「僕の姉ちゃん」音楽制作の舞台裏|吉田監督・江川P・佐藤音楽P鼎談

<「僕の姉ちゃん」特集企画>

Amazon Prime Videoで全10話先行配信中のドラマ「僕の姉ちゃん」は、益田ミリの同名コミックを原作に、姉弟のほっこりとした二人暮らし生活を描いた作品。2022年にはテレビ東京での放送も予定されている。


ピリッとした毒舌を繰り出すも憎めない姉・白井ちはる役に黒木華、社会人1年目で素直な性格の弟・白井順平役に杉野遥亮。1話24分の中に詰まった恋愛や仕事に効くちはるの名言が本作の魅力のひとつだが、ドラマの世界観を支える”音楽”の存在も忘れられない。

本作の監督を務めた吉田善子、テレビ東京・プロデューサーの江川智、音楽プロデューサーの佐藤能久を迎え、作品の魅力を底上げしている”音楽”のこだわりを語ってもらった。

原作の魅力「純粋にはなりきれない部分」を音楽でも表現

——そもそも音楽プロデューサーとは、ドラマ制作においてどのような役割なのでしょうか?

江川智プロデューサー(以下、江川):ドラマを作る上で、音楽プロデューサーは毎回入るとも限らないんですが、今回はCMディレクターが本業の吉田監督に初めてドラマを撮る中で監督がやりやすい、作りやすいスタッフとやりたかったんです。その観点から監督がいつもCMで組まれている佐藤さんに入って頂きました。

佐藤能久プロデューサー(以下、佐藤):僕が本作で担当したのは、吉田監督が抱いている音楽のイメージをキャッチして、具体的な形にしていくことですね。こちらからも色々と提案をしつつ、イメージをすり合わせました。


——音楽のイメージを言葉にして伝えるのは難しいのでは。吉田監督は、どういった取っ掛かりから言語化されたんでしょうか。

吉田善子監督(以下、吉田):まず「ちはるのテーマ音楽」と、それに対する「順平のテーマ音楽」が必要だと思いました。ちはるの場合は、彼女の性格や魅力を表現した音楽にしたい。順平には物語を進めていく”車輪”のような役割があるので、それをイメージした軽快でポップな音楽にしたいな、と。そのほかの音楽についても、その場の状況やキャラクターの感情を表すことを目的にオーダーしました。たとえば「順平が落ち込むシーンには、こんな音楽が合うと思う」とイメージしながら。


佐藤:作曲をお願いしたのは、多くの映画やCM曲を担当されている川嶋可能さんです。仮編集の映像を見ながら、川嶋さん・僕・吉田監督で細かく打ち合わせしながら進めました。

音楽のイメージを具体的に言葉にするのは、確かに難しいことです。川嶋さんには「ステージ上ではなく、聞く人のいないバーの片隅でも流れているような曲調で」と伝えていました。ちはるが会社から自宅へ帰ってくるシーンや、順平が坂道を登るシーンなど、それぞれの状況にマッチした印象的な音楽になったと思います。

吉田:原作の魅力である「純粋というだけではない部分」を、どうやったら音楽で表現できるのか。ちはるの一本筋が通った部分や、順平の素朴な部分など、どう表現したらしっくりくるのか。

ちはるは根本的に純粋な部分を持った人ではありますが、これまでの経験や、そこから得た知識によって、”心地よく疲れた濁り”のような部分を併せ持っている人でもあります。わかりやすく透き通っているだけではない、ちはるの魅力を、音楽でも表現したかったんです。佐藤さんや川嶋さんが、それを見事に形にしてくれたと思います。

——仕上がった音楽に対し、江川Pはどんなご感想を?

江川:僕はそれほど細かく打ち合わせには入らずにある程度お任せしていましたので、出来上がるまでは「どんな音楽なんだろう」とドキドキしていました。でもいざ仕上がったものを聴いて感動しました。どの曲もこのドラマを象徴する素晴らしい音楽だと思います。

また、吉田監督と「『僕の姉ちゃん』をどういうドラマにするか?」と話していたときに、小津安二郎監督の映画『おはよう』(1959)の話が出てきましたよね。すでにこのドラマを視聴してくださってる方の中には「小津安二郎っぽい、レトロな音楽が素敵だ」という感想をお持ちの方もいます。監督自身、どこまで具体的な音楽のイメージを持っていたんですか?


吉田:音楽面ではそこまで『おはよう』を参考にした意識はありませんでした。ただ、作品全体に流れる空気感や、頭が疲れているときでも観られるシンプルさは、通じるものがあるかもしれませんね。

佐藤:『おはよう』の話をしたことで、監督が撮りたい世界観の共有はできたと思います。僕自身もそこまで小津安二郎のテイストを音楽に反映させた意識はありませんが、吉田監督と「僕の姉ちゃんを表現する音楽」を模索していく中で、昭和のレトロな空気感が、たまたまぴったり合ったのかな、と。

音楽がなくても成立する黒木と杉野のすばらしい演技

——ちはると順平が会話するシーンでは、ほとんど音楽が流れていませんね

吉田:このドラマは二人の会話がメインです。会話のシーンでは極力音楽を流さず、ちはると順平の声に集中してもらうように意識しました。音楽ではなく、虫の鳴き声や野良猫の声などを入れています。季節に沿った自然の音を聞きながら、姉弟でくだらない会話をする。それが至福の時であることを表現したかったんです。そういう意味では、小津安二郎『おはよう』が参考になっているかもしれません。あの映画も、会話のシーンではまったく音楽が入鳴らず、場面転換のシーンで入る構成になっているので。

佐藤:たとえ会話だけであっても、黒木さんと杉野さんの演技が素晴らしいので、音楽がなくてもまったく問題ないな、と思いました。

江川:風の音とか猫のケンカとか鐘の音とか、意識して聞くとすごく繊細な音作りなんですよ。そのシーンに合った効果音がひとつひとつ素晴らしい。音響効果を担当された浅梨なおこさんのおかげです。


吉田:ちはると順平は、東京から少し離れた郊外に住んでいるからこそ、帰宅したあとは思考を切り替えてリラックスできる。だからこそ、身内にしか聞かせられない本音が出るのかな、と思います。各シーンで流れる音楽はもちろんのこと、姉弟の会話の合間に鳴る、季節感を表した効果音にもぜひ耳を澄ませてほしいです。

音楽で表したかった、ちはるの「狂気」

——最も印象的な音楽を挙げるとしたら、どのシーンの音楽ですか?

江川:やはりメインになっている「ちはるのテーマ」が一番ですが、それ以外で言えば6話「わたしが別れる理由」のラストシーンで流れる音楽が印象的です。ちはるが仕事帰りに、道で亀を拾うシーンなんですけど。あの音楽があるかないかで、この物語の印象が左右されてしまうような気がします。

——アップテンポで明るい曲調ですよね。確かに全話を通してみると、このシーンの音楽だけ異質な気がします。

佐藤:監督から「強めな音楽がいい」と要望があったんですよね。意向に合わせて、もっと癖の強い曲になるように、荒々しいくらいのドラムを効かせました。

——どんな意図があったのでしょうか?

吉田:6話は、ちはるが失恋をする回なんです。失恋したことによって、どこかおかしくなってしまったちはるの狂気を表現したいな、と思いました。終わった恋なんて忘れて前に進まなきゃならないけど、やぶれかぶれな気持ちになってしまうときってあるじゃないですか。きっと、ちはるもそんな気持ちで、いつも通る道とは違う方向に行ってみた。そうしたら、たまたま亀と出会った。ちはるの運命を左右する“象徴”のような亀なんですよね。


これからまた、ちはるの新しいステージが始まる。そのプロローグに相応しい、狂気をバネに立ち上がるきっかけになる、激しく面白い曲にしてほしかったんです。

——OP/ED曲も印象的ですよね。OP曲は、今作のために書き下ろされたと伺いました。

江川:ハンバートハンバートさんに「ちはるをイメージした曲で!」とオーダーしたら、ものすごい名曲が上がってきて震えました。「恋の顛末」というタイトルがまた、恋多きちはるっぽくて、良いんですよね。

佐藤:ED曲の「Sprite」は、電車が遠くへ走ってく音という歌詞が入ってるんです。1話にある江ノ電が走っていくシーンともマッチしていて、いいなと思いました。

江川:「恋の顛末」がちはるだったのに対し、こちらは順平をイメージした曲です。偶然なのですが、テレビ東京・杉野遙亮さん、OKAMOTO'Sさんの組み合わせはこれで3回目。しっとりした素敵な曲ですよね。ぜひOP、ED曲もじっくり聴いて頂きたいです。

(文・北村有)

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