映画コラム
<第94回アカデミー賞>隠れた注目作“5選”を徹底解説
<第94回アカデミー賞>隠れた注目作“5選”を徹底解説
日本時間の3月28日(月)、第94回アカデミー賞授賞式が行われる。
今回のアカデミー賞の目玉は『ドライブ・マイ・カー』であろう。国際長編映画賞をはじめとする4部門にノミネートされており、日本映画として初めて作品賞を受賞するのではと期待が高まっている。
実は今回のアカデミー賞では『ドライブ・マイ・カー』以外にも沢山の注目作がある。そこで当記事では、第94回アカデミー賞の隠れた注目作品を「5本」紹介していく。
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『ブータン 山の教室』
今回の国際長編映画賞は、ショートリストの段階から意外な国の映画が選出され興味深かった。
コソボから選出された『HIVE』は、コソボ紛争で夫の帰りを7年も待つ女性が調味料を売る新事業を立ち上げようとする話だ。家業である養蜂業と新事業との間で揺れ動く女性を通じてコソボ社会の閉塞感を捉えようとした意欲作である。
第34回東京国際映画祭グランプリをコソボ映画『ヴェラは海の夢を見る』が獲ったこともあり、ショートリスト止まりながらもコソボ映画の躍進には注目したいところがある。
また、パナマからは『Plaza Catedral』が選出された。これは富裕層に高級住宅を売る不動産の女性がひょこんなことからストリート・チルドレンの子と関係を結ぶ話だ。本作でストリート・チルドレン役を演じたフェルナンド・シャビエル・デ・カスタが撮影後に路上で殺害されたことでも話題となった作品でもある。
(C)2019 ALL RIGHTS RESERVED
さて今回、ドイツ代表の『アイム・ユア・マン 恋人はアンドロイド』やイラン代表の『英雄の証明』といった強豪を破りノミネートされた作品に『ブータン 山の教室』がある。ブータン映画初のノミネートとなった本作は、夢を諦めかけた青年と夢を見る者の交流を描いた心温まる話だ。
教員を目指すも、すっかり意欲がなくなりミュージシャンとしてオーストラリアに移住しようと考えているウゲン(シェラップ・ドルジ)。彼が僻地にあるルナナ村で授業をすることとなる。このように聞くと、よくあるシティ・ボーイが辺境で感化され、改心する話に見えるかもしれない。
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しかし、『ブータン 山の教室』では安易な結末に持っていかないことで、僻地における学校事情の厳しさを物語っている。また、本作は、ルナナ村に行くまでの過程が繊細である。
すっかり教員になる気力を失ったウゲンは、ヘッドホンで音楽を聴いてばかりで案内人との交流を拒んでいる。食事を提供されても、スマホをいじってばかり。「歌おう」と誘われても、拒絶する。田舎に対して見下したような態度を取っているのだ。しかし、スマホの電池がなくなる。音楽も聴けなくなる。顔を上げてみる。すると、都市部での活動が地球に影響を与えて、眼前に広がる絶景を破壊している事実を知る。
さらに、教育の機会に乏しい僻地では、地球規模で環境破壊が行われていることに気付いていないことも知る。
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テレビもなければ、ラジオもない。電気もそれほど走ってない世界で、ウゲンは子どもたちの夢と触れていく。先生になりたいと語る子に戸惑うウゲン。その理由を訊く。
「先生は未来に触れることができるからです。」
この言葉にかつて教員を目指していた自分が揺さぶられていく一方、既に遠のいてしまった教員になる未来はそう簡単に覆ることがない。
ひたすら悩んで、悩んで、秘境ルナナ村で自分の進路を見出していこうとする姿は、就活を控えた大学生にオススメである。
『ブータン 山の教室』基本情報
出演:シェラップ・ドルジ/ウゲン・ノルブ・へンドゥップ/ケルドン・ハモ・グルン/ペム・ザム
監督:パオ・チョニン・ドルジ
製作国:ブータン
原題:Lunana A Yak in the Classroom
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『燃え上がる記者たち』
山形国際ドキュメンタリー映画祭2021にて市民賞を受賞したインド映画『燃え上がる記者たち』が長編ドキュメンタリー映画賞にノミネートされている。
本作は、インド北部にある不可触民・ダリトの女性たちが立ち上げたウェブ・メディア「カバル・ラハリヤー(Khabar Lahariya)」を追ったドキュメンタリーだ。女性たちが情報を発信し、世界を変えていこうとする姿はもちろん、デジタル・ディバイド(情報格差)との向き合い方に密着しているところは注目だ。
ジャーナリストの女性たちにスマホを与え、使い方を教えるところから始まる。家にパソコンやスマホがあろうとも、個人にデバイスを与えるところが重要である。
例え、一家に一台デバイスがあったとしても、夫に占有されて自由に使えないことも少なくないからだ。下手に操作しデバイスを破壊してしまうことで、夫に怒られてしまう心配から解放する。これによりITへの恐怖を払拭することができるのだ。そして講師となる者が、web媒体における動画の撮り方を伝授する。
これらのプロセスを踏むことで、つい最近までは家事育児を押し付けられて生きていた女性たちに活躍の場を与え、世界に訴えかける情報を発信することができるのである。また、「カバル・ラハリヤー」がコミュニティとなることで、抑圧されている女性たちの痛みを和らげることができるのだ。
そんな彼女たちの前を邪魔するのが暴力団や警察である。採石場へ取材に行く。しかし、関係者たちは話をしてくれない。暴力団が採石場を牛耳っているため、ヘタなことを言えば家族に被害が及ぶからだ。
警察は、「ネガティブなことをあまり発しないでくれ。警察の評判が落ちると困るだろう。」とニタニタしながら彼女たちをコントロールしようとしてくる。
本ドキュメンタリーは、ダリトの女性の血汗滲む活動を通じて、デジタル・ディバイドやコミュニティ作りによる抑圧からの解放と向き合ったパワフルな作品である。
アフガニスタン生まれの男が経験する壮絶な回顧録をアニメーションで綴った『FLEE フリー』や、歴史に埋もれた伝説的音楽フェスのアーカイブ映像を繋ぎ合わせた『サマー・オブ・ソウル(あるいは、革命がテレビ放映されなかった時)』と強力な作品が長編ドキュメンタリー映画賞に集結しているが、個人的には『燃え上がる記者たち』を推したいところである。
『燃え上がる記者たち』基本情報
監督:リントゥ・トーマス/スシュミト・ゴーシュ
製作国:インド
原題:Writing with Fire
→きろくびと配給で近日日本公開
『オーディブル:鼓動を響かせて』
『ドライブ・マイ・カー』、『コーダ あいのうた』と第94回アカデミー賞には、ろう者が登場する作品がノミネートされている。短編ドキュメンタリー映画賞にノミネートされている『オーディブル:鼓動を響かせて』もその1つである。
本作は、アメリカ、メリーランド州にあるろう学校「Maryland School for the Deaf」を舞台にした作品。スポ根青春映画のクライマックスを彷彿とさせる躍動感と、決定的瞬間をフレームに収め続けているのが特徴的である。ロッカールームで、作戦会議をする。いまか、いまかと暴れたくてしょうがない学生は、手話で感情を表現していく。試合が終わると勝敗は、決まる。勝者の喜び、敗者の膝から崩れ落ちる悲しみがそこにある。食堂では、学生たちが自分の好きなスポーツに対して激論を交わす。
空間は静かかもしれないが、一般的な高校同様に思春期のありあまる感情を爆発させながら、饒舌に語っていく空気がそこにあるのだ。
しかし、輝ける青春が終わりに近づきつつあると、学生たちは未来に対して不安を抱く。学校は自分たちと同じように障がいを抱えた者が寄り添いながら生きている。対等に議論したりスポーツに打ち込んだりできる。しかし、社会に出るとどうだろうか?
かつて受けた差別がフラッシュバックし、不安となって学生たちにのしかかる。卒業後に広がる大海原に対して健常者以上に不安を抱いていることが吐露されていく。
動と静の瞬間を巧みな編集によって繋ぎ合わせ、ろう学校にある青春の1ページをドラマティックに描いた意欲作である。
なお、今回の短編ドキュメンタリー映画賞には本作を含め、3本もNetflix配信作がノミネートされている。
他にはアフガニスタンの難民キャンプに広がるディストピア映画のような世界を撮った『ベナジルに捧げる3つの歌』、アメリカ社会のホームレス問題に向き合った『私の帰る場所』が配信されている。
Netflixが日本進出してから、観る機会の少ない短編映画部門にも光が当たるようになった。是非、今回のアカデミー賞は短編ドキュメンタリー映画部門に注目してほしい。
『オーディブル:鼓動を響かせて』基本情報
監督:マシュー・オゲンズ
公開日:2021年7月1日(金)
製作国:アメリカ
原題:Audible
>>>『オーディブル:鼓動を響かせて』をNetflixで観る
『BESTIA』
2010年代後半からチリアニメーションが注目を集めている。第88回アカデミー賞では『ベア・ストーリー』がチリ映画として初めて短編アニメ賞を受賞している。
第6回新千歳空港国際アニメーション映画祭で上映された『The Wolf House』は、ドイツの宗教的狂信者から逃れてきた女性の生き様をシームレスに変わりゆく悪夢的描写で描いた作品。監督のクリストバル・レオンとホアキン・コシーニャは本作で注目され、『ミッドサマー』のアリ・アスター製作総指揮のもと少女が死者蘇生の儀式を行う短編『The Bones』を生み出した。
本作は第78回ヴェネツィア国際映画祭オリゾンティ部門で最優秀短編賞を、またシッチェス・カタロニア国際映画祭2021では批評家賞を受賞している。
さて、第94回アカデミー賞短編アニメ賞にもチリのアニメ映画がノミネートされている。『BESTIA』だ。陶器を使ったこのストップモーションアニメは、アリ・アスター映画好きに刺さるであろう不穏さがあった。
こめかみに穴のあいた女性にフォーカスが当たる。その深淵を覗き込むようにして、女性の淡々とした日常が展開されていくのだがベッドには銃が置いてあったり、ナイフがカタカタ揺れ始め回転したりと不気味なシーンが続く。彼女はピノチェト左翼反対派の将校であり、標的を拷問して消すのが仕事だったのである。実は本作は、女性将校イングリッド・オールデロックの伝記映画となっているのだ。
恐ろしく不穏な暴力が画面が覆うのだが、オールデロックの心理に歩み寄っているところに注目である。将校として標的を殺す一方で、自分も消されるかもしれない不安がつきまとう。その得体の知れない恐怖を象徴するように、彼女のことを見つめる人物には表情がなかったりするのだ。
また陶器を用いることで、硬くて脆い感情を表象している。冷徹に人を始末する者の体も心も簡単に壊れてしまう様子を、こめかみの穴で表現しており興味深い。素材選びの鋭さもあり、今回のアカデミー賞短編アニメ賞最有力と考えられる。
本作は、Vimeoでレンタルして日本から観ることができる。全編セリフなしなため、語学に自信ない形でも気軽に挑戦できる作品である。
なお、犬が悲惨な目に遭うためそのような描写が苦手な方は要注意である。
『BESTIA』基本情報
監督:ヒューゴ・コヴァルビアス
製作国:チリ
原題:BESTIA
>>>『BESTIA』をVimeoで観る
『ことりのロビン』
『BESTIA』が「硬い」アニメであるとすれば、対抗馬に「柔らかい」アニメ『ことりのロビン』がいることにも注目したい。
本作は『ウォレスとグルミット』や『ひつじのショーン』で知られるアードマン・アニメーションズの最新作であり、現在Netflixで配信されている。
フェルトのような柔らかい素材でできた、ネズミ耳のことりロビンが自分のアイデンティティに迷い自分探しの冒険に出る話である。ネズミの家族と一緒に、人間の家に忍び込み食材を調達するがいつも失敗して危険な目に遭わせてしまうロビンは、自分一人で大きな成果をあげて認めてもらおうと冒険に出る。
王道のトラブルメーカーの奮闘ものとなっているのだが、アードマンらしい毒っ毛もある。猫に襲われ追い込まれる場面では、死のピタゴラスイッチが稼働し、コミカルながらも背筋が凍る死への誘導がなされており、見た目とのギャップに魅力を感じることだろう。
また、本作はミュージカル映画でもあるのだが、鳥が主役なためか、歌声はささやき声となっている。
つまり非常に珍しい「ささやきミュージカル」が味わえるのだ。グッズが欲しくなるほどの愛らしいキャラクターたちのコミカルな冒険譚は、家族で観ても良し、恋人と観ても良し、1人で楽しんでも良しの万人にオススメできる作品といえよう。
アードマン・アニメーションズの手堅さはお見事である。
『ことりのロビン』基本情報
出演:ブロンテ・カーマイケル/リチャード・E・グラント/ジリアン・アンダーソン/アディール・アクタル/アミラ・メイシー=マイケル
監督:ダン・オジャリ/マイキー・プリーズ
製作国:イギリス
原題:Robin Robin
>>>『ことりのロビン』をNetflixで観る
日本でも観られるようになったアカデミー賞関連作
筆者が映画にハマり始めた中学生の頃は、アカデミー賞ノミネート作品の多くが日本で公開されておらずなかなか楽しめなかった。しかし、ここ数年はNetflixをはじめとするプラットフォームでアメリカと同時期に配信され、リアルタイムにアカデミー賞を楽しむことができるようになった。
特に、今まで観賞手段が極端に乏しかった短編映画部門もあらかじめ観ることができるようになり、サブ部門に対する関心も高まりつつある。
皆さんも、アカデミー賞ノミネート作品を追って授賞式を楽しみましょう。
(文:CHE BUNBUN )
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