『アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル』実はもう1本、事件を描いた幻の映画があった!

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アラフォー以上の世代にとって今も記憶に残っているのが、例のナンシー・ケリガン襲撃事件。そのスキャンダルで当時渦中の人となったのが、アメリカ人女性初のトリプルアクセルに成功したフィギュアスケート選手、トーニャ・ハーディングだった。その彼女の伝記映画『アイ、トーニャ 史上最大のスキャンダル』が公開されたので、今回は公開二日目の最終回で鑑賞して来た。

上映劇場が限られているためか、最終回にも関わらず場内はほぼ満席で女性の姿が目立った本作。果たして当時の事件の真相がどの様に描かれるのか?個人的にも興味津々で鑑賞に臨んだのだが、果たしてその内容はどんなものだったのか?

ストーリー

貧しい家庭で、幼いころから母ラヴォナ(アリソン・ジャネイ)の暴力と罵倒の中で育てられたトーニャ・ハーディング(マーゴッド・ロビー)。

天性の才能と努力でアメリカ人初のトリプルアクセルを成功させ、92年アルベールビル、94年リレハンメルと、二度のオリンピック代表選手となった。しかし、彼女の夫だったジェフ・ギルーリー(セバスチャン・スタン)の友人がトーニャのライバルであるナンシー・ケリガンを襲撃したことで、彼女のスケート人生は一変。

転落が始まる。一度は栄光を掴み、アメリカ中から大きな期待を寄せられたトーニャ・ハーディングだったが、その後、彼女を待ち受けていたのは・・・・・・。(公式サイトより)

予告編

当時日本中が注目した、ナンシー・ケリガン襲撃事件とは?

1994年1月、リレハンメル・オリンピックの代表選考を兼ねた全米選手権の会場で、当時の最有力候補だったナンシー・ケリガン選手が膝を何者かに殴打されて負傷した事件のこと。

この時の負傷により、結局ケリガン選手は全米選手権を欠場。彼女の有力なライバル候補だったトーニャ・ハーディングがこの大会で優勝を果たし、オリンピック代表選手に選ばれることになった。

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ところがその後事件は意外すぎる展開を見せて、前代未聞の大スキャンダルへと発展してしまう。

なんと、ハーディングの元夫とその友人たちが容疑者として逮捕されたのだ!

更にハーディング自身が襲撃を指示したのではないかとの疑惑が濃厚になった1994年2月、米国フィギュアスケート協会と米五輪委員会はハーディングを五輪代表チームから追放しようとしたが、ハーディングは法的措置をほのめかして強引に代表の座に留まった。

結局リレハンメル・オリンピックでは、ナンシー・ケリガンは見事に銀メダルを獲得、トーニャ・ハーディングは残念ながら8位という結果に終わってしまった。当時のマスコミが作り上げたイメージ、「悪役のハーディング」「悲劇のヒロインのケリガン」は、現在でもなお二人に付きまとっている。

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トンでもない母親の被害者か、それとも?

その衝撃的な内容が事件を知らない世代にも評判を呼んで、現在ヒット中の本作。

華麗なスケートシーンや登場人物も含めて、なんと言っても本作の見所はその再現性にある。実際、エンドクレジットに出てくるニュース映像を見ると、出演キャストが本当に当人ソックリに演じていることが分かるのだが、中でも本作で強烈に印象に残るのは、やはりトーニャの母親であるラヴォナの強烈なキャラクターだろう。いわゆる「毒親」を具現化したようなその風貌と言動は、冗談抜きでトラウマ級の凄さ!

実際トーニャ・ハーディングの最近のインタビュー映像でも、両親は自分にまったく関心が無かったと答えているほどなのだ。

本作で描かれている、父親が家を出た時の幼い少女と15歳に成長した彼女の表情との差を見れば、母親との二人暮らしが彼女の精神を蝕んでしまったことは一目瞭然。もしも子供の頃に父親が家を出ていかなければ、ひょっとして後の彼女の転落人生は避けられたかも?そう思ってしまうほど、本作での母親の描写には救いや同情の余地が無いのが、逆に気持ちいいくらいだ。

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例えば映画を見ると、この母親が決して子供の才能を伸ばすために彼女をスケートリンクに連れていったのでは無いことが良く分かる。実際本人のセリフでも、「連れてくればあきらめると思って」と言っているくらいだ。

ところがリンク上で意外な才能を発揮したトーニャを見て、母親は彼女を通して自分の報われなかった人生を取り戻そうとするかの様に、スケートへとのめり込んで行くことになる。だが、トーニャが私生活で恋に落ちることになると、母親のその態度は180度転換する。トーニャがスケートでスポットライトを浴びる姿には、自分を重ね合わせて悦に入ることが出来ても、娘が女として自分よりも幸せになることが、彼女には許せないのだ。

母親が娘を女としてライバル視することは、彼女の強い幼児性の証明であり、親として彼女を見ていないことがここで示唆される。恐らくは自身が親から受けた仕打ちを、そのまま復讐の様に娘に対して行っているであろう、母親のラヴォナ。演じるアリソン・ジャネイの鬼気迫る演技と相まって、「うわ、こういう親には育てられたくない」と観客に思わせる抜群のキャラクターとなっているのが見事!とにかく最後までその本心が読めない独特の無表情と、死んだような目は必見!本年度のアカデミー賞とゴールデングローブ賞の最優秀助演女優賞を受賞したのも納得のその成りきりっぷりは、正に必見と言える。

こんな親でも実は母親としての愛情を持っていたのか、と思わせる終盤の展開が果たしてどうなるか?本当にクズな人間の行いが見られるそのシーンは、是非劇場でご確認を!

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実はもう一本、幻の映画化作品があった?

実はこのケリガン襲撃事件を描いた作品がもう1本存在する、と言ったら驚かれるだろうか?

事件直後の1994年4月30日にアメリカのNBCで放送され、日本でも当時VHSソフトがリリースされた『氷上の疑惑』というTVムービー作品がそれだ。

さすがに事件直後に制作されただけのことはあり、、この作品ではトーニャ・ハーディングとナンシー・ケリガンの両方を描いており、本作を見るといかに『アイ、トーニャ』が偏った視点で描かれているかが良く分かる。

更にこの『氷上の疑惑』では、『アイ、トーニャ』では描かれなかったショッキングなトーニャの幼少時の日常が描かれ、母親のトーニャに対する冷たい態度や虐待の理由もこれを見れば良く分かるので、『アイ、トーニャ』を見て事件に興味を持たれた方には必見の作品だと言えるだろう。

映画ファンにとっては、この作品でケリガンを演じているのが、あの『エルム害の悪夢』シリーズのヘザー・ランゲンカンプ、というだけで見逃せない作品なのだが、残念ながら未だに未DVD化の本作。『アイ、トーニャ』ソフト化の際には、是非本作のDVDリリースを実現させて頂きたいものだ。

実は映画で描かれた物語の、その後が更にスゴかった!

結果的にプロのフィギュアスケート選手としての道を絶たれたトーニャ・ハーディング。映画でも描かれている通り、その後彼女はボクシング界に身を投じることになる。

ちなみに本作のラストに登場するボクシングの試合は、彼女がプロボクサーに転身してからの物。そもそも彼女がボクシングに転じたきっかけは、アマチュアボクシングの番組『セレブリティ・ボクシング』の企画だった。この試合で相手を戦意喪失に追い込んだハーディングは見事に初勝利を飾り、その勢いで遂にはプロボクサーに転向!ちなみにプロ時代の戦績は3勝3敗。更にはボクシングだけに飽き足らず総合格闘家としてもデビューするなど、第二の人生を歩むかと思われた彼女だったが、実はその後も元夫にプライベート・ビデオを暴露されたり、同棲している恋人に暴行を働き逮捕されたりと、彼女の人生には災難?が絶えず降りかかることに・・・。

映画ではプロフィギュアスケート界から永久追放された様な印象を与えるが、実際全米スケート協会が行ったのは、1994年全米選手権での優勝と1999年までの公式大会出場権やコーチになるための権利の剥奪であり、プロのイベントへの参加には制限がされなかった。

事件から4年後の1998年、ハーディングはアメリカのテレビ番組で被害者のケリガン選手と対面して直接謝罪、一応和解の形で事件は決着することになった。その翌年の1999年にプロスケート選手権に招待されたハーディングは、長いブランクにもめげず見事に2位となり、やっと元通りプロフィギュアスケートの表舞台に復帰するかと思われたのだが・・・。

何と2000年には、元恋人への暴行容疑で再び逮捕されてしまうことに!その後の2003年には前述した様にプロボクサーへと転身を図り、更に2008年には「Rumble in the Cage」という大会で総合格闘家としてもデビューするなど、実は映画のラスト以降もハーディングは波乱万丈の人生を送ることになる。

ちなみに日本のテレビ番組「奇跡体験!アンビリバボー!」で放送された映像によれば、現在は地元のカラオケで知り合った男性と結婚し、息子さんと3人で仲良く暮らしているそうだ。

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最後に

いわゆる「毒親」にしか見えない母親の存在があまりに強烈で、ケリガン襲撃事件その物が霞んでしまった感が強い本作。

当時の日本でも非常に話題になった事件であるため、襲撃事件の真相やトーニャ・ハーディングとナンシー・ケリガンとの確執の部分を期待して見に行った方には、若干肩すかしの印象を与えるかも知れない。

意外に襲撃事件が起きてからが長いのと、しかも視点がトーニャ・ハーディングの側に立った内容のため、やはり内容的にかなり偏った描かれ方が気になってしまうからだ。せめてケリガン側の描写や、母親のラヴォナの心の闇の理由や原因などがより描かれていれば、と思ったのだが、前述したとおり1998年にトーニャ・ハーディングとナンシー・ケリガンが対面して謝罪・和解が成されているので、やはりその点を今描くのは難しいのだろうか?実際、今回の映画もケリガンは見ていないそうだ。

実は前述した未公開作品『氷上の疑惑』には、トーニャの母親が5回も結婚・離婚を繰り返していたことや、トーニャには実は父親の違う兄がいて、彼から日常的に性的虐待を受けていたことなどが赤裸々に描かれている。

そのため、一見毒親としか思えないこの母親の背景と、被害者であるケリガンの人生が描かれる本作の方が、より深くしかも公平な視点から事件と二人の人間関係を知ることが出来るのだ。

残念ながら『氷上の疑惑』を見てしまうと、いかに今回の『アイ、トーニャ』が偏った視点から作られていて、多くの関係者に配慮した内容になっているかが分かってしまう。だが、確かにタイトル通りトーニャ・ハーディングの伝記映画として見れば、その再現度と衝撃的な内容に驚かされる本作。あくまでも襲撃事件とは一度切り離して、厳しい境遇から数奇な運命を辿り、それでも自身の方向性を模索し続けたトーニャ・ハーディングという女性を描いた作品として楽しむのが正解と言えるのではないだろうか。

現在は息子さんと夫の3人で造園業を営んで、幸せに暮らしているトーニャ・ハーディング。母親と世間に対して自身の存在と価値を示す手段だったフィギュアスケートからは撤退したが、最終的に一人の女性として幸せな生活と愛する家族を得たことは、正に金メダルにも勝る人生の勝利だと言えるだろう。

男運の悪さと最大の凶敵と化した母親の影に苦しめられながら、それでも自身が輝ける場所を求めて闘い続けたトーニャ・ハーディングという女性。多くの悩める女性にきっとヒントや答えを与えてくれる作品なので、全力でオススメします!

(文:滝口アキラ)

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    ライタープロフィール

    滝口アキラ

    滝口アキラ

    滝口アキラ 映画ライターにしてブルース・リー研究家。主な著書に、「ブルースリー超全集」「俺たちのジャッキーチェン」「俺たちの007」などがある。映画のコミカライズや、日本オリジナル映画主題歌などの、「失われた映画カルチャー」にも造詣が深く、TBSラジオ「ウイークエンドシャッフル」へのゲスト出演、今関あきよし監督作品への声優出演、更には「実際に映画に出演する映画ライター」として、現在「毎月1本必ず映画に出る」をノルマに活動中。その抜群の企画力と、交友関係の広さには定評がある。

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