人生を学べる名画座

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2021年05月02日

弘兼憲史人生を学べる名画座 Vol.03|『ローマの休日』|「記念写真をお受け取り下さい」

弘兼憲史人生を学べる名画座 Vol.03|『ローマの休日』|「記念写真をお受け取り下さい」



実をいうと、僕は恋愛映画が苦手です。特に、『ある愛の詩』(1970年)みたいなべタベタな「さあ、泣いてください」というようなものがダメなのです。『愛と死をみつめて』(1964年)も苦手で、「まこ、甘えてばかりでごめんネ」なんて聞くと、つい「ケッ」とか思ってしまうタイプの男です。

でもこの『ローマの休日』は非常によくできている。これは恋愛映画というよりも、ラブ・コメディといったほうがいいかも知れませんが、これほどきっちり巧く作られている映画はなかなかありません。

監督は、ウィリアム・ワイラー。『大いなる西部』(1958年)、『ベン・ハー』(1959年)などの大作を撮った巨匠です。それまで端役の経験しかなかったヘプバーンを主役に抜擢し、「世界の恋人」と呼ばれるまでのスターを生み出したワイラーの功績は多大なものがありますね。

ヘプバーンは『ローマの休日』以降、『ティファニーで朝食を』(1961年)や『おしゃれ泥棒』(1966年)といったコミカルな小悪魔的な役を演じたり、『シャレード』(1963年)のような、ちょっとハラハラドキドキのラブロマンスに出演したりと、観終わった後の観客を幸せな気分にしてくれる貴重な女優でした。彼女が「妖精」と呼ばれるのは、そのためでしょう。

その中でも『ローマの休日』は別格で、古い作品ですからリバイバルで何回も何回も繰り返し観ました。高校時代には劇場にカメラを持っていって、シャッタースピードを30分の1にセットしてスクリーンを直撮りしていました。画面にオードリーがアップになった瞬間、「今だ!」と言ってカシャカシャとね。

でも個人的には、ヘプバーンのような清楚な感じよりも、僕はもっとエロい女優が好きなのです。この人は綺麗過ぎて、官能的なイメージはまったくなかった。だからこそ、妖精と呼ばれたのでしょうが......。

晩年にはユニセフの親善大使として活躍し、スティーブン・スピルバーグ監督の『オールウェイズ』(1989年)に出演しました。もちろん歳はとっていましたが、相変わらず清楚な感じを保っていましたね。

そんなヘプバーンの最高傑作が『ローマの休日』、この映画は完璧です。

まず、脚本が素晴らしい。描かれている恋愛が、永遠でないからいいのかも知れません。新聞記者と王女というまったく身分の違う二人が恋に落ちて「絶対に叶うわけはないだろう。一体どういう終わり方をするんだろう?」と思って観ていたら、あんな素敵な終わり方をさせた。刹那的な、しかも切ない別れ......。

こんなシーンがありました。

王女にとっての夢のような一日が終わり、帰らなければならない時間となる。帰ればもう二度と会えないということを、お互いわかっているのです。その別れ際、ジョー (グレゴリー・ペック)に送ってもらった車中でアン(オードリー・ヘプバーン)がこう言います。

「じゃ行くわ 私はあの角を曲がるから 貴方はもう帰って あとを追ってこないで ここで帰るって約束して お別れよ」――これには何度観てもジーンときますね。

この映画は、ドラマを作る上でも大変参考になりました。漫画家として影響を受けた何本かの映画の中に、タイプ的には好きではない『ローマの休日』が入っている。これは我ながらちょっと不思議ですが、それだけこの作品が優れているのだと思います。


『ローマの休日』の主要キャストは、アン王女、新聞記者のジョー・ブラドリー、そしてジョーの相棒であるカメラマンのアービング・ラトビッチ(エディ・アルバート)の三人。

この中で、特に僕はアービングの人物像が好きですね。ここで選んだのも、アービングのラストシーン近くの台詞です。

-----記者会見が終了-----

側近:記者の方々に挨拶を 


〜進み出るアン 最前列の記者たちと順々に挨拶を交わす〜

〜アービングと向かい合うアン〜


アービング:CRフォト・サービスのラトビッチです 


アン:ありがとう 


〜アンと握手をするアービングポケットから封筒を取り出して 〜


アービング:ローマご訪問の記念写真をお受け取り下さい


〜封筒の中身を見るアン 秘密警察をギターで殴っている写真が入っている 〜


アン:本当にありがとう


-----ここまで-----

このシーン、実に洒落ています。

ジョーは、仕事を真面目にこなしていくようなタイプではなく、新聞社ではクビになりかかっているような存在です。そこに、天から降ってきたように、目の前にアン王女が現れる。彼は一世一代の大スクープにしようと、編集長と500ドルの賭けをします。

「アン王女の単独インタビューがもし取れたら」と。

そこで、アンのプライベート写真を押さえるために、相棒であるアービングを呼び出す。そのアービングが実にいい奴なのです。彼はジョーにデート費用を貸し、二人に同行してアンの姿をライター型のカメラを使ってカチャカチャと撮影する。

オープン・カフェで吸った初めてのタバコ、アンの運転するスクーターが暴走して警察に捕まったときの様子、真実の口でジョーの冗談に驚いて抱きついてしまう様子、水上パーティーでのドタバタ劇......。

そのどれもが、ジョーとアービングにとっては、ものすごいスクープです。ですが、ジョーはアンに心を奪われてしまったために、悩んだ末にこのスクープを公表しないことを決意する。

たった一日ではありますが、アンに恋をし、熱いキスまで交わしたジョーの心情は理解できます。夢のような「ローマの休日」の一部始終をマスコミに公開されたら、アンの心は大きく傷つくでしょうからね。

でも、せっかく苦労して撮影したスクープ写真を公表しないなんて、アービングにとっては納得のできない話です。それはジョーも理解していますから「僕は記事を書かないけど、君がこの写真を公表することを止めはしない」と言う。そして二人はアン王女の記者会見に向かい、そこで先ほどの会話となる。アービングは結局、すべての写真をアンにプレゼントしてしまうのです。


(ローマ滞在中の最後の会見で、アンは初めてジョーが記者だったことを知り、ショックを受けるのだが……。)

これがもし『ゴッドファーザー』(1972年)の世界であればそうはいきません。多分アービングは口ではうまいことを言いながら、裏切ってどこかの新聞社に写真を売るのではないでしょうか。でも、彼はジョーの相棒であり、友達なのです。ジョーの心情を推し量って大スクープを潔く捨てるアービング、実にいい友達だと思います。

僕は、友達という存在はとてもいいものだと思っていますが、無理に作るものではないとも思っています。波長の合わない相手と友達になろうと思っても、それはできない。逆に、波長の合う人間と出会えれば、どんなきっかけであれ友達になれるのです。だから、友達を作ろうと思って努力する必要はないと思います。

そして一番重要なのは、その人といて楽しいか? ということ。

一緒にいて「楽しい」と思えるのが友達なのだと思います。だから、「最近、こいつといても楽しくないな」と思ったら、それはもう友達ではない。自分が変わったのかもしれないし、相手が変わったのかもしれませんが、とにかく波長が合わなくなったということです。そんなときは無理して関係を修復しようとはせずに、距離をおくべきだと思いますね。

『ローマの休日』のアービングは、「なんでそんなに惜しいことを」とは思ったでしょうが、結局はジョーの心情を理解してスクープを捨てた。これこそが本当の友達です。「スクープにはならなかったけど、楽しかったもんな」と思えたのでしょう。

僕はこのアービングのキャラクターがとても気に入って、 彼のイメージを『ハロー張りネズミ』のグレさんに使わせていただきました。


(C)弘兼憲史/講談社

(アービングのイメージというグレさんは、島耕作シリーズにも登場。私立探偵としていい味を出している。)


また、この作品は白黒ですが、非常に綺麗にローマの街を撮っています。

当時、日本にはローマに行ったことのある人はほとんどいなかったので、映画でローマ観光をしているような気分にもなれました。コロッセオやスペイン広場、トレビの泉や真実の口など、当時は「世界にはこんなところがあるんだ、憧れだなあ」と思いましたね。

これ以降にローマを舞台にした作品としては、『恋愛専科』(1962年)がありました。カンツォーネの名曲『ア・ル・ディ・ラ』が流れる中、トロイ・ドナヒューとスザンヌ・プレシェットの二人がスクーターに乗ってローマの街をくるくる回るという、『ローマの休日』をかなり意識して作られた映画でしたが、やはり『ローマの休日』にはとても及びませんでしたね。

この映画のように、王様や王女様、あるいは殿様が普通の世の中へ降りて来るストーリーはよくあって、例えば『王子と乞食』(1977年)という作品もありましたが、そこに刹那的でおしゃれなストーリーを加味しているというのがこの映画の魅力でしょう。

もちろん、グレゴリー・ペックとオードリー・ヘプバーンという典型的な美男美女の起用も成功した要因の一つ。

この作品はアカデミー賞で、主演女優賞、衣装デザイン賞、原案賞を獲っていますが、主演女優賞はもちろん、衣装デザイン賞を獲ったというのにもヘプバーンの功績があったのだと思います。

ジョーの部屋から出たアン王女が、スペイン広場に行ってジェラートを食べる。美容院にぶらりと入って、長い髪を大胆にバサッと切る。そういった一つひとつのシーンが当時の女性たちの憧れとなり、あのヘアスタイルは大流行しました。男物のパジャマを女性が着るというのも、この映画以降に流行った記憶があります。

そして、もう一つ印象に残っている台詞は、記者会見の最後のアンの言葉です。質疑応答で「今回の歴訪でいろいろな国に行かれましたが、一番印象的な都市はどこでしたか?」と聞かれる。こういった場合、いろいろな質問に対する答えはすでに用意されていますから、アンはまず、それを答えようとします。

「どこの都市にもそれぞれのよさが......」でもこの後にハッキリと「ローマです!」と言ってしまう。側近は、「えっ? なんてことを」と驚いていましたが、記者たちの最前列にいるジョーと視線を合わせながら言ったこの台詞、とても印象に残りました。

映画はこの後、記者会見場からジョーが去っていくシーンで終わります。思い切りローアングルにして、ちょっと複雑な表情のジョーの全身をズーッと撮っている構図が、印象的なラストシーンとなっていました。

弘兼憲史 プロフィール

弘兼憲史 (ひろかね けんし)

1947年、山口県岩国市生まれ。早稲田大学法学部を卒業後、松下電器産業(現・パナソニック)勤務を経て、74年に『風薫る』で漫画家デビュー。85年に『人間交差点』で小学館漫画賞、91年に『課長島耕作』で講談社漫画賞を受賞。『黄昏流星群』では、文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞、第32回日本漫画家協会賞大賞を受賞。07年、紫綬褒章を受章。19年『島耕作シリーズ』で講談社漫画賞特別賞を受賞。中高年の生き方に関する著書多数。

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