています。

この発言の通り、原作の“フェルマーの原理”などの知見は、映画からはなくなっていました。これを映画で語ると冗長になってしまうでしょうから、カットしたのは英断であるとも言えるものの、やはり残念に感じる原作ファンもいるのかもしれません。

しかしながら、映画でも原作において最も重要な、驚くべき“仕掛け”を表現することに成功しています。その仕掛けの発端となっているのは、前述の“輪っか”のような表義文字。詳しくはネタバレになるので書けないのですが、“円環”の始まりや終わりがない“つながっている”というイメージが、物語に深く関わるようになっていくのです。

新海監督が“それでも素敵な映画でした”と作品を肯定しているのは、そのような“映画ならではの工夫”が存分に凝らされていたことも理由なのではないでしょうか。

個人的に感動した“映画ならではの工夫”は、宇宙人が地球に来た時のリアルな“混乱”がラジオやテレビで語られていることです。断片的に(だけど確実に)世界中が宇宙人の出現で“変わっていく”ことを感じられるでしょう。




まとめ:決して難しい映画ではない!


さてさて、以上のように新海監督の発言を分析しても「何やらさっぱりわからない」と思う方もいらっしゃるでしょう。それもそのはずで、本作はそもそも“どういうことになっているのか”の説明が難しい映画なのです。

本作『メッセージ』の素晴らしさは、その説明が難しい物語を、原作小説とは少し形を変えて、見事な映像で表現していることです。数多くのSF映画を観てきた、という人にとっても、「こんなの観たことない!」という感動でいっぱいになるのではないでしょうか。

なお、基本のプロットは初めに掲げた通り“言語学者が宇宙人と意思疎通を図ろうとする”とシンプルなので、決して“難しすぎて楽しめない”ということはないはずです。むしろ、“言語で説明しにくいことを、映像で直感的に理解できる”という映画ならではの面白さを突きつめている、予備知識がなくても万人が楽しめる作品になっていると言ってもいいでしょう。

おまけその1:監督が“ばかうけ”に影響を受けたことを告白?


実は『メッセージ』の宇宙船のデザインが、お菓子の“ばかうけ”に似ていると日本で大きな話題になっていたことがありました。そのおかげで、メーカーの栗山米菓が映画のヒットを祈願するツイートを投稿していたりするのです。



さらに、ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督自身が「宇宙船のデザインはばかうけに影響を受けたんだよ!」と衝撃的な告白をする動画も公開されました。



これ以前にドゥニ監督は、宇宙船のデザインは“小石のような卵型の宇宙船”を目指し、“太陽系内の軌道を公転しているエウノミアという小惑星”を参考にしたと語っているので、ばかうけに影響を受けたというのはジョークということでほぼ間違いないでしょう。

おそらく、『メッセージ』の宇宙船がばかうけに似ていると日本で話題→日本の広報さんがドゥニ監督に知らせる→監督「面白いね!本当は小惑星を参考にデザインしたんだけど、ばかうけに影響を受けたっていうことでいいよ!」という流れなのでしょうね。結果的に作品が広く知れ渡り、みんなが幸せになってよかった!

おまけその2:音楽が映画史上に残る素晴らしさだ!


本作の感動をさらに増幅させてくれるのは、ドゥニ・ヴィルニーヴ監督の『プリズナーズ』や『ボーダーライン』でもタッグを組んでいたヨハン・ヨハンソンの音楽です。特に“声”が聞こえるかのような、荘厳さと不可思議さを併せ持つ“Heptapod B”に魅せられました。



マックス・リヒター作曲の“On the Nature of Daylight”も、心の深くに染み込んでいくような感動を届けてくれるでしょう。音楽に身を任せるだけでも、忘れられない映画体験ができるはずです。


おまけその3:『メッセージ』と合わせて観て欲しい映画はこれだ!


最後に、本作『メッセージ』をより深く理解するのにおすすめの映画を2本ご紹介します。

『コンタクト』(1997)




女性研究者が宇宙人からのメッセージの解読を試みるなど、『メッセージ』との共通点が多い作品です。詳しくは観て確認していただきたいのですが、“鏡”の映像マジックの面白さや、オープニングの壮大さは筆舌に尽くしがたいものがありました。

個人的に感動したのは、終盤に主人公がとある美しい光景を見たシーン。“絵にも描けない美しさ”をジョディ・フォスターという女優の“表情”だけで見事に表現しているのです。SF好きであれば、一度は観て欲しい名作です。

『スローターハウス5』(1972)




タイトルの意味は“第5屠殺場”で、第二次世界大戦でのドレスデン爆撃のとき、主人公が捕虜として収容された場所を指しています。
この映画が奇妙なのは、主人公が兵士として戦争に駆り出されていると思いきや、次のシーンでは幼少期にまで遡ったり、また次のシーンでは宇宙人に監禁されて有名女優とイチャイチャしていたりと、時系列がごちゃ混ぜになって展開することです。

それは、戦争から帰ってきた兵士がPTSD(心的外傷後ストレス障害)になり、戦争中の辛い出来事が日常的にフラッシュバックしてしまうことのメタファーであるとも言えるのです。

本作が『メッセージ』と具体的にどのような共通点を持っているかは秘密にしておきますが……どちらもきっと、“現実”での幸せを手に入れるためのヒントをもらえるはずですよ。

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(文:ヒナタカ)

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