続・朝ドライフ

SPECIAL

2024年08月06日

「虎に翼」美佐江(片岡凜)は悪の定義がわからない<第92回>

「虎に翼」美佐江(片岡凜)は悪の定義がわからない<第92回>


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2024年4月1日より放送スタートしたNHK連続テレビ小説「虎に翼」。

日本史上で初めて法曹の世界に飛び込んだ女性をモデルにオリジナルストーリーで描く本作。困難な時代に生まれながらも仲間たちと切磋琢磨し、日本初の女性弁護士となる“とらこ”こと猪爪寅子を伊藤沙莉が演じる。

ライター・木俣冬がおくる「続・朝ドライフ」。今回は、第92回を紐解いていく。

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赤い腕飾りが増殖

第92回は広島平和記念式典の放送のため、15分前倒しで放送されました。

街の名士の娘・美佐江(片岡凜)が犯罪に関わっているらしいという話がありました。同じ疑いによって捕まった女性たちは赤い腕飾りをしていたことがわかります。

寅子(伊藤沙莉)は心配になり、ライトハウスに行きます。受験が近いので勉強会によく来ているそうです。

外で窃盗事件で怪我をした元木(山時聡真)が美佐江を心配して待っていて、彼もまた赤い腕飾りをしていることに寅子は気づきます。

美佐江がやって来ると、元木は消えます。たぶん、寅子たちに気づいたからと思うのですが、もうちょっと彼の表情を撮ってあげてほしかった。カメラの端からさっと消えてしまい、誰もいなかったように美佐江は平然とライトハウスに入ります。

別の日、美佐江が寅子の職場に訪ねてきます。彼女にかかった嫌疑は誤解で、お友達のしたことに巻き込まれてしまったようなことを言いますが、寅子は元木の腕飾りの謎も含め、本当のことを話してほしいと引き止めます。

「ほんとうは全部話したくて来たんじゃない?」と寅子が真剣に語りかけると美佐江は話し始めました。家庭環境にも人間的魅力にも恵まれているものの、法律の本に書かれた悪の定義がわからないのだと。

どうして悪い人からものを盗んじゃいけないのか

どうして自分の身体を好きに使ってはいけないのか

どうして人を殺しちゃいけないのか

美佐江は寅子に淡々と問います。
対する寅子は、いつもの八の字眉の困り顔ですが、目は涙で潤んでいます。
目の前に、悪を悪と思わない存在がいることの衝撃や困惑にどう対処していいかわからないのでしょう。
美佐江ーー恐るべき子供。純粋に悪を悪と思っていないのです。このとき、美佐江の背後には白い光が当たっていて、逆光で顔は暗くなっていて、光と影のコントラストが彼女は光なのか影なのかわからなく見えます。こういう哲学的演出はさすがの梛川演出。

寅子「答えが欲しくてやっているってこと?」
美佐江「やっている? 何をですか?」

この会話は、寅子が思わず誘導尋問してしまったのを美佐江は賢く乗ってこずごまかす感じがスリリングです。ミステリーの探偵と犯人のような雰囲気が漂います。

すぐに答えを出すことはできないから一緒に考えていかないかと寅子は誘います。そのとき、優未(竹澤咲子)が無邪気にやってきて、寅子は思わず、すばやくぎゅっと娘を抱きしめます。計り知れな恐怖から彼女を守るように。

そのとき美佐江の表情が変わります。

その後、森口(俵木藤汰)がすごい剣幕でやってきて、美佐江が寅子に犯罪者扱いされたと怒ります。たぶん、寅子が優未を美佐江に近づけないようにしたことに心がすこし動いたのだと想像します。あの顔が印象的でしたので。

危うく訴えられるところは、太郎(高橋克実)がなんとかしてくれます。魚心あれば水心ありのいささか狙った感がありますが、太郎は街の調整役になっているんですね。

昭和28年1月、美佐江の審判は行わないことになりました。これもまた太郎の暗躍でしょうか。そのときの寅子の背後の窓の外が風で揺れていて、寅子の釈然としないやりきれない気持ちが伝わってきます。

ランチにライトハウスに行くと、美佐江がいて、隣で教わっている男子学生も赤い腕飾りをつけていました。
寅子の背後で薄くにやりとする美佐江。こわっ。

悪を悪と思わないということは自制を期待できないわけで、そんな彼女がなぜか誰にも咎められず許されて市井に解き放たれている。なんておそろしいのでしょうか。

美佐江の言動には、ドストエフスキーの「罪と罰」を思い出します。優秀だが貧しい学生ラスコリニコフが、老婆を殺し、その行為の正当性を主張します。選ばれし者は他者を殺してもゆるされると考えるラスコリニコフの場合、貧しさという理由がありますが、美佐江は恵まれていて、なに不自由ないにもかかわらず他者を損なうことに罪悪感を持てないでいる。まったくおそろしい存在です。
寅子は、美佐江の件は担当ではないのですが、おせっかいなので放っておけない。この大変な問題にどう対処するのでしょうか。

広島平和記念式典の日、戦争という大量の殺人について考えるこの日に提示された問いは胸に強く刺さります。


(文:木俣冬)

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