『WANDA ワンダ』「死ぬまでに観たい映画1001本」選出の傑作ロードムービー
2022年は、ある本を愛する者にとって興奮が途切れない年である。
その本とは「死ぬまでに観たい映画1001本」だ。
スティーヴン・ジェイ・シュナイダーが総編集を努め、映画史の重要作をバランス良く1001本紹介したものである。
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「死ぬまでに観たい映画1001本」に掲載されている映画
本書では以下のような幅広い作品が紹介されている。
『スター・ウォーズ』(1977):エンタメ超大作
『SHOAH ショア』(1985):9時間以上に及ぶドキュメンタリー
『波長』(1967):45分間ひとつの部屋を撮り続ける実験映画
『REAL LIFE』(1979):ボバ・フェットが乗り込む“スレーヴI”を彷彿とさせるヘルメット型のカメラを被る者がリアリティ番組を盛り上げる作品(※日本未公開)
しかし、本作を全て観ることは配信で手軽に映画を視聴できる時代になった今でも困難である。
実際に序文として以下のことが記載されている。
『死ぬまでに観たい映画1001本』は、そのタイトルどおり、単に名画を選び出して紹介するのではなく、読者を刺激して映画への興味をかきたてることをめざしている。好奇心にかられて本書を手にした読者を熱烈な映画ファンに変え、見るに値する映画リストがこんなにも長いのだとプレッシャーをかけるのが目標だ。
(「改訂新版 死ぬまでに観たい映画1001本(2011)」より引用)
いざ買って読むとしよう。あまりに膨大なリストと文章に腰を抜かすであろう。どこから観たら良いのだろうかと。
■女性監督3作品が2022年に集結!
2022年は「死ぬまでに観たい映画1001本」掲載作品を追う者にとって素晴らしい道筋を与えてくれた。
4月に公開された『ジャンヌ・ディエルマン ブリュッセル1080、コメルス河畔通り23番地』(1975)(以下、『ジャンヌ・ディエルマン』)。現在公開中の『WANDA ワンダ』(1970)。そして今秋公開の『冬の旅』(1985)。これらは全て女性の監督による作品であり、テーマも社会に抑圧される女性像を描いているのだ。「死ぬまでに観たい映画1001本」の掲載作を「点」ではなく「線」で観ることができるのである。
さて、今回は『WANDA ワンダ』を紹介しよう。本作は、家に押し込められ退屈な時を刻む主婦像を描いた『ジャンヌ・ディエルマン』とは対極の物語である一方で、そこにある女性の痛みは共通したものを感じ取れる。まさしく鏡の関係にある作品といえるのだ。
ワンダは飛び出した、どこにも行けない荒野へ
『WANDA ワンダ』(C)1970 FOUNDATION FOR FILMMAKERS
炭鉱に住む女性ワンダ(バーバラ・ローデン)。夫が荒々しく外へ飛び出し、部屋には赤子の鳴き声が木霊するところから物語は始まる。気怠そうに起きるワンダは子育てに対する嫌悪の眼差しを向ける。そんな彼女は夫によって離婚訴訟を起こされ、彼女は独りとなる。そして旅に出る。
しかし、その旅は散々なものだった。仕事を続けられないかと工場のボスに相談するも断られてしまう。バーに行けば男性に酒を奢られるのだが、そのまま夜の関係に持ち込まれ、しまいにはソフトクリーム屋の前で捨てられてしまうのである。どこへでも行けそうな世界へ飛び出しても、社会によって抑圧され続ける様子が描かれているのだ。
『WANDA ワンダ』(C)1970 FOUNDATION FOR FILMMAKERS
その閉塞感を象徴するショットが冒頭で示されている。それは何もないような空間を歩くワンダをロングショットで捉える場面だ。広大な大地を前にちっぽけで何もできない様子を象徴している場面といえる。このような広大な虚無の世界で、彼女はスパゲッティを貪り食い、財布を頻繁になくしては拾う。また、男のためにハンバーガーから玉ねぎを抜いたりする。
主婦として抑圧されていた世界から解放されたとしても、自分の人生を好転させるアクションを投げられず、社会という大きな枠組みの中に押し込められてしまう様子が描かれているのだ。
そんなワンダはバーである男に出会う。Mr.デニスと名乗るその男は強盗であった。彼女は自分を変えてくれるかもしれないその男についていく。そしてある結末に向かって運命の歯車が回り出すのだ。
ケリー・ライカートへと継承される世界観
「死ぬまでに観たい映画1001本」では、「1980年に癌で死亡する前にバーバラ・ローデンが監督した唯一の作品」と記載されているが、厳密には異なる。『WANDA ワンダ』の後に2本短編映画を制作しているのだ。これら3本を踏まえると、バーバラ・ローデンの作品がケリー・ライカートに多大な影響を与えていることが分かる。
実際に『WANDA ワンダ』公式サイトに次のようなコメントが記載されている。
なぜバーバラ・ローデンは映画史の中でもっと称賛されないのでしょうか?私には理解できない。彼女の演技やフレーミングのセンスもさることながら、この映画で彼女が思いもよらない方法でジャンルを弄んでいるのが好きです。当時、他に誰がそんなことをやっていたのでしょう?場所と人々の真の感覚を得ることができ、脇役も皆素晴らしい。
(『WANDA ワンダ』公式サイトより引用)
そこで、バーバラ・ローデンの作品とケリー・ライカートの作品との関係性を深掘りしていくとしよう。
■『The Boy Who Liked Deer』と『ナイト・スリーパーズ ダム爆破計画』との関係性
『ナイト・スリーパーズ ダム爆破計画』
まず『The Boy Who Liked Deer』(1975)。本作は、イタズラばかりする3人の不良少年の物語である。1分間の中に買い物カートを車に激突させたり、窓ガラスを割ったり、壁に落書きをする極悪っぷりを叩き込む。学校でも先生に攻撃的な態度を取り続けて怒らせてしまう。そんな3人は、鹿を虐めようと柵の中に入る。しかし、仲間の1人であるジェイソン(チャック・ウィレン)が虐めに心を痛める。そして、決定的な惨事を前に居た堪れなくなってくる。
この物語の骨格は『ナイト・スリーパーズ ダム爆破計画』(2013)で応用されているといえる。環境活動家の生ぬるい集会に苛立つ3人の環境テロリストがダム爆破を行うのだが、次第に取り返しのつかないことをしてしまったことへの罪悪感に潰されていく話だ。
『The Boy Who Liked Deer』が数度に渡り決定的悪事の瞬間を捉えていたことに対し、『ナイト・スリーパーズ ダム爆破計画』では肝心なダムが爆破する瞬間を描かない。ダム爆破のサスペンスを回避することで、心理的変化の物語であると強調している。
■『The Frontier Experience』と『ミークス・カットオフ』との関係性
『ミークス・カットオフ』(C)2010 by Thunderegg,LLC.
『The Frontier Experience』(1975)は、1869年のカンザスを舞台に、荒野で生きる未亡人の生き様が描かれている。ブーメランのように行って帰ってくる人と小屋に留まって彼らを見つめる未亡人の眼差しを通じて、「家」に縛られる人の心理を突いた西部劇である。
ケリー・ライカートの『ミークス・カットオフ』(2010)からは『The Frontier Experience』の影響を感じ取れる。『ミークス・カットオフ』の場合は、1845年のオレゴンを舞台に目的地を探して旅する女性の話である。近道をするために男を雇うが、一向に目的地につかずフラストレーションをためていく。どちらも男性主導の社会に押し込められていく女性像を西部劇の中で描いている。
■『WANDA ワンダ』と『リバー・オブ・グラス』との関係性
『WANDA ワンダ』(C)1970 FOUNDATION FOR FILMMAKERS
『WANDA ワンダ』の場合どうだろうか?本作はケリー・ライカートが一貫して描いている「どこへでも行けそうでどこにも行けないアメリカ像」の源流ともいえるであろう。
ワンダは家族から解放されるが、定職には就けず、バーで奢ってくれた男には捨てられてしまう。共に行動するようになった男は常にイライラしていて彼女に暴力を振るう。彼女の居場所はどこまで行っても見つからないのだ。ある決定的な事件の後に間伸びしたように挿入される終盤の場面がそれを強調している。
『リバー・オブ・グラス』(C)1995 COZY PRODUCTIONS
『リバー・オブ・グラス』(1994)では拳銃を拾った男リー(ラリー・フェセンデン)のある勘違いによって退屈な日常を送っている女コージー(リサ・ボウマン)が逃避行に巻き込まれる内容。退屈な生活を抜け出すために「変化」を待って、流れるように危険な道へ進んでしまう様子は共通しているだろう。
また、車上暮らしする者の停滞を描いた『ウェンディ&ルーシー』(2008)からも『WANDA ワンダ』に近いどん詰まりの空気感が漂っている。いずれにしても、広大な地「アメリカ」ではあるが、自由による解放感よりも孤独や巨大な社会による抑圧の方が強いのではと鋭い眼差しを向けているのである。
「死ぬまでに観たい映画1001本」関連であわせて観るならこの作品!
『ジャンヌ・ディエルマン』と『WANDA ワンダ』を観て、このようなテーマに興味を抱いたのであれば、「死ぬまでに観たい映画1001本」掲載作品の中からオススメしたい作品が2本ある。それは『冬の旅』と『ラスト・チャンツ・フォー・ア・スロー・ダンス』だ。
1本目:『冬の旅』
2022年秋、渋谷シアター・イメージフォーラムにてアニエス・ヴァルダの傑作『冬の旅』が公開される。
1人の女性が霜が出てきそうな土の上で凍死しているところから映画が始まる。フラフラと荒野を彷徨い、勝手に井戸から水を汲み取ろうとしたり、男にサンドウィッチをもらうと奢られて当然でしょと傲慢な態度を取る。横暴な彼女に社会が拒絶していく内容である。社会システムの外側にいる者の孤独にアニエス・ヴァルダは光を当てている。
彼女はドキュメンタリー『落穂拾い』(2000)で他者の所有物とはいえ、落ちているモノや空間は共有していいでしょ?と訴えている。規範によってシステマティックに社会がコントロールされているが、果たしてそれで良いのか?システムの外側から人間を見る必要があるのでは?と『冬の旅』でも語りかけており新しい発見に繋がることでしょう。
2本目:『ラスト・チャンツ・フォー・ア・スロー・ダンス』
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『WANDA ワンダ』が女性目線の逃避行であるのに対し、『ラスト・チャンツ・フォー・ア・スロー・ダンス』(1977)は男性目線の逃避行を描いている。強盗、殺人を繰り返したゲイリー・ギルモアからアイデアを膨らませた本作は、家事や子育てから逃げるように家出をし、バーを転々とする男の日々を捉えている。『WANDA ワンダ』におけるデニス側の視点がそこにあり、あわせて観ることで深みが増すことでしょう。
本作はアテネ・フランセ文化センターで上映された以降、日本では全く観ることができなかった作品であるが、ジョン・ジョスト監督がVimeoにてレンタル配信している。日本語字幕はないが是非とも挑戦していただきたい。
(文:CHE BUNBUN )
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