映画コラム
築地市場「最大の武器」は?ニーズ変化80年の記録『築地ワンダーランド』
築地市場「最大の武器」は?ニーズ変化80年の記録『築地ワンダーランド』
世界一、そして、こんな市場は世界で類を見ないと言われている東京都中央卸売市場「築地市場」。開場から約80年が経過し、移転先に選ばれた豊洲では新市場の建設が本格化していた2013年、築地で働く仲卸業社の人々を密着取材するドキュメンタリー映画作品の制作プロジェクトが立ち上がりました。
『築地ワンダーランド』は築地と同じ地で文化を発信してきた松竹が製作・配給に決定。制作費の一部をクラウドファンディングで募集し、多くの人々からの支援を受けて900万円を超える資金の調達に成功しました。その後、2014年から約1年半かけて築地市場内で撮影した本作はまさに築地の魂、日本の文化を映像化した作品です。
2016年10月15日の全国公開に先駆け、9月12日には服部栄養専門学校で料理人や栄養士を志す学生を対象にした特別上映&トークイベントが開催されました。本作でメガホンを取った遠藤尚太郎監督と、事前の試写で20回泣いたという服部幸應校長先生、そして、映画にも登場する、築地・仲卸の島津修さんの御三方が登壇。先行上映された『築地ワンダーランド』を観た、これからの食文化を背負っていく学生を前に、築地への想いや撮影秘話を語ってくれました。
まず、幼い頃から築地市場に通っていながらも、作品内で登場するリアルな現場を見て改めて驚いたという服部先生は築地という市場について人間関係がカギになっていると指摘。
「人と人との付き合いや、この人だったら信じて(商品を)渡してあげられる。その代わり、このオヤジさんにだったらこのレベル(の代金)を渡してあげたいなと人間として思うわけですよね。仲買人の立場で来る人も真剣だよ。適当にその辺に置いてあるものを買って行くわけじゃないし、できるだけ良いものを自分の想いを食材に込めて流通を生かそうと思ってるわけ。その辺にじ〜んと来た。実際は25回くらい泣いてるよ。監督、おつかれさまでした」と言い、場のコミュニケーションから生まれた信頼関係こそが今の築地を作り上げた点を強調しました。
その様子を知ることができる本作では制作にあたって市場関係者や料理人、文化人など150人以上にインタビューを実施。現場で働く人たちの姿をリアルに収めた作品になっています。はたして、遠藤監督がこの作品を撮ろうと思ったきっかけとは何だったのでしょうか。遠藤監督は
「そこ(築地)にあるエネルギーを映画として多くの方に観てもらいたいなと。市場っていうのはもちろん場所、箱ですが、それ(エネルギー)を日々生み出している方たちがいるっていう中で、人にフォーカスしたものを作りたいなと思ったのがきっかけです」と言うと、「四季によって市場はさまざまな顔を見せることから、季節感を大事に撮りたかった」と続けました。
広大な敷地での撮影は困難を極めたものの、セリや作業の準備などの綿密な時間割がある点に注目し、優先順位を付けてひとつひとつ撮っていったんだそうです。
一方、市場で働く側つまり仲卸の立場では本作の撮影に対して歓迎的だったのでしょうか。仲卸の島津さんは
「入る前に苦労してて、撮影に入るまでにも1年かかってるんだよね。築地の人間って村みたいなところがあって、受け入れてもらうまで入口までにもすごい時間がかかってる。入ってからも、邪魔だ!と水をかけられなかったかと心配でした。一旦ふところに入ってしまえばわりと好意的にやってくれる人は多いんで、そこから先はわりとスムーズにいけたんじゃないでしょうか」と、良くも悪くも約80年の歴史が生み出した独特の雰囲気が撮影のハードルになると懸念していたようですが、概ね歓迎ムードだったようです。遠藤監督、無事に撮影が終えられて良かったですね!
さらに、島津さんは服部栄養専門学校に通う未来の料理人を前に、
「築地の市場の強みっていうのは世界中から魚が集まってくる。なぜそれが集められるのかと言うとそういうニーズがあるから。世界に類を見ない素晴らしい市場なんですね。そこで仕事しているうちに自然にノウハウであるとか、目利き、魚の選び方ですね、そういうのを培ってきたわけです。だけど、それが築地の魅力で仲卸の魅力であるんですけど、最大の武器は情報だと思うんですよね。そのときその場所にいないと得られない情報っていうのが必ずあります。僕らはそれを武器にしています。その一番の情報を持っているのが築地です。どういう人に情報を与えますかってときに、どこぞの偉いシェフにとかそんなわけじゃない。この人は何をしたいのか、今日は何をしにウチに来たんだろうか、どういう魚を欲しいのか、明確に伝えてくる人に対して僕らは明確な答えを出してあげられるんですよ。だから、My仲卸さん、本当に仲の良い仲卸さんを作っておくといい。お料理の世界で生きる人にとってこんなに便利な存在ってないんじゃないでしょうかね。もちろん、青果でもそうです。わさびに右巻き、左巻きがあるってそんな話知りませんでしたけど、皆さん当然知ってますしね。プロを目指す者として明確な意図を持って仲卸と話をしてみてください。今日はそれだけ言いにここに来ました」と、メッセージを送りました。明確に伝えてくる人とは、つまり、単に魚や果物が欲しいと言うのではなく、しっかり理由がある上で必要とし、その気持ちをきちんと伝えられる人です。
トークイベントが終盤に差し掛かると遠藤監督は
「市場っていうのは常に時代のニーズで変化している。ひと口に築地って言っても、戦後からバブル崩壊からずっと変わってきた。常に時代のニーズによって市場は変わっています。食文化を育み、未来に伝えていく最前線に立たれる皆さんが市場を作っていくニーズを発信してるということを忘れないでほしいです。仲卸店がこれだけ減ってるって言われていますけど、逆に一店舗がすごく大きくなっている。飲食店は企業になってるし、築地って中で変化している。物流も小売店も変化している。古いものが全部良いってわけじゃない。ただ、新しいものに何を受け継いで何を変えていくか、“食”っていうのはその国の文化の根本にあるものなので、常に意識を持っていけば(築地の人は)素晴らしい人たちなので新しい市場であろうがどこだろうが、そのニーズを満たしてくれる環境はすでにある。それは先人から培ってきた文化を受け継いでいる僕たちに与えられる環境なので、ぜひ皆さんには未来を作ってもらいたいなと思います」と、学生たちへ熱い気持ちをぶつけました。
市場としての歴史を守り続けてきた印象が強かった築地市場ですが、実は変化し続けてきた市場であることを明らかにすると同時に、築地の人々はこれからも必要とする人の声に応じてくれると。そして、その声を発するのは新たな世代である君たちなんだ!と、最後まで遠藤監督のハートから放たれる声が耳に響きました。
イベントを終えたばかりの遠藤監督からコメントが届いたのでご紹介したいと思います。
「昨日(9月12日)は服部栄養専門学校で試写会及びトークイベントを開催しました。驚くべき調理設備と環境、試写環境も備えた講堂に驚きました。なにより先生方がとても真摯な方々ばかり。ここで学べる生徒の方々は幸せだなと。この映画を『若い世代に観てもらいたい』という声で実現したしたイベントですが、生徒さんの力強い眼差しに、こちらが多くのことを教わりました」
『築地ワンダーランド』は10月1日(土)に築地の東劇にて先行公開、10月15日(土)に全国公開となります。
(取材・文:アスカ)
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