映画ビジネスコラム

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2017年02月19日

『ラ・ラ・ランド』は作品賞に?ミュージカルとアカデミー賞の深い関係

『ラ・ラ・ランド』は作品賞に?ミュージカルとアカデミー賞の深い関係

■「〜幻影は映画に乗って旅をする〜」



© 2016 Summit Entertainment, LLC. All Rights Reserved.


いよいよ日本時間27日に発表となる第89回アカデミー賞。今年最大の目玉は、やはり史上最多タイとなる14ノミネートを獲得した『ラ・ラ・ランド』が何部門で戴冠となるか。そして、2016年を代表する映画として、堂々と頂点である作品賞に輝くことができるかどうか。

〜幻影は映画に乗って旅をする〜vol.18:『ラ・ラ・ランド』は作品賞に? ミュージカルとアカデミー賞の深い関係>

ラ・ラ・ランド


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女優になる夢を叶えるためにロサンゼルスにやってきたミアと、ピアニストのセバスチャン。この二人の夢と愛をめぐる127分間の至福を紹介するのに、野暮なあらすじ説明などは必要ないだろう。

高速道路で突然始まるオープニングダンス。渋滞というシチュエーションは、フェリーニの『8 1/2』であり、この良い意味での〝出落ち〟とも言える序盤の高揚は、いかにもジャック・ドゥミの『ロシュフォールの恋人たち』を彷彿とさせる。

狂気に満ちた音楽ワールドを展開させ、世界中が固唾を飲んでスクリーンに張り付いた『セッション』からわずか2年で、デイミアン・チャゼルはまったく違うベクトルの音楽映画を完成させたのだ。ハリウッド黄金時代を作り出したミュージカル映画に徹底的に回帰させる。テクニカラーを意識させたカラリングに、初期シネマスコープの画面(実際この画面で作り出されたミュージカル映画は、『王様と私』や『掠奪された七人の花嫁』、『スタア誕生』など、ごく限られた期間のものだけなのだが)、そしてバスビー・バークレー作品を思い出させる豪華なセットに、フレッド・アステア作品への完膚無き愛情。

これだけの映画愛に溢れた、ハリウッド製ミュージカル映画ともなれば、アカデミー賞の最も好むタイプと言ってもいい。

しかし不思議と、いや、近年ミュージカル自体が減少している影響もあってか、アカデミー賞=ミュージカルというイメージが乏しいのも事実である。それもそのはずで、第75回アカデミー賞で作品賞を含む6部門を受賞したロブ・マーシャルの『シカゴ』以降、作品賞候補に上がったミュージカルは『レ・ミゼラブル』のみ。『シカゴ』の作品賞受賞も、『オリバー!』以来実に34年ぶりの快挙だったのである。

とはいえ、ミュージカルはアカデミー賞とほぼ同じ時期に始まったトーキー映画の革新を示す最大のジャンル。アカデミー賞初期には『ブロードウェイ・メロディー』(第2回作品賞)、『巨星ジーグフェルド』(第9回作品賞)を筆頭に、ほぼ毎年ミュージカル作品が候補に上がっていたのである。

戦中にはほとんど作られなかったミュージカル映画ではあるが、戦後しばらく経って、アカデミー賞に旋風を巻き起こす。それが、この『ラ・ラ・ランド』に最も影響を与えた50年代ハリウッドのMGMミュージカルの存在だ。先陣を切るようにアカデミー賞で高い評価を集めたのは、ヴィンセント・ミネリの代表作『巴里のアメリカ人』である。

巴里のアメリカ人 (字幕版)



ジーン・ケリー演じる画家のジェリーは、パリに暮らすアメリカ人。彼はキャバレーで巴里娘のリズに一目惚れをしてしまう。ところが、リズはジェリーの友人のアンリと婚約をしていたのだ。そんな矢先、アンリがアメリカに旅立つことになり、リズは一緒に行くことをジェリーに打ち明けるのだ。

ヴィンセント・ミネリといえば、本作のあとに『バンド・ワゴン』や『ブリガドーン』といった、王道ミュージカルを数多く手がけた名匠である。本作ではノミネートされたほとんどの部門を受賞するも、監督賞だけを落とし、この7年後に『恋の手ほどき』で作品賞と監督賞のW受賞を果たしたことも有名だ。

何と言ってもジョージ・ガーシュインの「パリのアメリカ人」に乗せた18分間にも及ぶダンスシーンは圧巻で、映画に最も脂がのっていた時代のミュージカルシーンとして、今なお語り継がれているのである。

このあと、60年代に入れば『ウエスト・サイド物語』や『マイ・フェア・レディ』、そして『サウンド・オブ・ミュージック』と相次いでアカデミー作品賞に輝くミュージカルが登場する。しかし、その分かつての突き抜けた娯楽性が徐々に失われていき、人気が低迷して行ったのも事実である。
68年に前述のイギリス映画『オリバー!』が作品賞に輝いたことで、ハリウッドでなければできなかった文化でないと証明され、同じ頃にアメリカン・ニューシネマが台頭。一気にブームは下降していく。結局、80年代には『フラッシュダンス』を契機にMTV系のダンス映画が流行となるが、ミュージカルとはまったく違うものだったのである。

2000年代に入り、『シカゴ』の頃から、舞台演出を務めた演出家がメガフォンを執って映画化されるようになった。むしろ、それが近年のミュージカル映画のトレンドのようなものだ。ロブ・マーシャルはもちろんのこと、『ライオン・キング』で知られるジュリー・テイモアの『アクロス・ザ・ユニバース』や、フィリダ・ロイドの『マンマ・ミーア!』など。しかし、それでは映画の演出とはまた異なるアプローチとなっていたことは明確だ。

今回『ラ・ラ・ランド』は、近年のミュージカル映画の傾向をすべてぶっ壊して、往年のハリウッドミュージカルを蘇らせたのだ。映画ファンがこの映画を観て満足することは間違いない。あとは、アカデミー賞の年老いた会員たちが、昔を懐かしむことができる映画を頂点に選ぶかどうか、ということだけだ。まだ作品賞受賞は安泰とは言えない情勢なのである。

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(文:久保田和馬)

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