映画コラム
『パターソン』に流れる、時代に惑わされないジャームッシュ映画の空気感
『パターソン』に流れる、時代に惑わされないジャームッシュ映画の空気感
Photo by MARY CYBULSKI (C)2016 Inkjet Inc. All Rights Reserved.
作品中に溢れるオシャレな雰囲気と、スタイリッシュな映像美で80年代からインディペンデント映画界を牽引し、日本でも熱狂的なファンが後を絶たないジム・ジャームッシュ監督。8月26日に公開される『パターソン』、そして9月2日に公開されるドキュメンタリー映画『ギミー・デンジャー』と、2週連続で新作映画が公開される。
2013年に公開された異色ヴァンパイア映画『オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ』以来となった新作劇映画『パターソン』は、昨年のカンヌ国際映画祭で「パルム・ドッグ賞」を受賞したヒューマンドラマ。何の変哲もない一人の男の、淡々と流れる7日間を見つめあげた本作は、放たれる柔らかな空気を全身で受け止め、じっくりと噛み締めたくなる、まさにジャームッシュ作品の本質に触れる作品に仕上がっているのだ。
<〜幻影は映画に乗って旅をする〜vol.45:『パターソン』に流れる、時代に惑わされないジャームッシュ映画の空気感>
Photo by MARY CYBULSKI (C)2016 Inkjet Inc. All Rights Reserved.
パターソンという小さな町で、バスの運転手として働く、パターソンという名の男の1日は、愛する妻ローラにキスをするところから始まる。妻の見た夢の話を聞き、いつもと変わらず仕事に行き、バスの乗客の会話に耳を傾ける。夜は愛犬マーヴィンの散歩と、行きつけのバーに立ち寄る。そんな代わり映えのない毎日を過ごすパターソンは、ユニークな人々との交流や出会いを繰り返す日々の中で、思いついた詩をノートに綴っていくのである。
1日1日が同じような流れで淡々と描かれ続ける中で、詩を語る少女との出会いや、バーでの痴話喧嘩やバスの故障など、映画としてはすごく些細な事象が、人生においては明確にドラマティックな現象なのだと改めて教えてくれる。
終盤で、ひとりベンチに座る主人公パターソンの横に現れた、日本人の男を演じた永瀬正敏。まさか最後の最後まで登場しないとは思ってもいなかったが、ちらりと現れた彼は、作品の根幹に触れているようにも見える。
そういえば、永瀬はジャームッシュ作品に実に28年ぶりの登場だ。89年に制作された『ミステリー・トレイン』で工藤夕貴とともに日本人カップルを演じた永瀬。この作品も、今回のように登場人物たちに起こる些細な事柄に重きを置いて、緻密に描写する。まさにジャームッシュのスタイルを決め打ちした作品であろう。
日本からやってきた1組のカップル、相部屋でホテルに泊まることになった二人の女性、そして恋人に捨てられて自殺を図ろうとする男。メンフィス、エルヴィス・プレスリー、そして一発の銃弾によって繋がる、三者の物語がオムニバス形式で描かれる。
ジャームッシュの映画といえば、若者たちの無軌道な旅の姿を描き出した初期3部作で低予算を逆手にとった、モノクロの美しい画面を紡ぎ出す映像の革新性と、演出力の高さで注目を浴びた。『デッドマン』以降の彼の作品では、孤独な男を主人公にして、ドラマティックな展開はなくとも、その生き様を丁寧に紡ぎ出してきたものが非常に多い。その間に位置した『ミステリー・トレイン』は、3編目に登場する孤独な男の周囲で起こるドラマを多方面から描き出しているのである。
シンプルなストーリーテリングと、そこから流れ出るオフビートな雰囲気は、大作映画などで与えられることはほとんどない、ジャームッシュ作品独特の空気感である。それはジャームッシュという作家が世界的名声を獲得しても、キャスティングや時代が変わっても、薄れることのない強力な作家性なのである。
今回の『パターソン』では、それがさらにブラッシュアップされ、どこにでもいる普通の男、しかも愛する妻と犬と共に暮らす幸せな日常の姿が描き出される。これまでの彼のどの作品よりも一般受けする作品になっている。
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(文:久保田和馬)
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