『博士と狂人』レビュー:学者と殺人犯が共闘して作り上げたものとは?
地道な作業の裏に秘められた
壮大な人間ドラマ
このように本作はマレーとマイナー、博士と狂人の不思議な奇縁と共闘を描いていきます。
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マレーは学士号を持たない叩き上げの学者で、それゆえに理事会から疎まれていました。
マイナーはもともとはインテリながらも、戦時中の心の傷が癒せぬまま、その悪夢に苦しみ続けています。
そんな中で二人の交流は、お互いにとって生きる上での大きな励みになっていきます。
またマイナーは自分が殺した男の妻イライザ(ナタリー・ドーマー)への償いの想いから、徐々にお互いの気持ちを通わせていくようにもなります。
しかし、そのことが結果としてはマイナーの繊細な心を再び苦しめることになり、ひいてはマレーとの交流にもひびが入っていき、辞書編纂に影響を及ぼすとともに、マレーの立場も危うくさせていきます。
いやはや、辞書編纂という地道な作業の裏に、かくもすさまじく壮大な人間ドラマが秘められていた事実に驚かされますが、それを体現していくメル・ギブソンとショーン・ペンの名演がさらに大きな説得力を持たせています。
元々本作は原作にほれ込んだメル・ギブソンが、20年の構想を経て完成させた執念の作品なのでした。
俳優としては『マッドマックス』シリーズなどアクション・イメージの強い彼ですが、監督として『ブレイブハート』(95)や『パッション』(04)『ハクソー・リッジ』(16)など壮大な問題作を連打してきた才人ならではの奥深い見識に裏付けられながら、静謐な中にも激しい情念を籠らせた秀逸な人間ドラマとして見事に屹立しています。
“狂人”を演じるショーン・ペンの鬼気迫る存在感も特筆しておくべきでしょう。
繊細であるがゆえに心を病み、そのことに苦しみ続け、さらには殺した相手の妻を愛してしまったことへの罪悪感など、激しい衝動に翻弄されては己を傷つけていってしまう男の悲劇を見事に演じ切っています。
監督はメル・ギブソン監督作品『アポカリプト』(06)脚本に参加したP.B.シャムランで、これが初監督作品となりますが、誠実かつ着実な描写の数々で見る者を19世紀末のスケール豊かな世界へ誘ってくれます。
天変地異や戦争みたいな派手な要素がなくても、映画はどんなジャンルであれ心のスペクタクルとしての醍醐味をもたらせてくれる。そのことを改めて痛感させてくれる作品です。
しかも、やはりそれが辞書編纂という地道な作業の中に秘められている事実にも、改めて感嘆せざるをえないのでした。
(文:増當竜也)
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