(C)映画「心の傷を癒すということ」製作委員会
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映画コラム

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2021年01月30日

『心の傷を癒すということ 劇場版』コロナ禍の今に必要な映画になった「3つ」の理由

『心の傷を癒すということ 劇場版』コロナ禍の今に必要な映画になった「3つ」の理由

2021年1月29日より、『心の傷を癒すということ 劇場版』が公開されています。


本作が原案としているのは、志半ばでこの世を去った実在の精神科医・安克昌(劇中の名前は安和隆)氏の著書「心の傷を癒すということ 神戸…365日」。その生涯を、遺族関係者への取材をもとに構築したオリジナルストーリーとなっています。

今回の映画は、NHKドラマとして2020年1月から放送されていた全4話を、劇場用に再編集したもの。このドラマ版は放送文化基金賞(番組部門)・最優秀賞を、主演を務める柄本佑が同賞・演技賞、ギャラクシー賞(テレビ部門)の2020年2月度月間賞を受賞するなど、絶賛で迎えられていました。

題材としているのは、1995年に発生した阪神・淡路大震災。その未曾有の事態に遭遇した人々の心の傷を描くと同時に、等身大の人間の生涯を追うドラマも備えていました。

そして、2021年の今のコロナ禍で誰もが不安を覚えている今にこそ、観てほしい理由もはっきりとあったのです。具体的な作品の特徴や魅力を、以下に記していきましょう。



1:「1つの理由」を見つける、自己肯定の物語

主人公の安和隆は、幼い頃に家にあった外国人登録証明書を見つけ、自身が在日韓国人だったという事実を知ります。日本人の名前を名乗っていたのは「息子たちが差別や偏見に悩まされないように」という親の配慮が理由ではあったのですが、結果として彼は「自分が誰なんか、よくわからん」と言うほどにアイデンティティが揺らいでしまいます。

さらに、彼は医学部に進学しても専門分野に悩んでしまい、「心のどこかで、全部どうでもいいと思っているんでしょうね」と自暴自棄になっていた気持ちさえも吐露します。しかし、その後に彼は、今までの人生を振り返った結果の、ある「1つの理由」を胸に、厳しく頑固な父に反抗するように精神科医への道を歩むことを決意します。

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劇中では、「理由がいっぱいあるのはないのと同じ、どれも決定的な理由じゃないから、いっぱい並べるんや。自分を納得させるためにな」という格言も語られています。人生の選択における「○○だし○○だし○○もあるし○○だから」などのたくさんの理由よりも、1つの理由のほうが決定的なものであり、その人にとっては重要なのだと、劇中では訴えられているのです。

その「1つの理由」は、同時に自分が「こう生きていきたい」という目標であり、そしてアイデンティティにもなり得ます。初めこそ、自分の本名の漢字についても「“不安”の安です」とネガティブに説明していた彼が、どのように自分の本名を語り、アイデンティティを確立していくのか……その等身大の人間の成長と自己肯定までの物語にも、確かな感動がありました。それは、同じように将来への悩みを抱えている人にも、きっと響くことでしょう。

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2:弱くても良い、傷ついた人に優しい社会へ

その後、安和隆は結婚して家庭を持ち、全国から訪れる患者に献身的に接していたため、34歳の若さで医局長となります。そして、1995年1月に大地震が起こり、神戸の大学病院は患者で溢れ返るのですが、安は「座っているだけで、何もできない」自分に憤りを隠せなくなります。その後も安は精神科医としてできることを探そうと奔走し、避難所で被災者の声を聞こうとするも、なかなか受け入れてもらえません。

他の専門分野の医者や看護師は、目に見えてわかる傷の手当てに奔走しているのに、自分は何もできていない。精神科医として初めての事態であり、ノウハウもない。そんな中で、被災した人々の心のケアをするということは、とてつもない難題であり、彼自身もとてつもない不安に襲われたことでしょう。

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それでも、安は心の傷を抱えた人たちのために、救いとなる言葉を投げかけ、人々に変化を起こさせます。不謹慎だと怒られた子どもの「地震ごっこ」を見た後に、彼がどのような行動をしたか。「神戸の人はバチが当たったんだ」という心ない言葉に対して、どう思えばいいのか。時には人の悪意にさえも、彼は真剣に向き合っていくのです。

筆者が特に感銘を受けたのは「弱いことは良いこと」だと肯定してくれることでした。自身の弱さを知っている人は、他の人の弱さもわかることができる。加えて、悲しみや苦しみを吐露することで、救われることもあると説いているのです。

この映画の冒頭では、「災害に強い社会は、傷ついた人に優しい社会だと(安は)言っていました」という言葉も投げかけられていました。災害や未曾有の事態で社会全体が不安に包まれている時こそ、傷つけられた人に優しくあろうとする意思、自身の弱さを肯定する価値観は、必要なものでしょう。

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3:伝えているのは、等身大の人間が「遺した」もの

そのように被災した人々の心のケアを続け、新聞に連載していたエッセイも本として出版した安和隆でしたが……やがて、自身がガンに侵されていることを知ります。その後はガン治療を受けながらも、医師として診療を続けようとし、そして「本当の心のケアとは何か?」への答えへとたどり着くのです。

この映画の冒頭では、安が亡くなった後に、彼の妻や弟がその言葉や想いを代弁していました。いわば、この映画がそのものが彼が生前に「遺した」ものを伝えようとしているのです。

現実における安克昌は、震災後の心のケアの実践に道筋をつけ、日本におけるPTSD(心的外傷後ストレス障害)研究の先駆者となりました。その功績を讃えるだけでなく、そのルーツから語り始め、アイデンティティへの悩みも持つ等身大の人間として描ききっていることこそ、本作の最大の美点と言えるでしょう。

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まとめ:精神科医の方々に、敬意を

先日、新型コロナウイルスに感染した30代の女性が、「自分のせいで周りに迷惑をかけてしまった」などの理由で、自ら命を絶ってしまうという、痛ましいという言葉では足りないニュースが報道されていました。

今は、阪神・淡路大震災の時とはまた異なる未曾有の事態に、世界中の人々がかつてない不安にさらされています。実際の精神科医の方々もまた、ノウハウがない中でも奔走し続けた劇中の安和隆のように、真摯にこの状況に苦しむ人たちの心のケアを続けているのでしょう。

思えば、目に見えてわかる身体の傷とは比べものにならないほど、人の心の傷というのはわかりにくく、そして治るまでの「正解」もはっきりとしないものです。その傷が深ければ、自ら命を絶つ原因にもなってしまいます。他のどんな専門分野よりも難しいことに、精神科医の方々は取り組んでいるとも言えるのではないでしょうか。

この『心の傷を癒すということ 劇場版』は、その精神科医という仕事の素晴らしさを、今一度教えてくれました。前述した通り、その精神科医もまた悩み多き等身大の人間として描いてくれるからこそ、その尊さがさらに際立つようになっているのです。

そして、この映画で投げかけられた、悪意のある言葉に対しての向き合い方、弱さを肯定する価値観などは、今のコロナ禍でこそ、さらに必要なものです。これらがより多くの人に届けば、きっと悲劇を減らすことができると、筆者は信じています。

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