映画ビジネスコラム

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2021年06月08日

「わからない」アニメ・映画・ドラマを楽しむ2つの方法

「わからない」アニメ・映画・ドラマを楽しむ2つの方法



今は、説明をしっかりしてくれる「わかりやすい」アニメや映画、ドラマが支持されると読んだ。

筆者も「わかりやすい」作品は大好きだ。深く考えずに観られる安心感は、まさに娯楽にうってつけだと思う。

またなにより、識者とまではいかなくとも「ちょっと分かってる感」漂う感想が、ぱっと思い浮かぶ。正直、こういう書く仕事をしていると、感想ひとつとってもプレッシャーを感じなくもないので、助かっている部分もある。


な~にが、プレッシャーを感じるだ。 正直、誰でも言える感想ではないか!

しかしこれは、仕方ない。なぜなら筆者は、この感想をつぶやいた『ゴジラS.P』というアニメについて、「わからない」まま楽しんでいるからだ。


「超計算機、オーソゴナルダイアゴナライザー、アーキタイプ……?? 」「え、ちょ……置いてかないで!」状態が、物語終盤の11話になっても続いているにもかかわらず、なぜ作品を楽しんでいるのか。その楽しみ方を、ちょっと、いやだいぶ恥ずかしいが、自分を紐解く形で紹介したい。

「わからない」を楽しむ方法1:知っている自分に酔う

まず筆者が「わからない」を楽しめている理由の1つに、「その作品を知っている自分に酔っている」ことが挙げられると思う。

「わからない」作品は、通好みになりがちだ(筆者調べ)。放送時間になっても、上映が始まっても、SNSのトレンドに上がってこない。自分のフォロワーにつぶやいている人もほぼいない。

「わからない」作品はそんな、「マイナーで通な作品に触れている自分」「他の人の知らない世界を知っている自分」「その作品をいいと思える感性を持っている自分」に浸る時間を、与えてくれる。案外これが、気持ちいい。

「わからない」を楽しむ方法2:開き直る

2つめの理由は、わからない作品に対しては正直に「わからない」と開き直っているからだろう。

大体今の世の中は、感想を言うハードルが異常に高くなりすぎていると思う。

SNSで各公式アカウントが作品のハッシュタグで感想を募るのも珍しくないにもかかわらず、「作品名 面白い」と検索すれば、「この作品が面白いって言ってるやつ、どうかしてる」みたいなコメントが目に付く。またいろんなサイトのヤ○ーニュース転載記事についた○フコメをのぞけば、その内容に対して「浅い」なんてコメントがついていることもあるくらいだ。

感想や考察は本来、その人だけに芽生えたものである。赤の他人に自分の価値観で否定されたり、その内容の質を評価されたりすること自体がおかしいのだ。(誹謗中傷の類のものは含まない)

とはいえ、自分だけの感想が傷つけられるのは、正直つらい。だったらもう「わからない」と開き直ってしまおう、というのが筆者なりの感想を気楽に言うコツだ。

そもそも「わからない」にもかかわらず、「面白い」「すごい」「感動した」と人の心を引きつける力を持ったアニメや映画、ドラマは、それだけ魅力あふれる作品だと言っても過言ではないだろう。

ただ自分の中でまだかみ砕けていない状態で感想を言うことに抵抗を覚えるのならば、「わからない」と開き直ってしまうのも1つの手だと思う。筆者はこれからも、積極的に開き直っていく所存だ。

心動かされた「わからない」を信じよう

世の中に無数にあるアニメや映画、ドラマなどの作品の中には、記事で触れられていた「わからないから、つまらない」ものもある。

しかし、「ストーリーは理解できないけれど、音楽は好き」「人間関係が複雑すぎて整理できないけれど、キャラクターデザインはたまらない」「設定についていけないけれど、作品が醸し出す雰囲気は自分に合う」といったように、「理由は明らかではないものの、なんか心惹かれる部分がある」作品もあるはずだ。そんな作品との出会いを、たった一言の「わからない」で片づけてしまうのはもったいない。

わからない部分があるけれども目が離せない、気になる作品にこそ、自分の興味関心や好きなものの傾向がつまっていると思う。ちなみに筆者の中では、色づかいとオープニング映像がカッコいいアニメは、ストーリーがわからなくても名作に入る。

リアルタイムで感想が言えるようになり、それをきっかけに遠くにいる人ともつながれるようになった現代。少しでも早く、リアクションを表現したいと思うのも無理はない。

ただそうしたいあまり「わからない」作品を自分の中から排除してしまうと、もしかしたら自分の中に芽生えていたかもしれない「面白い」「好き」さえも逃してしまう。実際に筆者は、数々の「心動かされたわからない」と出会ってきたからこそ、新たな自分好みの作品を見つけるアンテナが育てられたと思っている。

だからまずは、「わからない(けれども、なんか面白い)」という直感に身を委ねてみてはいかがだろうか。また「わからない」自分を恥じる必要は、絶対にない。「わからない」状態で感じた心の震えも、立派な感想だ。

なにかと忙しい現代人にとって、無駄にも思える「わからない」作品に触れる時間。ただこの時間は、自分の「面白い」「好き」との出会いを研ぎ澄ますのに必要な機会だと、筆者は思う。

(文:クリス)

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