映画コラム
『グレートウォール』でさらに進化した中華圏最大の巨匠チャン・イーモウ
『グレートウォール』でさらに進化した中華圏最大の巨匠チャン・イーモウ
(C) Universal Pictures
中国のシンボルでもある〝万里の長城〟を舞台にしたこの『グレートウォール』がいよいよ4月14日から日本で公開となる。
チャン・イーモウがハリウッドに渡り、マット・デイモンを主演に迎えたアクション超大作を撮る。そう聞いたときから妙な胸騒ぎがしていたのだが、それがモンスターパニック映画だと聞いて、かえって楽しみが増したのである。
いざ観てみると、中国武侠映画の伝統と、ハリウッドのパニックアクションを見事に融合させた、異色の娯楽大作に仕上がっているではないか。しかも100分程度に綺麗にまとめ上げられている。
あらかじめ言っておくことがあるとすれば、これは久々に3D推奨の作品ではないだろうか。
<〜幻影は映画に乗って旅をする〜vol.25:『グレート・ウォール』でさらに進化した中華圏最大の巨匠チャン・イーモウ>
(C) Universal Pictures
物語は広大な中国の砂漠から始まる。強力な武器を求めて旅をする西洋人の男ウィリアムは、闇の中で謎の獣に襲われる。彼は何とかそいつの手を切り落とし、追いやることに成功するが、仲間たちは親友のトバールを残し全滅してしまっていた。二人は馬賊からの襲撃を逃れ、巨大な〝万里の長城〟に辿り着くが、そこに陣取る禁軍に降伏を余儀なくされてしまう。ところが、ちょうどそこに、60年に一度姿を現す〝饕餮〟(とうてつ)と呼ばれる怪物が現れるのであった。
ことさら中国史を題材にした作品となると、ある程度の歴史知識が必要になってしまい、身構えてしまうのだけれど、本作に関して言えばその必要はまったくない。あくまでも時代背景は設定のひとつに留められ、物語は武器を求める西洋人と強敵に立ち向かう東洋人の共闘、そして圧倒的な存在感を放つ万里の長城と、異色な怪物のクリーチャー造形に重きが置かれているのだ。
正直なところ、筆者はチャン・イーモウ作品が極めて苦手なのである。初期の『紅いコーリャン』や『菊豆』は、まぎれもなく優れた文芸作品であったが、日本で大ブームとなった〝幸せ三部作〟は実に時代に逆行しており、画面づくりの貧乏くささがとにかく苦手であった。ところが、このチャン・イーモウは何を思ったか2000年代に入り突然路線を変更したのである。最新のVFXを駆使し、武侠映画を現代に蘇らせたのだ。
それが2002年に公開され、中国国内では年間興収の4分の1を占める大ヒットを記録した『HERO』。日本でもそれまでの中国映画の記録を塗り替え40億円の興収を稼ぎ出した。刺客の襲撃を恐れていた秦王の前に、突然現れた〝無名〟と名乗る男。彼が語り出すのは、秦王の命を狙う3人の強力な刺客をたった一人で倒したという話であった。しかし秦王は、彼の話に不自然な点を見つけるのだ。
それまで少なからず中国映画界に残っていた閉鎖的なムードを一気に払拭し、中国返還の熱気が冷めやらぬ元気な時代だった香港映画界のスターを多数招集した本作は、その後の中国映画界を大きく変えたことは言うまでもない。本作以降の中国映画のスケール感がアップし、海外の大作もどんどんと受け入れられるようになってきたことで、今では中国はアメリカに次ぐ世界2位の映画市場を誇っているのだ。
チャン・ツィーという新人を発掘したことは、チャン・イーモウの功績のひとつではあるが、やはりスターが集結している大作映画というのは、作家性の強い監督の手にかかればここまで面白く出来上がるものなのだと、つくづく思わされてしまう。終盤の大量の矢が飛んでくる場面は今では是非とも3Dで観たい名場面のひとつだ。
もちろん今回の『グレート・ウォール』でも、大量の矢が飛んでくる(しかも3Dで!)見せ場は登場する。そして、何と言ってもハリウッドの力が加わることで、映像の密度が格段と上がり、武侠映画に欠かせないフィジカルなアクションに磨きがかかっているのだ。
それを演じきるマット・デイモンのアンバランスさ、ジン・ティエンの美しさなど、キャストのアンサンブルもなかなか個性的。中でも若い禁軍の兵士を演じた元EXOのルハンは、これまでのアイドルとしての顔から一転、俳優らしい存在感を携えてきたではないか。
もっとも、今回はハリウッド資本ながら、モンスターというアイコンを利用したことで、画面の貧しさを逆手に取った冒険をしている印象が窺える。監督デビューから今年で30年のチャン・イーモウはまだ65歳。より毅然とした武侠映画を作り出して、そろそろ『LOVERS』の失敗を取り戻してもらいたいところだ。もちろん、ハリウッドを拠点に久々に文芸作品を作ってくれても今なら安心してその出来栄えを楽しむことができるだろう。
それにしても饕餮、想像以上に小型なので、万里の長城の大きさが実に映える。もしかしてそういう狙いがあったのだろうか。
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(文:久保田和馬)
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