フジファブリックの音楽が活きる映画:汗が弾ける青春モノから血が弾けるサスペンスまで
(C)2018「ここは退屈迎えに来て」製作委員会
「陽炎」
春のうららかな日に、野原などにチラチラと立ちのぼる気。日射のために熱くなった空気で光が不規則に屈折されて起こるもの
※広辞苑(第7版)岩波書店
辞書には春のうららかな日とあるし、むしろ夏真っただ中を思い浮かべる人が多いと思われるこの言葉。ただ私は「陽炎」という言葉を耳にするたびに、夏の終わりを感じる。その理由として、フジファブリックというロックバンドの楽曲「陽炎」の存在が非常に大きい。
「あの日の光景」を音楽で共通言語化する天才バンド・フジファブリック
フジファブリックは、奥田民生に憧れたフロントマン志村正彦を中心に、山梨で産声をあげたバンドだ。2000年からメジャーデビューまでの約4年間でインディーズアルバム「アラカルト」「アラモード」をリリースし、2004年にシングル「桜の季節」をひっさげメジャーシーンに乗り込んだ。そしてこの楽曲を皮切りに、四季盤と呼ばれる春夏秋冬をテーマにしたシングルが世に出されることとなる。その夏盤が「陽炎」だ。
歌詞を聴く限りは、「直射日光が肌を突き刺す」「夕立ちが起こりやすい」夏真っ盛りの季節を歌った楽曲だ。しかしなぜだろう。この曲を聴くたびに脳内に思い浮かぶのは、セピアがかった小学生ぐらいの夏の思い出。そしてそれを夏休み最終日に絵日記として書き残しているような感覚が、胸にじんわりと広がっていく。隣のノッポにバットを借りた経験はないにもかかわらず……。
湿り気を帯びつつも雨上がりを感じさせる。そんな「陽炎」の軽やかなピアノの旋律は、「経験したことのない風景」までをも共通言語のように思い起こさせてくれる。
この叙情的な楽曲の作詞作曲を手掛けた志村正彦は、2009年12月24日に急逝。バンドを続けるか続けないかの大きな壁にぶち当たりつつも、ギターの山内総一郎、キーボードの金澤ダイスケ、ベースの加藤慎一らメンバーたちは今もなお、フジファブリックとしての歴史を紡いでいる。
フジファブリックはその歴史の中で、映画とのタイアップも重ねてきた。その時代の流れ順に、フジファブリックが音楽を担当した作品を紹介したい。
『スクラップ・ヘブン』エンディングテーマ 「蜃気楼」(2005年)
バスジャックされた車内でたまたま居合わせた3人の若い男女がのちに、自分たち同様世の中に対するモヤモヤを持った人たちのうっぷんを晴らすべく、復讐を代行するという内容の本作。己の正義感を満たせずに悶々としていた警察官・粕谷シンゴ(加瀬亮)と、彼に復讐代行を持ちかける葛井テツ(オダギリ ジョー)が、社会の理不尽に“他人の復讐”で抗う姿に、けっして褒められたものではないもののちょっぴり爽快感が味わえる一本だ。と同時に、「自分は本当に想像力のある人間か」という問いを投げかけられる作品でもある。
けっして後味のいいラストではない。そのすっきりしない気持ちを、エンディングテーマの「蜃気楼」がますます強くする。どんよりとした曲調とすこし粘着質すらあるけだるげな志村の歌声に加え、「え、ここで曲終わり?」と思うアウトロまでもが映画の雰囲気にピッタリなので、ぜひエンドロールの最後まで見届けてほしい。
『悪夢探偵』主題歌 「蒼い鳥」(2007年)
自らの身体を切り刻み亡くなるという自殺にしては異様で猟奇的な事件の真相を、他人の悪夢に潜り込める能力を持つ影沼京一(松田龍平)と霧島慶子(hitomi)が一緒に解き明かしていく『悪夢探偵』。サスペンスありホラーありスプラッタありの物語は終始薄暗く、そのグロテスク表現ゆえにPG12の制限が設けられている。(といいつついろいろツッコミどころが満載なので、エンタメとして楽しめるとも思う)
そんな作品のラストに流れるエンディングテーマ「蒼い鳥」はきっと、陰鬱とした気分にとどめを刺すことだろう。ちなみにこの楽曲は、フジファブリックが2007年におこなった両国国技館ライブで“怒涛のダークゾーン”と呼ばれるセットリストの1曲目に演奏したほど暗い。
憂鬱な気分の時に聴いたら結構ダメージを食らいかねないので、映画も楽曲も心身ともに元気な時に楽しむことをおすすめする。
映画『モテキ』オープニングテーマ 「夜明けのBEAT」(2011年)
(C)2011映画「モテキ」製作委員会
映画を紹介する前に一言だけ、フジファブリックにモノ申したい。初期のタイアップ、暗すぎる……。記事を書くにあたり久しぶりに映画を観返したのだが、結構きつかったぞ……。
ということでここからはアップナンバーかつ、明るい気分で見られる作品を紹介できそうだ。
恋愛奥手を極め、モテない人生を30年近く歩んできた主人公の藤本幸世(森山未來)が、ある日を境に突然過去に出会ってきた女性たちからの猛アプローチを受けまくる、いわゆる「モテ期」到来を経験する『モテキ』。劇場版は、テレビ東京系列の「ドラマ24」枠で放送されたストーリーの1年後を、原作者の久保ミツロウが完全オリジナルで書き下ろしたものだ。
松尾みゆき(長澤まさみ)という至宝を生み出した名画でもある。
おそらくこの作品を通してフジファブリックを知った人も多いのではないだろうか。ドラマ時代から引き続き、劇場版でオープニングテーマとして採用されたのは「夜明けのBEAT」だ。幸世の「モテ期よ~!!」という雄たけびのあとにイントロがかかり、タイトルがキラキラドーンと出る。そのタイミングは、この楽曲の使い方として最適解、神がかっていると思う。
またこの楽曲は、フジファブリックが誇るダンスナンバーだ。しかし曲のテンションと志村のけだるげな歌声が素直に踊らせてくれないところもある。一筋縄ではいかないダンスナンバーは、幸世の「チャンスをものにできないヘタレっぷり」と見事に調和していると思うのだ。
『虹色デイズ』挿入歌 「虹」「バウムクーヘン」(2018年)
(C)2018「虹色デイズ」製作委員会 (C)水野美波/集英社
なっちゃん(佐野玲於/GENERATIONS from EXILE TRIBE)・まっつん(中川大志)・つよぽん(高杉真宙)・恵ちゃん(横浜流星)、性格も趣味も全然違うけれども仲良しな男子高校生4人組の青春を描いた『虹色デイズ』。少女漫画原作の柔らかな友情とキラキラした恋愛模様がまぶしい一本だ。
この作品には「虹」と「バウムクーヘン」の2曲が挿入歌として使われている。どちらともキーボードの軽快なイントロが印象的な楽曲で、物語を象徴する4人がプールに浮かぶ場面を彩っている。
その爽やかなメロディだけでなく、歌詞もが登場人物たちの“今”を象徴しているように見えた。劇中で登場人物たちは、友情や恋愛に限らず進路といった、先の見えない不安感を抱えている。そんな高校生たちの悶々とした心情が、心のうちに秘めていた願望や自分の弱い部分をさらけ出したこの2曲と非常にマッチしていた。
そして4人の男子高校生たちにはそういう自分の本音や弱みを受け止めてくれる仲間がいるというところも含めて、「虹」「バウムクーヘン」の2曲がこの映画で使われたことに大きな価値を感じるのだ。
『ここは退屈迎えに来て』エンディングテーマ 「Water Lily Flower」(2018年)
(C)2018「ここは退屈迎えに来て」製作委員会
『ここは退屈迎えに来て』は、高校時代にみんながせん望のまなざしを向けていた椎名くん(成田凌)を軸に、大人になった若者たちが今を生きる様子を描いた青春群像劇だ。学校、そして田舎というコミュニティの閉塞感。スクールカーストに支配されていた学校生活における、自分が何者でもないように思える焦燥感。そしてそこから脱皮したくて外の世界に出たものの、何も変われずに結局過去の思い出にすがりたくなる気持ち。青春物語の中でも苦々しく、チクリと胸が痛む部類に属する作品だろう。
青春の儚さを描いた本作においてフジファブリックは、エンディングテーマ「Water Lily Flower」と作品全体を彩る劇伴を担当している。つまりフジファブリックミュージックムービーといってもいいだろう。
さらに劇中で登場人物たちが心情を吐露するかのように歌われたのが、フジファブリック往年の名曲「茜色の夕日」だ。志村が地元山梨を想い歌ったこの楽曲は、ファンだけでなく多くのアーティストから愛されている。夢をあきらめかけた志村青年が地元に戻ろうとしたときに、バイト先の先輩だった氣志團の綾小路翔に曲をくれと言われ、帰るのを留まったという話もあるくらいだ。
息苦しさを感じていたはずの故郷に戻ってきて、この歌を口ずさんだわたし(橋本愛)。そんな彼女との対比で登場したある人物とセリフが物語を締める。そのあとに流れてくるのが「Water Lily Flower」だ。ぼやけたように響くベースの音と淡々と刻まれるギターの音色によって、どんよりとした曇り空のような景色が思い浮かぶ曲のはじまり。そこから徐々にキーボードやコーラスなどの音が重なり壮大になっていく。歩幅が少しずつ大きくなるかのような曲の展開は、過去や未来に振り回されて立ち止まってしまった背中を押してくれるかのようだ。観終わったあとに苦々しさだけで終わらないのは、このエンディングテーマの存在が大きいと感じる。
好きなアーティストつながりで映画を観るススメ
今回は「映画とのタイアップ作品」のみを紹介してきたが、フジファブリックは数々のアニメやドラマともタイアップをしてきた。2021年10月から始まる「つまり好きって言いたいんだけど、」(テレビ東京系)のオープニングテーマを務めることも決まっている。
世の中には本当に数多くの映像作品が存在する。そのため何を観ていいか迷ってしまって、結局手をつけられずじまいという人も少なくないだろう。
そんな人は好きなアーティスト、音楽の軸で映像作品に触れてみてはいかがだろうか。もちろん観てみたら、ストーリーが合わない、俳優の演技がピンとこないといった「自分的ハズレ」を引くこともある。
ただ大好きなアーティストの曲が劇中でどんな使われ方をしているのか、また映画をどう捉え楽曲を書き下ろしたのか。そこに注目するだけでも、映像作品は十分楽しめるはずだ。
(文:クリス)
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