映画コラム

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2019年06月01日

『メモリーズ・オブ・サマー』忘れがたい夏休み映画になった「3つ」の理由

『メモリーズ・オブ・サマー』忘れがたい夏休み映画になった「3つ」の理由



(C)2016 Opus Film, Telewizja Polska S.A., Instytucja Filmowa SILESIA FILMOWA, EC1 Lodz -Miasto Kultury w Lodzi



本日6月1日より、ポーランド映画『メモリーズ・オブ・サマー』がYEBISU GARDEN CINEMAとUPLINK吉祥寺で公開、以降も全国で順次公開されます。結論から申し上げれば、本作は“切ない夏休み映画”や“思春期の少年の心理を描いたドラマ”として申し分のない内容でした。大きなネタバレのない範囲で、その魅力をたっぷりとお伝えしましょう。

1:12歳の少年の主観で描く、
“母の不倫”を“わかってしまう”物語だった


まず、本作のあらすじを簡単に紹介しておきましょう。舞台は1970年代末のポーランドの小さな町。12歳の主人公は母とふたりきりの夏休みを存分に楽しんでいました。しかし、母はやがて彼を家に残して毎晩どこかに出かけるようになり、その親子関係に不穏な空気が流れ始めます。一方で主人公は都会からやってきた少女と出会い好意を抱くのですが、彼女と町の不良少年の関係にも憤りを覚えるようになっていきます。

監督であるアダム・グジンスキの言葉を借りて端的に述べるのであれば、主題は「母と子の間にある絆と、その喪失をめぐる物語」であり、サブプロットとして「少女との初恋」や「男の子の世界への通過儀礼」が描かれている、という内容になっているのです。

特筆すべきは、明らかに母は不倫をしているのに、その不倫をしている現場そのものは全くと言っていいほどスクリーンには映し出されないということです。あくまで“間接的”に、じわじわと、しかし確実に母の不倫の事実に気づかされるようになっている、それにより母と息子の間にある信頼関係が壊れていってしまう様を見せつけられる……という、なんとも観ていて(もちろん良い意味で)辛くなってくる演出と作劇がなされているのです。

そして、映画ではほぼほぼ全編を通して12歳の少年の“主観”が描かれています。浮気現場をはっきりとは目撃しないけれど、母が浮気をしている事実は疑いようもない事実だとわかる……という少年の主観は、映画を観ている観客の視点と完全に一致しています。「大好きな母が浮気をしている」という、思春期の少年の辛すぎる気持ちを同一視して実感できる……これが『メモリーズ・オブ・サマー』の大きな魅力と言っていいでしょう。

そのメインのプロットに覆いかぶさるように、好意を抱いている少女が他の不遜な少年に奪われてしまうのではないかという焦燥感と不快感、それでも時間が有り余っている夏休みの時間を過ごさなければいけないという“逃げ場のなさ”をも、映画では容赦なく示していきます。やがて少年はどうあっても“正しくない”態度で母に接してしまい、心ない言葉を少女に浴びせてしまったりもするのですが、それもまた“思春期の少年の過ち(または通過儀礼)”として決して珍しくはないと思える、身につまされるものでもあるのです。

『メモリーズ・オブ・サマー』は「決して現実では体験したくはないけれど、現実に十分に有り得る、ひと夏の少年の辛い思い出を追体験できる映画」とも表現できます。わざわざ映画を観て辛い気持ちになるなんて、と思われるかもしれませんが、“暗い感情を映画の中に溶け込ませている”作品は、毒にも薬にもならないような映画よりも絶対に価値があります。それを期待する人にこそ、この映画を観て欲しいのです。



(C)2016 Opus Film, Telewizja Polska S.A., Instytucja Filmowa SILESIA FILMOWA, EC1 Lodz -Miasto Kultury w Lodzi



2:どのカットを観てもため息が出るほどに美しい!
美術や衣装にキャラクターの生活感や背景が見えてくる!



本作は映画としてのルックが優れている、どのカットを観ても(辛い物語と相反するように)ため息が出るほどに美しいということにも触れなければいけないでしょう。“秘密の場所”のような石切場の池で寝っ転がっていたり、質素なアパートでの日常でさえも、ポストカードにできるほどの美麗さや儚さに満ち満ちているのです。日本とは少し違う、ポーランドの夏の空気感も随所に示されており、違う世界に旅に出かけたような感動も、そこにはありました。

さらに、1970年代であることが如実に伝わる美術や衣装にも手が込んでいます。例えばアパートには父が旅行で買ってきたのであろうソ連製のカラーテレビが置かれていますし、おばあちゃんからもらった小さなテーブルクロスといった“もの”だけで彼らの生活感や背景が見えるようにもなっていくのです。

衣装も同様で、主人公は質素だけど清潔な服を着ている、母は出かける(浮気をする)ときにファッショナブルなドレスを身にまとう、少女は半ズボンにダブダブのTシャツという男の子のような格好をしている……といったことがそれぞれのキャラクターの“らしさ”をも示しているのです。

こうした細部から物語やキャラクターの内面が伝わってくるというのは、映画でしかなし得ない語り方です。物語の起伏は少なく、悪い言い方をすれば話そのものは地味とも言えるのに、映画全体は豊かさに満ち満ちている……というのは、やはり映画としてのルックに並々ならぬこだわりがあったからでしょう。撮影を『アンナと過ごした4日間』や『エッセンシャル・キリング』のアダム・シコラが手がけており、その手腕が今回も最大限に発揮されたのも疑いようがありません。

そして、2002年生まれの新人俳優のマックス・ヤスチシェンプスキが、途轍もない美少年であるという事実も大きな魅力になっています。本作が俳優デビュー作であることが信じられないほどの熱演と存在感も見せており、その活躍をもっと追い続けたくなることは間違いありません。「とにかく美しい映画が観たい」という方にとっても、『メモリーズ・オブ・サマー』は満足できる1本になることでしょう。



(C)2016 Opus Film, Telewizja Polska S.A., Instytucja Filmowa SILESIA FILMOWA, EC1 Lodz -Miasto Kultury w Lodzi



3:衝撃的なオープニング!
監督の実体験に基づいた物語でもあった!



本作は映画の始まり方(オープニング)がかなり衝撃的です。具体的にどういう内容かはもちろん伏せておきますが、これこそが映画全体にただならぬ緊張感を与えており、観客の興味を持続させる仕掛けとしても有効に機能しているのです。“そこに至るまで”にどのようなことがあったのかを想像する、そして映画全体を観終わった時にそれを“もう1度”実感できてしまうというのも、また(もちろん良い意味で)辛く苦しいものがありました。

そして、この『メモリーズ・オブ・サマー』のアイデアはアダム・グジンスキ監督自身の経験に基づいているそうです。一方で自伝映画というわけではなく、「自身の経験が1つにまとまり、脚本として具現化し、創造的なかたちを見いだした結果がこの映画なのです」とも、監督は語っていました。

前述したように、『メモリーズ・オブ・サマー』は思春期の少年の辛すぎる気持ちを同一視して実感できる作品です。それは、監督自身の経験を反映しただけでなく、普遍的に誰にでも共感しうる物語へしっかりと落とし込んだ結果なのでしょう。上映時間が83分と短いのにも関わらず、圧倒的に豊かな映画になっているということ、思春期の少年ならではの感情をこれ以上のないリアリズムをもって追体験できたこと……素晴らしい映画になっていたと、掛け値なしに賞賛したいのです。



(C)2016 Opus Film, Telewizja Polska S.A., Instytucja Filmowa SILESIA FILMOWA, EC1 Lodz -Miasto Kultury w Lodzi



おまけ:『COLD WAR あの歌、2つの心』も要チェック!


ポーランド映画と聞いても馴染みがない、観たことがないという方も多いでしょう。しかし、第91回アカデミー賞で監督賞・撮影賞・外国語映画賞と3部門にノミネートされたポーランド映画(ポーランド・イギリス・フランス合作)の話題作もあります。それは、日本では6月28日に公開される『COLD WAR あの歌、2つの心』です。



© OPUS FILM Sp. z o.o. / Apocalypso Pictures Cold War Limited / MK Productions / ARTE France Cinéma / The British Film Institute / Channel Four Televison Corporation / Canal+ Poland / EC1 Łódź / Mazowiecki Instytut Kultury / Instytucja Filmowa Silesia Film / Kino Świat / Wojewódzki Dom Kultury w Rzeszowie



内容は「冷戦下の1950年代を舞台に、時代に翻弄される恋人たちの姿を美しいモノクロ映像で描きだす」という触れ込みになっており、お堅い政治映画、またはマジメなラブストーリーかと思いきや(もちろんその要素もありますが)……実はヒロインがけっこうとんでもない性格で、どんどんスターになっていく彼女に男のほうが振り回されてしまうところもある、かなりブラックで辛辣とも言える、エンターテインメント性もしっかりある内容になっていたのです。

『COLD WAR あの歌、2つの心』の物語は『ラ・ラ・ランド』のようでもあり、『アリー スター誕生』のようでもあり、『カサブランカ』のようでもあると、種々の名作映画を彷彿とさせるところもありますが、一方で観終わってみるとそのどれとも違う印象に変わる、十分に独創的な内容にもなっていました。次々に時代が変わっていくという展開の早さもあって上映時間は88分とタイトに仕上がっており、それでいて見事な歌を披露するシーンも多くミュージカル映画のような魅力も備えていると、こちらもやはり映画として豊かな内容になっていたと断言できます。そして、劇中では「2つの心」という歌も歌われるのですが……桂三枝のギャグを思い出して良くも悪くも笑ってしまう日本人も多いかもしれませんね。



ともかく、『メモリーズ・オブ・サマー』と『COLD WAR あの歌、2つの心』を合わせて観れば、それぞれ別ベクトルでポーランド映画の面白さと魅力を知ることができるのではないでしょうか。いつもとは違う映画体験をしたいという方にも、この2本をオススメします。

(文:ヒナタカ)

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