「大正ロマン、甘くない。」映画『夢二~愛のとばしり』が暴く“才能の欠落”

金曜映画ナビ

“夢二”と聞けば、「夢二式美人」や大正ロマンの香りを思い浮かべる人は多いはず。
けれど宮野ケイジ監督・脚本の映画『夢二~愛のとばしり』は、そこに寄りかからない。
美しい時代絵の向こう側で、夢二という男の「埋まらない穴」を凝視し、その穴に触れてしまった女たちの時間がどう揺れ、どう変わっていくのかを描く。
恋愛映画の形を取りながら、観終わったあとに残るのは、むしろ“創作と人生の倫理”だ。

©2015 映画「夢二~愛のとばしり」製作委員会

“これまでと違う夢二”——美化しない伝記という選択

本作の骨格は、夢二の伝説化に抗うところから始まっている。
監督は舞台挨拶等で、夢二を「画家であるのに詩人になりたかったが、なれなかった」劣等感を抱えた存在として捉え直し、「夢二のダメさが女性たちを美しくしていく」映画にしたかったと語っている。
ここで言う“美しく”は、単なる装飾ではない。
傷ついたり、耐えたり、時に自分を更新したり……その過程の強度を指している。
夢二を裁くのではなく、彼の欠落が周囲をどう照らし、どう焦がすのか——その冷静さがこの映画を“ロマン”から“人間”へ連れ戻す。

画面は「一枚絵」——シネスコの隅々まで、感情を閉じ込める

もうひとつの主役は映像だ。
監督はシネスコ(シネマスコープ)を「1枚絵」として隅々までこだわったと話している。
テンポで煽るのではなく、構図・色・余白で“逃げ場”を奪っていくタイプ。
だからこそ、視線の交わらなさ、沈黙の硬さが、じわりと染みてくる。

さらに面白いのは、作品の温度が“現場の設計”とも結びついている点だ。
たまき役の黒谷友香は、夫婦役の駿河太郎と撮影中あえて会話を避けたと明かし、駿河も「挨拶程度しか交わさない」状態だったと振り返っている。
画面の距離は、作り物のようでいて、案外リアルだ。

駿河太郎が演じる“放っておけない男”の危うさ

夢二を演じる駿河太郎は、舞台挨拶で「今までとは違う夢二の描き方」に触れつつ、作品には“愛”だけでなく「やりたいことと現実のギャップ」が詰まっていると語っている。

夢二は孤高というより、未成熟で、どこか危うい。
それでも目が離せないのは、彼が“悪役”として固定されないからだ。
弱さと未練が、創作の熱に変わる瞬間だけが、かろうじて美しい。
だから観客は、嫌悪と同時に、奇妙な共犯感覚を抱く。

そして、夢二の中心で燃えるのが彦乃(小宮有紗)だ。
彼女は「透明感」をどう出すか悩んだこと、役作りのため美術館でのリサーチや資料収集をしたことなどを語っている。
“透明”であることは、弱さではない。
むしろ、傷が見えやすいということだ。
本作のラブシーンは甘さよりも、決意と消耗の匂いが勝つ。
R15+の指定は、煽情のためというより、関係の暴力性を誤魔化さないためにある。

©2015 映画「夢二~愛のとばしり」製作委員会

音が、感情を「決着させない」

主題歌は、ピアニストmayoの「always love you」。
監督が既存曲を気に入り、映画に合わせてアレンジした経緯が語られている。
ここでも映画は“決着”を急がない。
音が泣かせに来るのではなく、観終わってから静かに戻ってくる。
余白を残す選択が、映像の「一枚絵」志向ときれいに響き合う。

金曜の夜に効く理由

『夢二~愛のとばしり』は、大正ロマンを愛でる映画ではない。
むしろ“ロマンが崩れる瞬間”を、絵のように美しく、しかし容赦なく置いていく映画だ。
恋愛を、青春の記念品にしない。
才能を、伝説の光で覆わない。
だから、刺さる人には深く刺さるし、合わない人には頑固に感じられる。
評価が割れやすいのは、その誠実さの裏返しだ。
“甘い大正”ではなく、“生々しい夢二”へ。
週末、少しだけ心をざらつかせたい夜に。

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