『ジュゼップ 戦場の画家』感想 | 引かれた線の"あちら側"と"こちら側"について考える
『ジュゼップ 戦場の画家』感想 | 引かれた線の"あちら側"と"こちら側"について考える
エンドロールになって驚いた。始まってまだ1時間と少ししか経っていなかったからだ。『ジュゼップ 戦場の画家』はスペイン人画家の半生を描いたアニメーション映画であるが、伝記やアニメという言葉が想起させるイメージには到底納まらない、濃厚な傑作である。
ジュゼップ・バルトリと聞いてピンと来る人は少ないだろう。1910年にスペイン・バルセロナで生まれ、スペイン内戦時代にはフランコの反乱軍に抵抗し、共和国軍の一員として活動した。メキシコへの亡命を経て、のちにニューヨークに移り住み、芸術家としての地位を確立させた実在の人物である。
本作ではスペイン内戦を逃れ、逃亡した隣国フランスの強制収容所で過ごした彼の30代を中心に描く。難民たちの凄惨な出来事を残した実際のスケッチは評価を得て、後世の貴重な記録ともなった。
フランス出身のイラストレーターであるオーレル監督が、ジュゼップの絵画に出会ってこの映画は生まれた。風刺漫画を手がけるオーレルは、ジュゼップのレジスタンスとジャーナリズムの両方を持った点に魅せられたという。完成に10年をかけてジュゼップの本質に迫った本作は、ジュゼップとオーレルが同じアーティストとして、時代を超えて共鳴しあった証ともいえ、映画の随所に結晶として現れる。
その一つが独創的なビジュアルだ。過酷な強制収容所のシーンは水墨画のように白と黒の濃淡で描かれる。実際の愛人であり、女神のごとく登場するフリーダ・カーロの場面では色鮮やかで伸びやかな展開が心地いい。ジュゼップの実際の絵はその間にテンポよく挟み込まれ、静止画のように現れて瞬間、時間を止める。そんなメリハリのある移り変わりは音楽と混じり、あっという間に観る者の心をさらう。ビジュアル、音楽、テンポの卓越した表現に織りこまれた監督のメッセージをいつの間にか享受しているのである。
人が人として扱われない、死と隣り合わせの強制収容所での生活は、極限状態の人間に訪れる性を否応なく見せつける。特に強く印象に残ったのは、スペイン人の難民とフランス憲兵のあいだに引かれた有刺鉄線であった。餓えや病死、暴力の中に置かれた難民と、蔑みをもって監視する憲兵に引かれた線である。区切られたあちら側とこちら側にどんな違いがあるのかと何度も考えさせられる。しかしその論点は後半、絵について語るジュゼップとフリーダ・カーロとの会話に明かされているようにも思えた。絵に線は不要で、色と色で補完しあっているものという。人間社会も本来はボーダーはなく、補完しあっているということではないかと思ったのだ。
ジュゼップを手助けしたかつての若き憲兵の回顧から始まるこの物語は、現代にも結びついていて、語り継ぐ大切さを感じさせる。凄惨な事実を伝えようとすると構造だけが残り、大きな歴史に回収される場合がままある。本作ではジュゼップと若き憲兵との友情を縦糸としつつ、第二次世界大戦前夜に起きた事実を掘り起こし、現在の難民問題にまで繋げさせている。世界の名だたるコンペティションで高評価を得ているのも頷ける。濃縮された時間に、しっかりと残る手ごたえと余韻を感じることだろう。
(文:山本陽子)
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