俳優・映画人コラム

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2021年10月30日

伊藤沙莉の魅力:「その声は、神様がくれた宝物」

伊藤沙莉の魅力:「その声は、神様がくれた宝物」


(C)DirectorsBox

ドラマ「いいね!光源氏くん」やHulu独占配信ドラマ「モモウメ」など、クスッと笑えるコメディ作品での印象が強い伊藤沙莉。

しかし、彼女の真価はコメディ以外のジャンルにおいても発揮されているのである。

コメディに留まらない伊藤沙莉のハードな一面を紐解くべく、本記事では映画『獣道』(2017)『タイトル、拒絶』(2020)の2作品を挙げたい。

『獣道』で演じた”居場所を探し彷徨い続ける”少女・愛衣


(C)third window films

2017年に公開された、伊藤沙莉&須賀健太のW主演映画『獣道』。

男子校生たちが公衆トイレの壁に書かれていた電話番号に連絡すると、制服姿で堂々とタバコを吸う亮太(須賀健太)と”伝説のヤリマン”洋子(伊藤沙莉)がやってきた……という、冒頭からなんともぶっ飛んだ作品である。

ぶっ飛んでいるのも無理はない。本作で監督・脚本を務めるのは、映画『ミッドナイトスワン』やドラマ「Iターン」(2019/テレビ東京)、「全裸監督」(2019)を手がける内田英治だ(彼は『タイトル、拒絶』のプロデューサーも務めている)。

『ミッドナイトスワン』といえば、草彅剛がトランスジェンダーの役を演じたこと、出品されたウディネ・ファーイースト映画祭で名誉あるゴールデン・マルベリー賞を受賞したことなどでも知られる名作である。

『Iターン』も、ムロツヨシ演じる広告代理店の営業マンが、暴力団の抗争に巻き込まれていく筋書き。そして、言わずと知れた「全裸監督」では、「アダルトビデオの帝王」と呼ばれた村西とおるAV監督の自伝的半生を克明に描き出してみせた(本記事では取り上げていないが、この作品には伊藤沙莉もメイク担当・小瀬田順子役で出演している)。

『獣道』も実話を元にした、伊藤沙莉演じる主人公・愛衣の”救われない”半生を表現した作品である。普通なら触れずにそっとしておきたい、性や暴力、宗教、貧困といったテーマを、内田監督はよそ見をせずに真正面から浮き彫りにしていく。伊藤沙莉も、”一片の嘘やごまかしがない”姿勢にぐいぐいと食らいついて来る役者のひとりなのだ。

伊藤沙莉演じる愛衣は、かわいそうな子だ。

生まれながらにして、母は宗教なしでは生きていけない宗教ジャンキー。新興宗教に入れ込んだ母によって教団の施設に入れられた愛衣は、「アナンダ」というもうひとつの名前を授かり、7年もの時を過ごす。

全員が白い服を着て、決められた空間内で厳かに過ごす様子は、ホラー映画『ミッドサマー』(2019)を彷彿とさせる。生まれついた家庭に自分の居場所を見出せなかった愛衣は、新興宗教を通して”自身がこの世に生まれついた意味”を探そうとする。

しかし、教祖の逮捕によって教団は解散することに。またもや居場所を失った愛衣は、その後の生涯を通して”自分だけの居場所”を探すために、彷徨う道を辿っていく。

伊藤沙莉の演技を象徴するキーワードは「涙」と「自由」


(C)third window films

コメディでの印象が強い伊藤沙莉。しかし『獣道』では一切笑いの要素はない。冒頭で挙げた『いいね!光源氏くん』『モモウメ』、はたまたナレーションを務めた『大豆田とわ子と三人の元夫』のイメージで本作に向かうと、少々面食らってしまうだろう。

『獣道』での伊藤沙莉の演技を表すキーワードとして、「涙」「自由」を挙げたい。

宗教ジャンキーの母親によって、7年間、教団の施設で暮らした愛衣。その後、いったん実家へ帰ることになるが、当の母親は別の新しい宗教にハマり込んでいた。久々に顔を合わせた娘のことなど眼中にない様子。実の母親に見向きもされない自身を省みながら、「お母さん、7年ぶりだよ」と涙を滲ませるシーンには、グッとくるものがある。

正直、『獣道』のラストで​​愛衣が選び取った生き方に対し、心から賛同できる人は少ないだろう。彼女はいったい何を目的にこんな言動や行動をしているのか、わかりかねる描写も多い。

しかし、だからこそ物語の序盤にある、この涙のシーンの功績は大きい。

母親とともに宗教ジャンキーの道に入っていくかと思いきや、長年離れ離れになっていた母親に対し、「7年ぶりに会えたのに」と涙する心を、愛衣は失っていないのだ。それが冒頭で示されたからこそ、私たち観客は愛衣の生き様にエールを送ることができる。

教団施設にもいられなくなり、実家で暮らすこともできなくなった愛衣は、その後、居場所を転々とすることに。

ドラッグ漬けが日常茶飯事なヤンキー家族にお世話になったり、たまたま出会った女子高生の自宅へ入り込んだり。なかなか安定した生活を得られない愛衣を見ていると、心がザワザワとして落ち着かなくなる。

しかし、ひそかに愛衣に思いを寄せる亮太の視点が、『獣道』における語り手の役割を果たしてくれる。愛衣がどんな目に遭ったとしても、亮太がいればなんとかなるだろうと、観客は安心して愛衣の挙動を見守ることができるのだ。

ここで、もうひとつのキーワード「自由」を挙げたい。

愛衣は常に、その人生において”孤独”を感じていたかもしれない。しかし、孤立無援にならずに済んだのは、亮太という存在が近くにいてくれたからだ。亮太自身も自分の存在意義を見失っていた。お互いに「自分でいられる場所」「自由を謳歌できる空間」を渇望していたからこそ、惹かれあい、必要な時に巡りあうことができたのだろう。

愛衣はいろいろなものに縛られながら生きてきた。母親、宗教、金、男……。それでも最終的には、彼女なりの”居場所”を見つけて自立している。その人生の過程を追ってみると、不思議と「自由」を感じざるを得ない。

一見すると重たすぎるテーマを持つこの映画が、どこかポップな強さを伴って心に響くのは、伊藤沙莉の佇まいの妙が成せる技である。

『タイトル、拒絶』風俗嬢の悲喜こもごもを一手に引き受ける”胆力”


(C)DirectorsBox


『獣道』の内田監督がプロデューサーを務めた『タイトル、拒絶』。だからとは言わないが、ジャンル分けすると同じ箱に収まりそうな作品である。

伊藤沙莉が演じるのは、風俗に体験入店でやってくるも、”汚いオヤジ”に身体を触られることにどうしても拒否反応を示してしまい、風俗店のスタッフとして働くことになった女性・カノウ。

「仕事探して面接受けて落ちて、受けてまた落ちて。不特定多数のベーシックスタイル。どうなんですか、この人生」と下着姿で独唱するかのような冒頭シーンや、同じく下着姿でホテルから逃げ出すシーンが圧巻である。

『獣道』での語り手は須賀健太演じる亮太だったが、『タイトル、拒絶』ではいわば伊藤沙莉演じるカノウがその役を担う。この作品にも、コメディ要素は一切ない。しかし、腹に一物抱えているような登場人物ばかりで、泣いたり笑ったり怒ったり殴ったりの連続に、一周まわって「笑わなきゃやってられないな」と思えてくる映画だ。

風俗店のスタッフとして働くことになったカノウは、雑務をこなしながら、日々入れ替わりでやってくる数多の風俗嬢と接することに。

スタッフの男性と関係を持ってしまい邪険に扱われる風俗嬢・キョウコ(森田想)や、身体を売るのは金を稼ぐためとスッパリ割り切っているマヒル(恒松祐里)、熟女だとバカにされながらも孤高を貫くシホ(片岡礼子)など、どのキャラクターも濃い。

同じ女性でありながら”売る”側にはいけないカノウは、申し訳なさからか懸命に風俗嬢たちの身の回りの世話をする。おやつや飲み物を調達したり、愚痴に付き合ったり……。

その過程で、カノウはさまざまなものを感じ取る。風俗嬢それぞれの悲しみ、嘆き、やりきれなさ、ままならなさ。ひとりの背中には負いきれそうもない荷物を懸命に引き受けようとする彼女には、底知れない胆力を垣間見た。役者という仕事に自然体で向き合っている伊藤沙莉だからこそ、表現し得た強さだ。

伊藤沙莉を語るうえで外せない!独特な”声”の魅力とその強さ

『獣道』も『タイトル、拒絶』も、どちらも性や暴力とは切り離せないテーマを描き出した作品だ。こういったジャンルの映画は、どうしても重くなりがちで、観る人を選ぶ。

しかし、この両作に関しては、必要な”重さ”を保ったまま、万人に届くようなポップさも備えていると筆者は感じた。そしてそれは、役者・伊藤沙莉の佇まいや表現力に端を発するものだろう。

彼女の魅力を語るうえでどうしても外せないのが、その”声”だ。彼女自身も、自著エッセイ「【さり】ではなく【さいり】です。」において、その”声”について言及している。

「有難いことに街中で気づいていただける時も、大体が喋った時とか笑った時。(中略)コンプレックスだった時もある。なんだこの声。いらないなぁ。邪魔だなぁ。めちゃくちゃに思っていた。」引用:「【さり】ではなく【さいり】です。」※読点、傍点は編集部

「大豆田とわ子と三人の元夫」でナレーションとして起用されたのは、その生まれ持った声の特質によるところも大きいだろう。



しかし、彼女自身、コンプレックスに感じていた時期もあったというのだから驚きである。映画やドラマのオーディション時に「思っていたよりつまらない声でした」と言われたこともあるそうで、現在の活躍ぶりからすると想像さえできない。

そんな”声”に対するコンプレックスを瓦解するきっかけとなったのは、女優・藤田弓子の言葉だったという。

「あなたのその声は、神様がくれた宝物」。そう言ってもらえたおかげで、声の持つ強みを再認識し、活かす方向へ舵を切ることができたのだそうだ。

伊藤沙莉はこれまでにも、天海祐希や永山瑛太など、数々の先輩役者からいただいた言葉を「宝物」「その言葉のおかげで頑張ってこられた」とメディア取材で語っている。

現在の活躍を決して驕らず、周囲の助けあってこその”今”だと言い続けられる彼女の謙虚さにこそ、役者・伊藤沙莉の矜持がある気がしてならない。

(文・北村有)

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