『ピータールー』は過去の惨劇を通して未来の社会危機を訴える



© Amazon Content Services LLC, Film4 a division of Channel Four Television Corporation and The British Film Institute 2018.



SNSの功罪も伴ってか総体的に息苦しさのみが際立つ心の酸欠状態の中、人々は国家など政治権力の横暴に対しても不感症になってきているのではないか?

言論の自由が侵され、そのうち私たちの手から完全に奪われてしまうのではないかと危惧してしまうような、そんな深刻な出来事が国の内外で多発しています。

そんな2019年の今から200年前、「ピータールーの虐殺」もしくは「マンチェスターの虐殺」と名付けられた体制側による理不尽極まりない弾圧虐殺事件が、イギリスで起きました……

《キネマニア共和国~レインボー通りの映画街399》

巨匠マイク・リー監督が描く『ピータールー マンチェスターの悲劇』は、その未曽有の虐殺を壮大なスケールで完全再現しつつ、単なる過去の惨劇として振り返るだけでなく、200年後の現代社会の危機を予見し得るものとして捉えた画期的な傑作なのです!

イギリス史上最悪の
権力による弾圧事件


『ピータールー マンチェスターの悲劇』は、1819年8月16日のイギリス、マンチェスター広場でデモ行進しようとしていた6万人の非武装市民を国家権力が弾圧するという英国史上最も残忍極まる“ピータールーの虐殺”事件を映画化したものです。

1815年、ウォータールー(ワーテルロー)の戦いでナポレオン戦争を終結させたイギリスではありましたが、勝利の喜びもつかの間、戦争のあおりで経済状況は悪化し、労働者階級の人々は職を失い、困窮していきました。

一方ではコートを盗んだだけで絞首刑となる圧政の中、時の国家権力に対する不平不満は日に日に増大していき、あちこちで抗議活動が行われるようになっていきます。

当時の労働者にはまだ選挙権もありませんでした。

そして1819年8月16日、マンチェスターのセント・ピーターズ広場で民主主義を訴える大々的な集会が開かれますが、集会を違法とみなした治安判事の要請でサーベルを振り上げた騎兵隊とライフルで武装した軍隊、義勇軍らが招集され、6万の民衆の中へ突進していき……。

本作はまず、勝とうが負けようが戦争はただ民衆を苦しめるものでしかないことを示唆した上で、国家権力に抵抗しようとする人間の本能ともいえる生存欲を尊いものとし、逆に体制側の大上段に構えた愚劣さを露にしていきます。

監督は『ネイキッド』(93)『秘密と嘘』(96)『ターナー、光に愛を求めて』(14)などで知られるイギリス映画界の巨匠マイク・リー。

彼はこうした民衆の凱歌をドラマチックにあおるのではなく、淡々とした日常描写を積み重ねながら、自由と平等への渇望を見事に、そしてスリリングに魅せていきます。

対して権力側に対しては、わざわざ誇張する必要すらないとでもいった姿勢で、愚劣極まりない存在(監督曰く「彼らを悪人に仕立て上げたのではなく、事実を描いただけだ」)とみなしています。

民衆を扇動する活動家ヘンリー・ハント(ロリー・キニア)にしても、決して英雄的に描くのではなく、むしろどこか自己顕示欲の強いエゴイストの面を隠していないあたりは卓抜としています。

あくまでもこの映画の主役は民衆そのものであると言わんばかりなのです。

そしてクライマックスとなる“マンチェスターの虐殺”の修羅場は『ソルジャー・ブルー』(70)や『天国の門』(80)など虐殺事件を描いた過去作のそれに勝るとも劣らない壮絶かつ凄惨なもので、自分がその場にタイムスリップしているかのような錯覚に囚われるほどのリアリティに満ち溢れています。

なお“ピータールー”という名称は、ウォータールーの戦いと皮肉な対比を成すものとして名づけられたものです。



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虐殺から200年を経た
「今」こそ必見の映画



“マンチェスターの虐殺”から今年はちょうど200年(これもマイク・リー監督の創作意欲を駆り立てた一因になっているとのこと)。

200年の月日を経て、世界中の多くの国は選挙権もさながら民主主義を成し遂げて久しいものはありますが、逆に今はそうした先達が血を流しながら手に入れた自由と平等の権利を当たり前のものになりすぎて興味をなくし、はたから見ると放棄してしまっているような、そして時の権力は民衆の無関心を巧みに利用しながら、自分たちの都合の良い社会を築き上げようとしている。

日本でも現政権による忖度も含めたさまざまなスキャンダルが勃発しまくっているにも関わらず、先日の参議院選挙は戦後2番目に低い投票率であった事実に対して、マンチェスターの虐殺で亡くなった人々は何というだろうか……。

また、本作は虐殺の真相を世に知らしめようとした人々によってガーディアン紙が創刊され、以後マスコミが政権の監視役として機能していくといった事実も描いていますが、では今、マスコミはそうした機能に対してどこまで自覚的なのか?

日本はもとより世界中がきな臭くなってきている中、200年前の惨劇に着目させることは、単に過去を振り返るだけでなく、これからの未来に危惧感を抱かせるとともに、ではどうしたらよいのかを観客一人一人に考えさせる大きなきっかけとなることでしょう。

せひとも2019年の「今」こそ必見の映画、それが「ピータールー マンチェスターの悲劇」なのです。

(文:増當竜也)

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