『一度死んでみた』の堤真一、初の本格映画出演&五社英雄監督の遺作となった『女殺油地獄』
2020年3月20日より公開の『一度死んでみた』は、2日間だけ死んじゃう薬をめぐって繰り広げられる、デスメタルな娘と変人博士な父親のドタバタ騒動を描いたオモシロ・コメディ映画です。
娘にはコメディ初挑戦の広瀬すず、そして父には堤真一が扮していますが、シリアスなものからオバカものまで何でもござれのこの芸達者、昨年も『決算!忠臣蔵』で討ち入りの資金繰りに四苦八苦する赤穂浪士のリーダー大石内蔵助をユニークに演じて話題を集めたばかり。
そんな堤真一ですが、もともとは1980年代半ばから舞台で活躍してきた演劇畑の彼が本格映画出演するきっかけとなった、1992年度の五社英雄監督作品(遺作でもあります)『女殺油地獄』を今回ご紹介したいと思います。
回想されていく
殺された油屋の女房の真相
五社英雄監督版『女殺油地獄』は、1721年に人形浄瑠璃として初演された近松門左衛門の世話物を原作としたもので、これまでに7回映画化されている中、本作は6度目の映画化となります。
大阪天満町の油屋・豊島屋の女房お吉(樋口可南子)の惨殺死体が発見されました。油と血が混じり合った惨状の殺害現場には、河内屋の銘が入った油樽が転がっていました……。
映画は回想へ入ります。
河内屋の放蕩息子・与兵衛(堤真一)は、油屋の元締めである小倉屋の一人娘・小菊(藤谷美和子)と密会を重ねていました。
河内屋は豊島屋からのれん分けしてもらった店で、与兵衛が幼い頃から乳母代わりをしてきたお吉は、二人の関係が知れてしまうと河内屋が商売できなくなると与兵衛を諭しますが、彼は神妙にうなづきつつもなかなか関係を清算しようとはしません。
まもなくして二人の関係が周囲に知れるところとなって激しい非難を受けた与兵衛の反抗心はさらに増し、駆け落ちという手段に打って出ますが、そうした極限状況は小菊を異常なまでに興奮させて魔性に目覚めさせてしまう結果となり、恐れをなした与兵衛はお吉に助けを求めるのでした……。
やがて小菊は別の男の許へ嫁ぎ、ようやく与兵衛も家業に精を出すようになりますが、小菊はその後も与兵衛を誘っては密会を続けていきます。
そのことを知ったお吉は小菊をやんわりと戒めますが、逆に高慢な態度に出られたことから、かねてより小菊に抱いていた嫉妬の炎を抑えきれなくなり、ついには女の意地が昂じすぎて自らの体を与兵衛に投げ出してしまいます。
しかし、それはお吉と与兵衛をさらなる愛欲の地獄にのめりこませていくことになり……。
大胆なアレンジで紡がれる
女と男の激しい愛欲の業
本作はお吉が与兵衛の乳母替わりであったことや、小菊が油屋の元締めの一人娘であること、またお吉が与兵衛と肉体関係を持つようになるいきさつなど、近松の原作を大幅に改変しながら独自の世界観を構築しています。
脚本は『赤ひげ』(65)『乱』(85)などの黒澤明監督作品や『鬼畜』(78)『震える舌』(80)など野村芳太郎監督作品で知られる名匠・井手雅人。
実はこの作品、井手が亡くなる前に五社監督のために書き残した脚本だったのです。
女と男の熱く激しい情念の炎をダイナミックに描出することに長けた五社監督の本作にかけた執念は、古巣のフジテレビや『226』(89)『陽炎』(91)と五社作品をプロデュースしてきた奥山和由らのバックアップを得て実を結び、撮影にまでこぎつけますが、長年ガンを患っていた五社監督は撮影途中に体調を崩し、病室から撮影現場に通いながらこれを完成させ、本作公開後の1992年8月30日にこの世を去りました。
しかし本作は、五社監督と長年苦楽を共にしてきた撮影・森田富士郎、美術・西岡善信、音楽・佐藤勝ら優れたスタッフ・ワークによって、まるで何かに取り憑かれたかのように、まさに五社ワールドとしか言いようのない異様なまでの画と音の迫力ある融合が醸し出されており、ひたすら圧倒されるのみ。
キャスト陣も『陽炎』に続いて五社映画の主演を務めた樋口可南子の妖艶かつ一見落ち着いている風で実は徐々に狂っていく女の業が魅惑的に開花。一方では若さゆえの傲慢さを前面に押し出していく藤谷美和子の静かで熱いバトルを交えながら、格調高くも赤裸々に映えわたる愛欲の秀作として見事に屹立することになりました。
そして数々の舞台で脚光を浴びて注目を受けつつ、本作に抜擢された堤真一は、関西生れの出自を活かしながら、浪花の放蕩息子の気丈さも弱さも同時に体現してくれています。
なお、この後も「自分の原点は舞台」として演劇中心の活動に勤しんでいく彼ですが、1996年の『弾丸ランナー』でSABU監督と意気投合したことから映画出演も徐々に増えていき、2005年の『フライ、ダディ、フライ』で数々の映画賞を受賞するに至るのでした。
その後の映画やドラマ、そして舞台での活躍ぶりは、もはや言わずもがなでしょう。
(文:増當竜也)
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