『風の谷のナウシカ』を深く読み解く「5つ」の事実

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本日1月4日、アニメ映画の金字塔『風の谷のナウシカ』の、数えること18回目の地上波放送がされます。

2019年12月には歌舞伎としての上演も決定しており、長く愛されている作品であるのはご存知の通り。文明の破壊と再生、自然への畏怖と敬意、戦争の批判と共生への道を探す物語構造など、後年の『もののけ姫』にもある宮崎駿監督の作家の“原点”が表れている作品であり、何度観ても新しい発見がある奥深さがあるのは、言うまでもないことでしょう。

ここでは、宮崎駿監督作品の中でも特異と言える製作過程を振り返りながら、『風の谷のナウシカ』で何を描こうとしていたのかを、少しだけ紐解いてみます。

1:“マンガにしか描けないもの”を宮崎駿は目指していた?

まず、アニメ映画『風の谷のナウシカ』には原作とされているマンガ版があります。このマンガ版は休載期間を挟みながら14年という歳月、映画の公開から数えれば11年後にやっと完結した作品であり、映画で描かれているのはマンガ版の2巻の途中までなのです(それまでにも映画とマンガにはいくつもの差異があります)。

この“(便宜的には原作と呼んでいる)マンガが完結していないのにアニメ映画になった”というのは、企画や製作過程の都合でそうなったというだけでなく、ある意味では『風の谷のナウシカ』という作品、ひいては宮崎駿の作家性をも読み解く1つの指針にもなり得ます(その理由については5:で後述します)。

後に多数の宮崎駿作品のプロデュースを手がけることになる鈴木敏夫は、新作アニメの企画を役員に売り込んでも良い反応が得られなかった、その役員を説得するために雑誌「アニメージュ」でマンガ版を連載して、その人気が出ればアニメ化にこぎつけられるという戦略を考えていたのですが、そのマンガを描く宮崎駿本人は「映画化を前提にマンガを描くのは不純だから、マンガにしか描けないものを描きたい」ということを、連載を引き受ける条件の1つに挙げていたそうです。

なんともややこしい話ですが、『風の谷のナウシカ』はアニメ(映画)化の企画が先にあったのにも関わらず、当の宮崎駿はアニメにはしないつもりのマンガを描き、その後にマンガが大人気を博しアニメ化が決まって“しまった”、という成り立ちなのです。その時の宮崎駿はほぼ失業状態で、“映画の仕事の唯一のチャンス”がこの『風の谷のナウシカ』になっていたのだとか。この時の宮崎駿の葛藤がどれほどのものかは、想像を絶するものがあります。

具体的にどういうことが宮崎駿にとって“マンガにしか描けない”ものであったかと言うと、独特なコマ割りや絵柄の他、情報が1コマ1コマに詰め込まれた壮大かつ複雑な世界観、“蟲”や“戦闘”の描写が“アニメーター泣かせ”になるといった、表現方法および技術的なことに関わることだったのでしょう。

結果的にアニメ映画版『風の谷のナウシカ』には現在のアニメ界でも活躍する精鋭のスタッフが関わり、後世に残る名作となったのですが、どこかで歯車が狂えばこの世に誕生することはなかった(その後の宮崎駿監督作品もなかった)かもしれない、奇跡的な作品と呼んでも過言ではないかもしれません。

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