映画コラム
『ドリーム』が訴える、差別を凌駕する「数学=インテリジェンス」の尊さ!
『ドリーム』が訴える、差別を凌駕する「数学=インテリジェンス」の尊さ!
(C)2016Twentieth Century Fox
アメリカ映画界が人種差別問題をモチーフにした作品を本格的に手掛けるようになるのは、1960年代に入ってからと認識しておりますが、それから半世紀経った今、この問題は解決するどころか、トランプ政権の説く政策も災いし、世界中に飛び火し、むしろどんどん悪化してきている感すらあります。
日本のさまざまなヘイト問題もまた、深刻の度を深めています。
しかし、だからこそ、今こういった作品が必要なのでしょう。
こういった作品の存在こそ、アメリカ映画界の良心と反骨精神を痛感させてくれます……
《キネマニア共和国~レインボー通りの映画街vol.259》
映画『ドリーム』は、20世紀半ば、NASAの宇宙開発事業に携わった3人の黒人女性がさまざまな差別や偏見にめげず、陰ながら、そして偉大なる貢献を果たした軌跡を描いた実話の映画化です。
その鍵はインテリジェンス、端的に申せば数学の力です!
1960年代初頭のNASAに勤務する
3人の黒人女性の生きざま
1950年代から60年代にかけて、アメリカとソ連は冷戦状態にあり、熾烈な宇宙開発競争を繰り広げていました。
このあたりの内幕、特に60年代初頭のマーキュリー計画の全貌などはフィリップ・カウフマン監督の名作『ライト・スタッフ』(83)に詳しく描かれていますが、本作『ドリーム』は、そのマーキュリー計画を推進していくNASAラングレー研究所に所属していた3人の黒人女性職員を主人公に、物語が展開されていきます。
幼い頃から数学の天才少女と謳われ、黒人女性として初めて白人だけの宇宙特別研究本部に配属されたキャサリン(タラジ・P・ヘンソン)。
管理職への昇進を希望しているものの、なかなか上に認めてもらえないドロシー(オクタヴィア・スペンサー)。
技術部への転属が決まるも、エンジニアを目指しているメアリー(ジャネール・モネイ)。
(C)2016Twentieth Century Fox
3人はそれぞれ差別と偏見を受けながら日々を過ごしていますが、エリート集団の代表格でもあるNASAの内部でこのようなことが行われていた事実には正直、動揺を隠せません。
しかし、3人の女性たちは、それぞれのやり方で、差別や偏見に打ち勝って、自分の道を切り開き、ひいてはNASAに、そして国に貢献していきます。
特に主格となるのはキャサリンで、トイレひとつとっても白人とそれ以外の人種が別々であった時代、彼女は用を足すために何百メートルも離れた黒人トイレまで駈けていかなければなりません。
彼女が書いた秀逸なレポートなども、すべて他の白人男性の名前に書き換えられて提出させられてしまいます。
しかしながら彼女は、その頭脳を見込んで研究所へ配属させた上司ハリソン(ケヴィン・コスナー)の協力を得て、次第にその実力が認められていくのです。
そして1962年2月20日、宇宙飛行士ジョン・グレンがアメリカ初の地球周回軌道飛行に挑む日、それはキャサリンにとっても、いや、ある意味すべての有色人種にとって特別な日になっていくのでした……。
(C)2016Twentieth Century Fox
ヘイトに未来はないことを
理路整然と訴え得た秀作
本作はマーキュリー計画の栄光の陰に隠されていたエピソードを露にしていくヒューマン映画であり、それだけでもう『ライト・スタッフ』ファンにはたまらないものがあるのですが、それ以上に素晴らしいのは、人種や男女の別といった偏見や差別といたヘイトの問題をただ単に感情的に批判するのではなく、実に理路整然とした姿勢で訴えているところにあります。
3人の女性たちは、なぜ差別や偏見を凌駕することができたか?
(C)2016Twentieth Century Fox
それは彼女たちがインテリジェンスを持ち得ていたからであり、あくまでも数字や言葉、実行力などによって、それぞれの才能を他者に認めさせていく、いわば知識の力強さにあるといっても過言でもありません。
即ち、腕力や争いではなく、知識と頭脳をもって、すべての物事にあたっていけば、必ず道は切り開かれていくという、世界中が日に日に緊迫の度を強めてきている今の時代にもっとも必要なものを訴えているのです。
圧力や武力の実力行使、人が人を迫害するヘイトなどに何の未来もなく、しかし現実にそれらの思想がはびこってきている今、もっとも必要なものはインテリジェンスなのだと。
コミック・ヒーローのバトル・アクションなどと並行しながら、こういったものの企画が通ってしまうハリウッドの懐の深さ。
キャストにしても決して有名ではなく、むしろケヴィン・コスナーやキルスティン・ダンストといったスターが脇に回って黒人個性派女優たちを巧みにサポートしていく姿勢の真摯さにも感服させられます。
(C)2016Twentieth Century Fox
本作は単なる美談ではなく、平和を求める人はもちろんんこと、むしろ日頃ヘイトな言動に傾きがちな人にこそ見ていただきたい作品です。そうすることで、自分が一体どのあたりのキャラクターの位置にいるのかが一目でわかり、恥ずかしくなること必至でしょう。
そして3人の女性の生きざまに敬意を表してもらえたら、そこからまた新しい希望が生まれてくるのではないでしょうか。
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(文:増當竜也)
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